第34話 作戦会議


「サラダとチキングリルとサイコロステーキとハンバーガーでございます。お待たせいたしました」

 ウエイトレスがサラダをホークの前に置き、それ以外をパンダの前に置くと厨房に戻っていった。


「……よくそんなに食えるな」

「美味しいのよ、ここのチキン。でも小っちゃいの。ペロッと食べちゃう」

 目の前の料理を次々と口に運びながら美味しそうに破顔するパンダを見ながら、ホークはサラダを一切れかじった。


 ――魔人と食卓を囲むなど冗談じゃない。

 そう言い捨てるホークをなだめて適当な喫茶店に入った。単純にパンダが空腹だっただけだ。

 交渉の力関係はパンダが上な以上、いずれはホークが折れるしかなかった。


「そんな小っちゃいサラダ一つで足りるの? いっぱい頼んでもいいのよ。奢るわよ」

「私たちはほとんど食事を採らん。何も食べなくとも二週間は支障なく活動できる」

「そうなんだ。でも食べたくなったら言ってちょうだいね。サイコロステーキ一つあげるから」

「肉も食べん。木の実が少しあれば十分だ」

「質素ねぇ」

「よく言う。魔人こそ食事など不要だろうが」


 ホークの言う通り、魔人には一切の食事は必要ない。

 魔人のエネルギー源は体内に溢れる魔力に他ならない。その魔力も他所から摂取する必要はなく体内で自動的に作られる。


「私のは単なる趣味よ。美味しいもの食べてると幸せにならない?」

「ふん。必要もないのに殺し、食らう……まさに害の権化だな」

 全ての生命にとって他者を食らうことは自身が生き延びるために必要な行為だ。

 しかしパンダはただ自身の悦楽のためだけに不必要に食らう。それは自然の摂理への冒涜。それがホークには不愉快だった。


「ほんとに魔人が嫌いなのねぇ」

「魔人を好きな者などいない」

「あはは、言えてる」


 笑いながらステーキを嚥下する。

「さて――じゃあ仕事の話に移りましょ」

 パンダがそう言うと、ホークもサラダを齧っていた手を止めた。


「私はあなたの目的をサポートする。その報酬としてあなたには今後、私の目的をサポートしてもらう。単純でしょ?」

「現魔王を討伐する、だったか?」

「ええ。だから具体的には、その旅の仲間になってもらうわ。契約期間は魔王討伐まで」


 ハッキリ言って、本来なら話にもならない取引だ。

 いかに強力とはいえ、吸血鬼と魔王では格が違いすぎる。

 またブラッディ・リーチはその気になれば今すぐにでも討伐に向かえるが、魔王を討伐するとなるとどれほど長期の旅になるか定かではない。

 あらゆる点でホークには割に合わなさすぎる取引。


 ……しかしホークはもうなりふり構っていられる状況ではない。


「……私のサポートをするというのは、具体的にどういうことだ」

「まずは情報提供。ブラッディ・リーチの能力、戦法、弱点、有効戦術、いろいろ教えてあげるわ。それに、いろいろと面白い話も聞かせてあげる」

「どれもだいたい把握してる」

「それ以上のことを教えてあげる」


 もうホークはブラッディ・リーチについて必要なことはほぼ知っていると自負していた。だがパンダの自信満々な表情からは、ホークの知らない別の事実を掴んでいる気配を感じる。

 それがどれほど有益かは不明だが、無視するには大きすぎる情報だ。


「……いいだろう。他には?」

を教えてあげるわ。必要な武器、戦術。あなたも考えてるんでしょうけど、それとは根本的に違う方法よ」

「お前、レベルは?」

「5」

「……は?」


 唖然としながら聞き返す。

「ふざけてるのか?」

「大丈夫よ、私超強いから」

「……」


 冗談かと思ったがそうではないらしい。

「何が勝ち方だ。戦闘は素人じゃないか」

「レベルで言えばそうね。正直あなたたちクラスの戦いだと、私は戦闘では役立たずだと思うわ。だから戦うのはあなた。でも、私はどうすればあなたがあの吸血鬼に勝てるかを知ってる」

「……だが」

「そうでなくとも、ブラッディ・リーチは私に執着してる。単に餌としても私は役に立つわよ」

「……」


 そう言われてはホークも納得するしかない。

 確かにブラッディ・リーチはあの街道でパンダを見て態度を一変させた。

 それから館でどのようなことがあったかは知らない。だがパンダは手酷く痛めつけられたようだ。

 ――そう言われてみれば、そんな状況からこうして脱出してみせたこと自体が、パンダの実力をある程度保証していると言える。


「……いいだろう。その条件で取引しよう。もし奴を倒せたら、お前の旅の仲間になってやる。ただし私の最大の目的はブラッディ・リーチの討伐そのものではなく、妹のミリア含め、攫われたエルフ達を奴の館から救出することだ。そこは勘違いするな」

「オッケー、取引成立ね」

 パンダは満足そうに笑ってハンバーガーにかぶりついた。


「じゃあまずはブラッディ・リーチについて情報をまとめましょう。手始めにあなたが知っていることを教えてちょうだい」

「奴は、血を操る能力を持っている」

「そうみたいね。どのくらい操れるの?」

「血を様々な形に変形させて攻撃してくる。礫のように飛ばしたり、鞭のようにして打ち付けたり、とにかく汎用性は高い」

「水属性の魔法を使う黒魔導士でも同じようなことをできる人がいるけど、あの子のは相当キレキレでしょうね。速度はどんな感じ?」


「恐ろしく速い。八メートル以上は距離を離し続けて戦ったが……このザマだ」

 ホークは悔しそうに傷だらけの身体をかき抱いた。

 そして、エルフ部隊とバラディア国騎士団がどのようにブラッディ・リーチに蹂躙されたかを語った。

 ブラッディ・リーチが戦う姿を直接見たことのないパンダはしきりに頷いていた。


「あのレベルの部隊が訳わかんない内に死んじゃうくらいに速いってことね」

「レベル5の貴様がやり合えるとは思えんが」

「大丈夫、あの子には弱点がある」

「……ほう、言ってみろ」

 期待半分に促す。


「三つある。まず、あの子は戦いに不慣れよ。まともに戦ったことなんてないはず」

「なぜ言い切れる」

「詳しくは後で話すわ。とにかく、あの子は戦闘のイロハも知らない。ただ強力な能力を持っているだけよ」


 釈然としないホークだったが、とりあえず続きを聞くことにした。

「……二つ目は?」

「一つ目と関連するけど、あの子の戦い方はすごくシンプル。バリエーションこそ多そうだけど、逆に言えばそれ以外の戦い方はもってないと考えていい」


 それに関してはホークも納得できた。

 ブラッディ・リーチの攻撃手段は、大別するならたった一つだけだ。

 それがあまりにも強力で汎用性が高いから惑わされてしまいそうになるが、ブラッディ・リーチはそれ以外の攻撃を一度もしてこなかった。


「三つ目は?」

「三つ目はあなたよ。あなたの能力はあの子に対して有効だし、切り札になる」

 納得すると共に、ホークの胸中に少なからず落胆の思いが沸き上がる。


 パンダが語った、ブラッディ・リーチの三つの弱点。それはホークの分析を超えてはいない。

 現状の確認こそできたが、結局具体的な対抗策と言えるほどのものは出てこなかった。

 やはりブラッディ・リーチ攻略はホークの能力にかかっているようだ。


「私の能力についてどこまで知ってる?」

「破魔の力ね。反魔力とでも言うべきエネルギーで、触れたものの魔力を破壊する能力ね」

「……なぜ知ってる?」

「何せ一度くらった身だもの。それに、眼もいいの私」


 パンダは自身の右目……青く輝く瞳をつんつんと指さした。

 それが何を意味するのかはホークには理解できなかったが、パンダの右目は視界に映るものの魔力的な要素を全て暴き出す能力が秘められている。


 ――あの瞬間。

 ホークの破魔の矢をその手で受け止めてしまったとき、パンダの右目はホークの矢に満ちる不可思議な魔力を捉えていた。

 今まで見たことのないほどの珍しい波長で、それがなんであるかを理解したときには既にパンダは破魔の力にあてられていた。


「そうだ、それが私の能力だ。私に対する微力な魔法程度なら、能力を発動しなくとも無効化できる」

「魔法無効化のパッシブスキルってところかしら。……ねえ、その能力についていろいろ聞いてもいいかしら」

「ああ」


 パンダは興味深そうに身を乗り出した。

「発動までにどれくらい時間がいる?」

「体感できるほどのタイムラグはない。矢に能力を付与するのもな」

「連続使用は?」

「可能だ。限界を試したことはないが、限界がきたことがない程度には連射できるし、底を突いたこともない」

「能力の制約はある?」

「同時に複数の矢には能力を付与できない。あとは、付与しっぱなしにもできない。時間が経てば効果は消える」

「……それだけ?」

「ああ」


 パンダは嬉しそうに何度も頷き、呻くように息を漏らした。

「……凄い」

 パンダの声と表情には嫌味など一切なく、純粋な感嘆の念だけが窺えた。

 素直に力を褒められ、ホークはどこか居心地が悪くなった。


「凄い能力だわ……」

「まあ、確かに珍しいユニークスキルではあるが」

「珍しいだけじゃない。普通、強力なスキルには相応の代償があるものよ。分かりやすいのは魔力の消費量や一日の使用回数制限。連続使用制限やクールタイム。あるいは身体への甚大なフィードバック。――あなたの破魔の力にはいずれもない。使いたい放題。……こんな条件でこれほど強力なスキルが発現するなんて、そうそうあることじゃない」


「魔人ほど多くのスキルを習得できる種族でもそう感じるのか」

「もちろん。あなたの能力をスキルポイントに換算したらどれだけ大量のポイントが持ってかれることか。……あなたほどのエルフが未だに生き延びてるなんてね。よく今まで魔族に殺されなかったわね」


 魔族の最大の敵は人類だ。

 確かにエルフとも戦線を持っていたが、ほとんど片手間のような扱いだった。

 とはいえこんな能力の持ち主が今まで見逃されていたことは素直に驚くべきことだった。


「基本的に魔族とは戦闘はしなかったからな。するときは常に撤退戦だった」

「なるほどね……いいわねぇ、本当にいい能力だわ。その能力は魔族に対して特攻よ。魔王討伐のパーティにこれほどうってつけな人材はいないわ。特に魔力が要の黒魔導士の天敵ね」

「? ということは魔王は黒魔導士なのか」

「ええ、だからあなたほど勇者の素質を持っている者もいないでしょうね」


 勇者。

 それは人類の希望。象徴的存在だ。

 特定の個人を差すものではなく、『神器を扱う者』という称号だ。


 神器は神の武器とされ、強力な聖なる祝福を受けている。特に魔族に対して絶大な効果を発揮する。

 種類は様々で、現在確認されている神器は五つ。

 剣、杖、鎌、本、宝玉の五つだ。

 その内、剣と鎌はかつてパンダに敗北した勇者が持っており、戦利品としていただいた。

 物理的な破壊ができなかったので、今では魔王城の宝物庫に無造作に放り込んである。 


 神器はそれ自体が使い手を選ぶとされ、選ばれた者がすなわち勇者とされる。

 往々にして人類最強クラスの戦士であり、世界中で手厚い保護のもと魔王討伐に向けて援助がなされる。

 勇者とは神器に選ばれた、魔王討伐の使命を帯びた最強の戦士の称号なのだ。


 ――が、それも昔の話だ。

 かつては神器を扱えるものだけを勇者として崇めていたが、それではあまりにも数が少なかった。

 当時は魔族との戦争の末期。人類にとって最も苦難に満ちた時代だった。

 世界的に象徴となる英雄を欲していた背景があり、以下の条件を満たす者も勇者として呼称されるようになった。


 聖属性の攻撃魔法を使える。

 または聖属性をエンチャントする白魔法を使える。


 聖属性というのは、魔族を闇属性とするならその対極に位置する属性だ。

 数万人に一人という割合でスキルを習得することがあるとされており、魔族の数少ない弱点属性だ。

 言うなれば、神器は究極の聖属性武器ということだ。


 パンダが二年前に魔王城で迎撃した勇者パーティ。

 リーダーの剣士が持っていた武器が神器だ。よって彼は間違いなく勇者だったわけだが、実は同行していた白魔導士が聖属性の補助魔法を使っていたのを覚えている。

 つまりあの白魔導士も勇者の一人ということだ。

 一パーティに二人の勇者がいるなど、まさに破格だ。どれだけ期待されていたかが窺える。


 ――そして、魔族に対する特攻、という意味ではホークの破魔の力は間違いなく神器に匹敵する。

 ホークの破魔の力は、パンダですら一撃で昏睡させるほどの威力をもつ。

 十分勇者を名乗っていいほどの希少なスキルだ。


「勇者だろうがなんだろうが好きに呼べばいいが、貴様は何故そんなに勇者の仲間が欲しい? 貴様も魔人だろ、何故魔王を殺そうとする」

 ホークとて魔人の生態に詳しいわけではないが、それでも魔王の絶対王政社会だということは知っている。

 魔王への反逆を企てている魔人がいるということすら、本来であれば信じがたいことなのだ。


「私、元魔王なの」

 そうだったのか。

 ――と思わず相槌を打ってしまいそうになるほどあっさりと、パンダは今日一番理解できないことを言い放った。


「――――は?」

「でも二カ月前に引退して、別の魔人に王位を渡したわ。でもその時にした条件が、いつか私が勇者になって魔王を討伐しに行くっていうものだったの」

「……冗談を言ってるなら、」

「ほんとよ」


 訝しげにパンダを見つめるが、彼女の目は嘘を言っているようには見えなかった。

「……証明できるか?」

「あなたの矢を受けて生きてる。それでどう?」

「それでは不十分だ」

「ふふ、そう思うのは、あなたがあの力の真の利点に気づいてないからよ」

「――なに?」


 まるで能力の持ち主であるホークですらその真価に気づいていないとでも言いたげだ。

 だがホークはこの能力で二〇〇年戦争を生き抜いてきた。たった一度見ただけの小娘にそこまで言い切られるのは不愉快だった。


「説明してみろ」

「何故矢を受けた魔族は死ぬの?」

「……? 魔力がなくなるからだ」

「でもあなたも知っての通り、魔族にとって魔力は、人間でいう食事から摂取するエネルギーみたいなものよ」

「それがなんだ」

「確かに体内の魔力が消えれば魔族は大打撃を食らう。でもそれだけで即死するっておかしくない? 人間で言えばようなものよ」

「……」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 今まで気にしたことはなかった。ホークの破魔の矢を受けた魔族は確かに一撃で即死してきた。だから……そういうものなのだろうと思っていた。

 だが魔人であるパンダ自身がそれは奇妙だというのであれば、確かに奇妙なのだろう。


「破魔の矢で魔族が死ぬのは別の理由があるの。――血の盟約って知ってる?」

「ああ」

 血の盟約とは、魔人が用いる呪いだ。

 魔王を頂点においた、魔人の権力の象徴。全ての魔族は必ず盟約を持っている。


「あれは絶対の主従関係を強制する呪いよ。それを確実にするために、二つの仕掛けがある。一つは、絶対命令権。自分と直接盟約を交わした魔人の言葉には絶対に逆らえない強制力がある。二つ目は、殺生与奪の権利よ」

「死ねと命じれば死ぬということか?」

「それじゃ一つ目と同じじゃない。そんなものじゃないわ。――血の盟約はね、魔人が死んだ際に、その盟約下にある魔人の盟約も破壊して道連れにする力があるの」


「なんだと? じゃあ上位の魔人を殺せば芋づる式に死ぬのか?」

「ええ。盟約は魔王が頂点で、その下に四天王がいる。つまり大きくわけて四つの盟約に分かれてる。だから四天王の一人が死ねば、魔族は四分の一が死滅することになる」

「なら魔王が死ねば」

「その通り。魔王が死ねば魔族は滅びるわ」


 だからこそ、二年前起こった大戦争の際に人類は多大な被害を出しながらも勇者パーティによるパンダの一点狙いを行った。

 成功していれば種族戦争は決着。絶滅していたのは魔族のほうだった。


「だから反逆はできない。自分より上位の盟約を持つものを殺せば自分も死ぬからね」

「なるほど、絶対的な主従関係になるわけか。……それで、それが私の矢と何の関係がある?」

「分からない? あなたの破魔の力はそれと同じことを引き起こしてるのよ」

「?」

「つまり、あなたの破魔の矢が血の盟約すら破壊してしまうのよ」

「……!」


 そこでついにホークはパンダの言いたいことに察しがついた。

 血の盟約は魔族の血と魂に刻まれ、本来いかなる手段を以てしても破棄することはできない。

 盟約が停止するときはすなわち自身と連なる上位の魔人が死亡したときだ。盟約は呪いへと姿を変え、宿主の命を刈り取る鎌となる。


 破魔の力は対象の盟約を強制的に停止させ、その現象を無理矢理引き起こしてしまうのだ。


「これがあなたの力が魔族に対して一撃必殺を誇る理由よ。魔力を失って死ぬんじゃない。盟約を破壊されて、その呪いによって殺されるの」

「ならなぜ貴様は生きている」

「あなたの力でも、私の盟約は破壊できなかったからよ。盟約は末端に行く程に少しずつランクが下がっていく。逆に魔王の盟約に近いほど呪いは強くなる」

「だがお前はもう魔王ではないんだろ? なら魔王の盟約もない。……ん? ならお前は今盟約を持っていないということか?」


「盟約を持っていない魔人はいないわ。そもそもこの血の盟約という呪いは、初代魔王であるサタンが作り出したものよ。そして魔王はサタンと盟約を結ぶ。つまり厳密には盟約の頂点は魔王ではなく、その上にもう一つサタンの盟約があるの」


 魔王サタン。

 ホークも伝説にしか聞いたことはないが、それまで地上を支配していた竜種や吸血鬼を退け地上の支配者として君臨した初代の魔王だ。


「私は魔王としての盟約は渡したけど、このサタンとの盟約までは切れないの。それは私よりも上位の盟約だからね。だから私は今もサタンとの血の盟約を持っている」

「それを私が破壊したのか?」

「正確には、破壊しようとした、ね。結局はできなかったけど、でも盟約がくらいには効いたわ。盟約は血に刻まれて魂とも密接に繋がってるから、まさに魂を引き裂かれるような痛みだったわ。……でも、どう? これで私が元魔王だって信じてもらえない?」

「…………なるほど。少なくとも、破魔の矢でも破壊し切れないほど強力な盟約を持っている、という証明にはなるわけか」


 盟約の強弱などホークには分からない。

 だが少なくとも、今までホークが葬ってきた魔人たちは破魔の矢に接触後、即死していた。

 そいつらよりは盟約の格は上、ということになる。


 破魔の矢を受けたパンダの反応が普通の魔人とは違っていたのはホークも納得するところだ。

 あれはつまり、他の魔人は一瞬にして盟約を失い即死したのに対し、パンダの盟約は強すぎたために破壊し切れず、破魔の力と盟約が長時間に渡って反発し合ったために、パンダへの痛みも長時間に及んでしまったということだ。


 パンダが強い盟約を持っているというのは確かなようだ。

 何より、たった一目あの矢を見ただけでここまでのことを見抜く洞察力。

 元魔王かはともかく……ただの魔人ではないのは確かだ。


「なら、ブラッディ・リーチには私の矢は効かないじゃないのか? 奴は魔族じゃない。盟約を持っていないだろ」

 パンダの話を信じるならばそうなる。

 もしそうなら最悪のケースだ。

 しかしパンダはそこで、最高の冗談を聞いたかのようにニヤリと笑った。


「ふふ。そこが本当に面白いところなんだけどね。実はあの子は盟約を持ってるの」

「どういうことだ?」

「あの子は昔、ビィ――現魔王の血を飲んでるの。飲んだのは一年半前って言ってたわね。ビィがまだ魔王じゃなかった頃よ」

「それがどうした?」


「聞いた話では、ブラッディ・リーチが出没しだしたのって、二カ月前ごろからだそうじゃない。じゃああの子は一年半前から二カ月前まで何をしてたの? 館があんなに近くにあるなら、もっと早くから現れててもおかしくないじゃない」

「……知るか。息を潜めてただけじゃないのか」

「なんのために? あの子にそんな自制心あると思う?」

「……」


「そうじゃない。したくてもできなかった、ってことよ」

「……それこそ何故だ。まさか二カ月前にいきなり強くなったとでも言いたいのか?」

 冗談のつもりだったが、パンダはパチンと指を鳴らした。


「まさしくその通りよ。あの子は血を飲んだ直後はまともに動くこともできなかったはずよ」

「何故そんなことがわかる」

「何故って言われると、あの子ごときが受け止めきれる魂じゃなかったからとしか言いようがないわ。なにせビィの血だもの。後に魔王になるほどの魔人の血よ。到底吸収しきれるものじゃないわ。――でも二カ月前、それができるようになった」


「二カ月前……? …………! ――そうか、新魔王誕生か」

「そう、私はそのときにビィに魔王の盟約を渡した。多分それがきっかけとなって、マリーの体内で消化しきれなかったビィの血が反応しちゃったのよ。血の盟約としてね」


 それは誰にも予想もできなかった奇跡。

 一年半もの間マリーの体内に残り続けた『ビィの血』が、ビィの魔王即位のタイミングで偶然にも血の盟約として機能してしまったのだ。


 ――そしてその奇跡は、もう一つの驚くべき現象を引き起こしていた。


「盟約…………、ッ! おい、ちょっと待て。現魔王と直接盟約を交わしたって、それじゃあ……!」

 ホークもまたその事実に思い至る。

 ホークを驚愕させたその可能性を、パンダが首肯する。



「そう。ブラッディ・リーチは今、盟約上は四天王なのよ。四天王としての強力な盟約を手に入れたからこそ、あの子はビィの血を制御できるようになったのよ」

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