第23話 交易都市シューデリア


 冒険者管理局内に突如として静寂が訪れた。

 バサッ、と紫のローブがはためく。


「――我こそはパンダ! いずれ世に名を轟かせる大死霊術師ネクロマンサーである!」


 管理局中の人間の視線が集中する。

 紫のショートツインテールに、色の違う両目。

 まだ幼いながらも類まれな美貌を宿す美少女、名をパンダ。

 そんなパンダが得意げにポーズを決めるのを、困ったように見返す三名の冒険者たち。


「えっと、俺たちとパーティを組みたいと?」

「いかにも。我が強大なる力が汝らの剣となり、敵のことごとくを屠り去ってみせるであろう!」

「えっと……ステータスカード見せてもらっていいかな?」

「うむ」


 パンダは一枚のカードを手渡した。

 ステータスカードにはその人物のステータスを数値化したものが記されている。

 レベルシステムを利用できないパンダも、このサービスだけは受けることができる。

 パンダのカードをまじまじと見つめ、冒険者は渋い顔で笑った。


「……悪いけど、出直してきてくれ」






 リビア町を出て一週間が経過した。

 次の拠点にパンダが選んだ場所は、ハシュールの西方に位置する最も大きな交易都市シューデリアだった。


 ここが各国との玄関口と言われるほどで、都市には数多の商人の馬車が往来している。

 他にも露店の呼び声や食べ物の匂いが溢れ、日中はとにかく人の波で都市中がごったがえしだ。

 リビアのような田舎独特の穏やかさこそ皆無ではあったが、この賑わいは大いにパンダを楽しませた。


 ちょっと歩けば美味しそうな匂いに釣られつい買い食いが進み、それを食べながら大道芸を夢中になって見物した。

 こういう平和な喧噪はハシュール王国ならではといったところだろう。


 そうして交易都市を満喫し、さあ頑張って冒険の準備をしようと冒険者管理局へ出向いた先で、再びパンダは冒険者稼業の洗礼を受けることとなった。

 すなわち、依頼のレベル制限だ。


 現在のパンダのレベルは5。リビアならなんとかこなせる依頼もあるだろうが、交易都市は更に高いレベルが要求される依頼が多い。

 そしてリビアとの決定的な違いは、依頼の競争率の高さだ。


 この都市はハシュール人だけでなく他国からも多くの冒険者が来国する。

 平和ボケしたハシュールとは違い厳しい冒険の末にレベルを上げた彼らの強さはハシュール人のそれとは一線を画し、この都市の冒険者の質はハシュールで最も高い。

 依頼として最も多いのは商人の護衛任務だが、これだけレベルの高い冒険者が多い中レベル5の少女に護ってもらいたがる商人などいない。


 レベル制限のない依頼も多いが、倉庫の荷物整理やゴミを漁る野犬を監視するなど、アルバイトのようなものばかりだ。

 そんな仕事をこなしてもレベルが上がるわけでもなく、受けられる依頼の質は変わらない。何よりつまらない。


 この状況を打開するには、新たなパーティを組むしか道はない。

 そうして管理局内の冒険者に声をかけ、パーティを組もうと話をもちかけた。


 そこでパンダが思い知ったのは……今は亡きパンダの朋友、ロニー達がいかに例外的な冒険者であったかということだった。



「は? レベル5? なんで?」

「リビアが近いんだから国営ダンジョンでせめて10まではあげとけよ」

「ああ……レベル10になってないのにもうスキル取ってるのね。パラメータビルドもしてるし。しちゃだめってパパに教わらなかった?」

「だめだめ。レベル10未満でスキルポイント消費してるってだけで地雷濃厚だろ」

「なんだこれ……死霊術? なんでよりによってこんなもん……」

「えぇ……黒魔法覚えといて俊敏性にスキルポイント振ったの? なにこのビルド」

「武器も防具もないだぁ? ふざけてんのかこのガキ」



 その日、パンダは意識がぶっ飛ぶくらい酒を飲みまくった。



 ロニーはパンダが実際に戦う姿を見て、現在の能力以上に将来的な伸びしろを期待してくれた。そういう点ではロニーは先見性があったと言える。

 また土地柄もあり、リビアは駆け出し冒険者が集うため、駆け出し同士でパーティを組むこともできた。

 だがこの都市にいる者はもっと刹那的な利害関係で動く。

 即戦力だけが求められ、将来性などは考慮しない。


 よってパンダのステータスカードは極めて粗末な評価を受けた。

 加えてパンダの容姿はとても冒険者には見えず、目に見える地雷とばかりに皆パンダとの協力を避けた。


 それでもめげずに冒険者管理局に通い続けて丸三日。喰いつきはゼロ。

 ただでさえ人目を引くパンダがパーティを断られ続ける姿は管理局内でもちょっとした話題となり、一種の見世物のようになっていた。


 ある時見かねた冒険者パーティが声をかけてくれたことがあった。


「なあお嬢ちゃん」

「パーティ組んでくれるの!? 私パンダ!!」

「ま、待て待て。あのなお嬢ちゃん、ここはまだ嬢ちゃんには早いから、ここから南東にあるリビアって町の国営ダンジョンで、」

「もうリビアにはいられないの。国営ダンジョンが魔人に襲われちゃって」

「ま、魔人!?」


「あ、聞いたことあるかも。国営ダンジョンに魔人が出たって。リビアだったのか」

「だからこの町に逃げてきたの。ねえ私とパーティ組む気ない? きっと役に立つからさぁ」

「いやぁ、俺たちもそんなに余裕なくてね……少し期間をおいてからリビアに戻ったほうがいい。あそこはレベリング以外のことも学べるし、この都市で活動したいなら最低限あそこは卒業しといたほうがいい」

「今すぐにレベルを上げたい事情があるの。ねえお願い、パーティ組みましょ。私超強いから!」

「うーん……」

 冒険者は困ったように笑った。


「いやぁ、どうみても君は強そうにはみえない」






 そして冒頭に戻る。

 強そうに見えないならそういうオーラを放てば見る目も変わるのではないかと考えたのだ。

 いっそ開き直って、「死霊術師ですが何か?」と言わんばかりに大仰に構え、むしろお前らのパーティに入ってやるから感謝しろというスタンスで交渉にあたった。


 そして現在四連敗中である。


「もぅマヂ無理。レベリングしょ」


 そうしてパンダはレベリングを決意した。

 とりあえずレベル10くらいまで上げれば格好はつく。ビルド済であることもマイナス評価にはならないだろう。

 死霊系魔法を二つも習得してることは大きなマイナスだが、それはもう仕方ない。


 パンダのポテンシャルは世界で一番高い。

 レベルが低い内は目立たないが、それでもレベル10分のスキルポイントをステータスに割り振れば、見る者が見ればそのポテンシャルの高さに気づくだろう。


 今までレベリングをしてこなかったのには理由がある。

 無論、リビアの国営ダンジョンが襲われたからだ。

 四天王の一人、カルマディエとかいう奴がパンダを抹殺するために送り込んだことが分かったが、リビアにだけ送っているわけがない。


 おそらく各国の主要な狩場には刺客が潜伏している可能性が高い。

 つまりパンダにとって今狩場は極めて危険地帯となっている。

 こんな低レベルの内に単身で乗り込むのは愚策だと考えていた。


 しかしもうほぼ手詰まり状態だ。

 このままではまともに冒険者として活動できない。

 本当は依頼をこなす内に自然とレベルが上がっていくのが望ましかったが、是非もなし。贅沢は言っていられない。


 そうと決まれば武器を買う必要がある。

 この都市ならそれなりの武器が買えるだろう。

 問題は持ち合わせだ。おそらく買えて直剣一本。それでなんとかするしかない。防具は諦めよう。

 そうと決まれば話は早い。ちゃっちゃと武器屋に出向こう。


 パンダがそう考えて歩きだしたそのとき、


「――お嬢さん」

「パーティ組んでくれるの!? 私パンダ!!」

 背後から声をかけられ、反射的に返答してしまった。

 振り返って声の主を確認する。


 三十路過ぎくらいの男が立っていた。

 すらりと高い背丈に、しっかりと鍛えられた体躯が見事なチェーンメイルを押し上げている。


 ――軍服?

 眉をひそめる。

 一目見ただけで分かる。そこらの冒険者とは格が違う。圧倒的に高い戦闘能力を持っている。

 パンダの視線が軍服を滑る。


 左肩に彫られたエンブレム……それには見覚えがあった。


「バラディア騎士団……?」

「おや、賢いお嬢さんだ。いかにも。私はバラディア国騎士団エーデルン部隊隊長、エーデルン・マッカーという者だ」

 エーデルンは騎士の一礼をとり名乗りをあげる。


 パンダは敬礼の代わりに右手でピースサインを作って応えた。

「私はパンダ。もしかして騎士団へのお誘いかしら。光栄でございますわぁ」

 まさかそんなはずはないと理解しての軽口だ。


 ――だがエーデルンは思いもよらない言葉を口にした。


「その通り。是非貴殿に我々の部隊の任務に協力していただきたい」


 邪気などまるでない紳士な態度を取るエーデルンの姿――その内に巧妙に秘められた悪意を目聡く感じ取ったパンダは、ニヤリと口元を歪ませた。


 こういうキナ臭い話はまさしく冒険者らしくて面白そうだ。

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