第24話 怪しい依頼


 レストランに案内されたパンダはそこでエーデルンから話を聞くことになった。

 早速仕事の話に入ろうとしたエーデルンだが、それよりも先にパンダがレストランの食事に興味を持った。

 今のパンダには到底来れない高級レストランだ。しかもビュッフェ。

 この場にあるものを好きなだけ食べていいと知ったときのパンダの喜びように、エーデルンは苦笑しながら食事を了承した。


 パンダは五分ほどでテーブルに戻ってきたが、手には三つの皿。

 そこには数々の料理が山のように積まれていた。


「食べながらでもいいかしら」

「もちろん」

 返答を聞く前にはチキンを口に運んでいたことにはエーデルンは触れなかった。


 まあこんな少女が冒険者稼業をやっているのだ。どれほど貧じい思いをしているかは察するに余りある。

 騎士を前に無礼ではあったが、子供ということでエーデルンは大目に見ることにした。


「失礼ながら、君のことは調べさせてもらった。いろいろと苦労しているようだね」

「そうなの。皆冷たくって」

「君のステータスカードを調べさせてもらったのだが、まあ致し方ないだろうね」

「ひどぉい」

 パンダが屈託なく笑ったので、エーデルンも遠慮なく笑みを浮かべた。


「しかし一方で気になる点もあった。『ソウル・ブラスト』を習得済だそうだね」

「ええ、そうだけど」

 口いっぱいに料理を入れながらフゴフゴと話すパンダ。


「面白い適性だ。そのレベル帯で死霊術ネクロマンスを覚えられる者はそうはいない。しかも『コンバート・アンデッド』まで使えるそうだね」

「まあね」

「一つなら偶然で片づけられるが、二つとなると君が確かに死霊術師としての適性を持っていると判断するしかない。これは極めて稀だ」

「どうもぉ」


「死霊術に特化した適正? それとも他の黒魔法も覚えられるのかな?」

「もちろん。私の黒魔導士の適性は天下一品よ」

「ははは。面白い子だ。まだレベル5なのに自身の適性がわかると?」

「訳ありでね」


 エーデルンは興味深そうにパンダを見つめていた。

 やはりそこらの冒険者とは違う。パンダの稀有なポテンシャルに感づいているらしい。


「まあそれはいい。我々は、君のソウル・ブラストを高く評価したいと思っている」

「使いどころほとんどないけどね」

「確かに。しかし、この度我が部隊が賜った使命……その任においては有用だ」


 なるほど。特定任務における臨時の徴用。

 つまり傭兵としてパンダを雇いたい、ということらしい。


「聞かせてちょうだい」

 スクランブルエッグを食べながら続きを促す。



「――吸血鬼をご存じかな?」



 エーデルンは単刀直入に切り出した。

「まあ、知ってはいるわね」


 吸血鬼。

 血を吸う鬼。その名の通りの怪物だ。

 カテゴリーとしては魔物ということになるが、その性質は魔人に近い。


 歴史は古く、かつて竜種と並び超越種として地上を支配していたという伝承があるが、それも魔人が台頭するまでの話。

 地上のあらゆる生物が魔人の支配に下る中、吸血鬼達は生態系の頂点の座をかけて魔人と争い……そして敗北した。

 過剰な淘汰に見舞われ、吸血鬼はその数を激減させた。

 今ではほぼ絶滅したとされている種族だ。


「まさか出てきたの?」

「そういうことだ。二カ月ほど前から、とある吸血鬼による被害が多発している」

「強さは?」

「S-55レベルが適正とされているが、詳細は不明だ。何分データがなくてね」

「なら60くらいは見ておくべきね」

 S-60となると、魔人でもそれなりの強さだ。


「倒せるの?」

「無論だ。我々はバラディア騎士団。魔人の討伐実績ではルドワイアに次ぐ」


 それは事実だった。

 ルドワイア帝国騎士団はとにかく別格中の別格。

 人類最高峰の戦闘力を持つ集団であり、人類の切り札かつ最後の砦だ。


 ルドワイア軍の強さは雑兵一人とっても破格。

 他所の国で騎士団の部隊長をやっていたような者が、騎士団ですらない一兵士として編成されるほどだ。


 バラディア国騎士団はそれより一つランクは落ちるが、それでも十分強力だ。

 その吸血鬼を討伐するため、ハシュールなどという辺境の地にエーデルンのような騎士が派遣される運びとなったわけだ。


「私のレベルはA-47だ」

 ひゅう、とパンダは口笛を吹いた。

 もう少し頑張ればルドワイアの騎士も夢ではないレベルだ。バラディア騎士団の部隊長の肩書は伊達ではないらしい。


「部隊の平均レベルは38。数は三○名連れている」

「一応戦闘にはなりそうね」

 棘のあるパンダの言葉に、エーデルンが険しい顔を浮かべる。

 しかしパンダも前言撤回するつもりはない。


 ――S-60相当の魔人を相手に、平均レベル38の騎士団員が三○名というのは、決して安全ラインではない。

 むしろやや分が悪いと言ってもいい。


「気を悪くしたらごめんなさいね」

「いや、むしろ君の評価を改めなければいけない。君はその歳で戦力差がよく見えている」


 意外なことにエーデルンはパンダの皮肉を好意的に受け取ったようだ。

 なべてプライドが高いとされる騎士団にしてはなかなか食えない男だ。


「その通り。あまりこういうことは言いたくはないのだが、今どの国も騎士団は人手不足だ。二年前の大戦以降ずっとね。我がバラディア国もその例に漏れず、一つの案件に必要最低限の人員しか回せないほどに逼迫している」


 パンダが勇者を返り討ちにしたあの戦争だ。

 ごめんなさいね、とパンダは内心で謝った。


「君の言う通り、適正レベル60の魔人を討伐するにはやや心許ない戦力だ。だがハシュール国から正式に依頼を受け、受諾した以上は何があろうとも任務を遂行するしかない。――猫の手を借りてでもね」

「あら、私はパンダよ?」

 そのジョークはそれなりに気に入られたようで、エーデルンは初めてはっきり声を出して笑った。


「グール対策ってわけ?」

「話が早くて助かる。そう、吸血鬼に血を吸われた者はグールとして吸血鬼の眷属となる。ソウル・ブラストは極めて有効だ」

「剣で斬ったほうが早そうだけど」


 ソウル・ブラストは確かにアンデッドに対して有効だ。発動さえしてしまえば対象を問答無用で爆死させられる。

 しかしその性質上、一度につき一体ずつだ。ならば普通の魔法で薙ぎ払うのと大差ない。ソウル・ブラストに拘る理由はないはずだ。


「グールにも質があってね。ゾンビに近い出来損ないもいれば、自我を持ち第二の吸血鬼さながらに立ち振る舞える者もいる。どの程度のグールを生み出せるかが不明な以上、対アンデッド用として一撃必殺の切り札はあっても困らない」

「そんなに強い個体なら魔法抵抗力が高いだろうし弾かれそうだけど」


 ギルニグにソウル・ブラストが使えたのは、ギルニグの魔法抵抗力を限界まで削っていたからだ。

「無論、補助はするとも。こちらにも白魔導士はいる。彼らの補助があれば成功確率は高い」


 すらすらと述べ立てるエーデルン。筋は通ってはいるが、依然キナ臭い。

 普通そこまでしてソウル・ブラストに拘るだろうか。

 彼の言ではあくまで手札の一枚という話で、そう言われてしまえば納得せざるを得ないが、怪しい話には違いない。


「さて報酬の話だが、一○万ゴールドでどうだろう」

 なかなかだ。

 冒険者への依頼の金額としては高すぎず、しかし十分な金額。

 警戒心が芽生えず、旨味だけに目がいってしまいそうになる絶妙なラインだ。


 しかもパンダはあくまで保険という立場だ。戦闘に参加しなくてもよい可能性すらある。

 何より成功報酬は金だけではない。吸血鬼という強大な個体の討伐に立ち会えば、それだけでパンダはレベルが上昇するだろう。

 そしてバラディア国の任務に随行したという実績は管理局にも広まり、パンダの評価は一気に上がる。

 金が入れば武器も買えるし、いいこと尽くめだ。


 ――断る理由は一切ない。


「もちろん先払いよね?」

「ほう」

 意外そうに眉を上げるエーデルン。

 ここで下手な交渉をして揉めるのはパンダにとって得策ではない。二つ返事で快諾すると思っていたのだろう。


「ごめんなさいね、以前報酬を払わずにトンズラされたことがあって。それからは先払いしか受け付けてないの」

「成功報酬のつもりだったが、仕方ない。前金が二万、成功報酬で八万にしよう」

「ダメ。前金一○万よ」


 ……しばしの沈黙。

 エーデルンは背もたれに預けていた体重を、ずい、と前に持ってきた。

 テーブルの上で指を組み、じっとパンダを見つめた。

 先程までの友好的な表情が、今はやや鋭いものとなっていた。


「……こういってはあれだが、私はバラディア国騎士団の部隊長で、どのパーティにも入れないつまはじき者の君に望外な依頼を持ってきたクライアントだ。この交渉の力関係は理解できているかね?」

「もちろん。使い物になるか分からない死霊術師が生意気な口をきいてるのに、あなたは下手な脅しまでして私を雇おうとしてる。どうしても私に依頼を受けてほしいって顔に書いてる」


 パンダはエーデルンに見えるように大きく脚を組んだ。

「――だから、力関係は私が上よ」


「……どうだろうね。私は今、この依頼は白紙に戻したほうがいいのではないかと思い始めているよ」

 おそらくそれは本心だろう。

 パンダをただの少女と侮ったのだろうが、その認識を彼は今正したようだ。


 だがこれでハッキリした。エーデルンの話は真実なのだろうが、があり、彼はそれを隠している。

 そしてそれは依頼に含められないようなもので、話すこともできず、かつパンダが適任なことなのだ。

 ろくなことでないのは間違いない。


「……前金一○万ゴールドだったね?」

「いいえ、それは忘れてちょうだい」

「……? というと?」

 パンダは目を細め不適に笑った。


「――前金二○万ゴールドよ」

「…………ふ」


 緊張の糸が切れたように噴き出すエーデルン。

 呆れきった顔で頭を振り……次の瞬間には敵意すら込めた眼差しでパンダを睨んだ。


「あのなお嬢さん。あまり調子に乗るのも、」

「それだけじゃないわ。あなたには他にも一つ条件を吞んでもらう」


 今度こそ言葉を失うエーデルン。

 この上まだ条件を提示するなど、彼でなくとも激怒して当然だ。

 仕事柄交渉事には慣れている彼だが、ここまで図に乗られたのは初めてだった。

 もはや呆れを通り超して、折角だからその条件をやらを聞いてやろうという気すら起こってきた。

 顎で続きを促す。


「簡単なことよ。私を雇いたい本当の理由を教えてちょうだい」

「何の話だ?」

「代わりに、私も一つ条件を呑んであげるわ」


 しらばっくれるエーデルンを無視して話を進めるパンダ。

 パンダはじっとエーデルンの瞳を見つめながら言った。



「私は絶対にこの依頼を降りない。どんな話を聞かされようともね」



「……絶対に降りない?」

「ええ、絶対よ」

「……ふむ」

 エーデルンは値踏みするようにパンダを眺めた後、ゆっくりと口を開いた。


「さっきは三○人の部隊だと言ったが、実は三人しかいないんだ」

「レベルが上がりやすくて助かるわ。仲良くやりましょ」


「討伐するのは吸血鬼じゃなく山賊なんだ。君のような少女を何人も乱暴して惨殺してきた悪党でね。そいつらのアジトに突撃する予定だ」

「許せない奴らね。正義の鉄槌を食らわせましょ」


「その後ドラゴンを狩る予定だ。適性レベルは80」

「仮に――」


 パンダはそこで言葉を区切り、一呼吸おいて言った。


「仮にあなたが騎士じゃなくて奴隷商人で、私を売り飛ばす予定だと聞かされても私は受けるわ。あなたの指示に従って言われた通りの場所に行き、そこであなたのお仲間が来るまで黙って待ってる」

「……その後は?」

「皆殺しにして身ぐるみ剝いで売っ払うわ」


「――――ク」

 エーデルンは額に手を当てて何かに耐えるように俯いた。

 その肩が小刻みに揺れ出し、


「――フハハハハハハハ!!」

 途端、盛大に笑いだした。


 店中の客が怪訝そうに彼を見たが、エーデルンはそれに気づくこともなくひとしきり笑い、やがて降伏するように両手を上げた。


「――君の勝ちだパンダ殿。金庫をお持ちなら番号を教えてくれ。振り込ませてもらおう」

「ありがと。もし私が依頼を降りそうになったら、ここの伝票をおいて帰っていいわ。そうすれば私は向こう一週間はここの厨房で皿洗いよ」

「いいだろう。……くそ、追加で一○万か。どこかで帳尻合わせないとな」


 そう言うエーデルンもどこか楽しそうだった。

 どうやら個人的には気に入られたらしい。


「じゃあ単刀直入に、君にしてもらいたいことを言おう」

 一度咳払いをして続けた。


「吸血鬼はこの二カ月で少女ばかりを一四人も攫って、自身の館に持ち帰り拷問にかけているらしい。奴をおびき出したいが一般人を使うわけにもいかないから、身元不明の冒険者である君に餌になってもらい、奴をおびき寄せたい。以上だ」

「なぁんだ、そんなこと。全然いいわよ。一○万ゴールド損したわね」


 あっけらかんと笑って答えるパンダに、エーデルンは今度こそ負けたとばかりに肩をすくめた。


「そのようだ」

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