第124話 乱戦


 ――大きな爆発音が町に轟いた。


「な、なんだ!?」

 宿屋の一室で待機していたインクブルとシラヌイが座り込んでいた床から飛び起き、窓辺で町を監視していたホークのもとへ駆け寄った。


「爆発だ。家が一件吹き飛ばされてるな」

 目を凝らすホーク。遠くの方でかすかに粉塵が立ち上っている。


「誰かが戦っているのか?」

「それは今から分かる。静かにしろ」

 今度は聴覚を研ぎ澄ませるホーク。

 この爆発音が単発のものであれば、パンダが町にしかけた罠が一つ作動しただけだと推測できる。

 問題はこの後だった。


 ――爆発音が鳴りやむ前に、新たな音が響き渡った。


 キィン、という甲高い音。パンダ達が持っている音響弾のものだ。

 その音を追い立てるように、次の爆発音が聞こえてきた。先程の爆発音は火薬による人為的なものだったが、今度は魔力が炸裂するような音だった。

 間違いなく、あの女魔人リュドミラの魔力弾の音だろう。


「――戦闘音だ。私のパーティメンバーが見つかったようだな」

 ホークは窓辺から身を離すと、素早く装備を身に着けて戦闘の準備を始めた。


「加勢しに行くのか?」

「そうだ。お前たちはここで待機していろ」

 廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、やがて部屋のドアが勢いよく開かれた。

 外からアッシュとルゥが入ってきた。


「ホークさん、この音!」

「パンダが見つかったようだ。行くぞ、準備はいいな?」

 二人は緊張感に身を強張らせながらも頷いた。

 ついに来るべき時が来ただけだ、と思うことで何とか平静を保っているような状況。この町の中を彷徨う以上はいずれあの魔人たちに見つかることは覚悟の上だった。


「俺も行こう」

 インクブルがそう申し出た。


「い、インクブル様!?」

 心配そうにインクブルに駆け寄るシラヌイ。


「お前たちには関係のない戦闘だぞ」

「……俺たちはずっと二人で旅してきた。誰にも頼れず、敵から逃げ続けるだけの旅だ。だがお前たちは一晩とはいえ俺達と仲間になってくれた……その礼だ」

「……好きにしろ。――お前を追っている魔人がいたらついでに殺してやる。行くぞ」

「わ、私もお供いたします!」


 シラヌイが声を震わせながら言った。

 シラヌイは非戦闘員だ。その力はルゥにも遠く及ばない。

 気持ちは分かるが、この状況では連れてはいけない。


「駄目だ。シラヌイ、お前はここで待機するんだ」

「できません! 死ぬときは一緒です!」

 インクブルの制止も聞かず食い下がるシラヌイ。


「それは貴様の都合だろ。足手まといはいらん」

 だがホークのその冷たい言葉にはシラヌイは反論できなかった。

 感情論ではなく、純粋な合理性の観点から拒否されれば、シラヌイは俯きながらそれを受け入れるしかなかった。


「シラヌイ、俺は死ぬために戦うんじゃない。必ず戻ってくる」

「……はい。信じます、インクブル様」


 シラヌイの願いを聞き届け、インクブルは力強く頷いた。






「だから静かに逃げようって言ったんすよおおおッ!」

 廃虚の町を脱兎のごとく逃げながらキャメルはパンダの采配を呪った。

 後ろからは四人の魔人がキャメル達を猛追してきていた。


「ブーブー言わないの。ほら次の角を右に曲がって」

 キャメルと並走しながらパンダは次の逃げ込む先を指示した。


 パンダとキャメルが潜伏していた二階建ての家屋に、リュドミラ達が踏み入ってきたのが数分前の出来事。

 一階の探索が終われば、パンダ達がいる二階へ向かってくるのは明白という状況で、パンダは複数の選択肢を考慮していた。

 まず家屋の中に隠れてやり過ごすことも考えたが、あまりにもリスクが高すぎる。リュドミラ達がそんな適当な探索をするとは思えない。

 なんとかパンダ達の存在を気取られない内に脱出するしかないが、それも望み薄だった。


 二階から音を立てずに出られそうなのは割れた窓くらいしかなかったが、そのちょうど真下当たりにしっかりと魔人を一人監視につけていたのだ。

 周到に家屋を見張られている状況では脱出も難しく、パンダは発見されずに逃げ出すことを諦めた。


 キャメルは最後まで反対したが、パンダは家屋に仕掛けていた爆薬を作動させた。

 家屋の主柱を同時に爆破して家屋を倒壊させ、その混乱に乗じて逃げ出したのだ。

 当然リュドミラ達にはパンダ達の存在が露呈してしまったが、それなりに距離は稼ぐことができた。

 あとは追ってくるリュドミラ達から逃げ続け、なんとか時間を稼ぐしかない。


「無理っす無理っす! 絶対逃げきれないっすよお!」

「いいから走る! 次、直線長いわよ気合入れて!」

「そんな無茶な――うひゃあっ!?」


 すぐ傍に魔力弾が撃ち込まれ爆炎を散らす。

 リュドミラ達は後方一〇〇メートルほどから魔力弾を連射してきている。

 家屋の密集した町なのが幸いしまだ被弾には至っていないが、それも時間の問題だった。


 後方で罠が作動する音が響いた。

 パンダは町中に設置されたトラップに誘導するように逃走しており、それで少しでもリュドミラ達の追跡が弱まることを期待していた。

 が、そこまで甘い相手ではなかった。

 あれらのトラップは、それ自体はリュドミラ達を押しとどめるような効果はない。森でトラップゾーンが脅威になったのは、あくまで一撃で相手を葬れるホークの破魔の矢との連携があったからこそだ。


 リュドミラ達はトラップを作動させてしまおうとも意に介さず突撃してくる。

 せいぜい煙幕で僅かに視界を奪い、音響弾でリュドミラ達の口頭による指示を妨害する程度が関の山。レベル差によるステータスの差を考慮すれば一〇〇メートルの距離など一分もあれば十分に詰め切れる。


「これどこに向かって走ってるんすか!? まさか無策じゃないっすよね!?」

「北東よ。少しでもホーク達に近づきたいし、例の転移が上手い事働いたらリュドミラ達を捲けるかもしれない」

「どっちも裏目だったら!?」

「私は一度だけチャンスがあるわ。あなたを『ソウル・ブラスト』で自爆特攻させて時間を稼げばね」

「姐御おおお!?」


 半泣きのキャメルの抗議も、パンダが地面に叩きつけた音響弾の音にかき消された。

 パンダは逃走しながら一定の間隔で音響弾を鳴らし続けている。

 その音とリュドミラの魔力弾の爆音が幾重にも折り重なり、数分前まで静寂に包まれていた廃虚の町が嘘のように一転してけたたましい戦闘音に満たされていた。


「さっきからなんで音鳴らしながら逃げてるんすか!? あいつらに位置教えてどうするんすか!」

「ホークに私たちの位置を教えるためよ。――それと、あの騎士にもね」

「げっ!?」


 ホークに位置を伝えるのはキャメルも大賛成だ。

 あの魔人たちとまともに渡り合えるのはホークしかいない。

 が……騎士もこの場に来るというのは歓迎しかねた。

 確かに騎士はリュドミラ達を丸ごと相手取って圧倒した実績がある。助力を得られればこれほど頼もしい者はいない。


 だがその騎士がパンダ達の味方だという保証は全くないのだ。

 最悪の場合……パンダ陣営、リュドミラ陣営、そして謎の騎士。この三組による泥沼の三つ巴戦にもつれ込む危険性すらあるのだ。


「覚悟を決めなさいキャメル。ここからは乱戦になるわよ」






「チッ! 姑息な小細工を……!」

 周囲を覆った煙幕を魔力弾で払いのけながらリュドミラが苛立たしげに言った。


 ついに少女を発見したまではよかったが、突然倒壊した家屋の下敷きになったリュドミラ達はそこから抜け出るまでに数十秒の時間を要してしまった。

 そのタイムロスのツケがそのまま、逃走する少女との距離として開いてしまい、それを必死に縮めている最中だ。


「シェンフェル、探知魔法を絶やすな! 絶対にあの少女を逃がすなよ!」

「うん。――二時の方角」

「あの騎士の位置も教えろ!」

「五時。二〇〇メートル」

「くっ……!」

「近いですね……リュドミラさん、急がないと」

「分かっている! クソ、あの小娘……徹頭徹尾こちらのしてほしくないことばかり……!」


 少女は初めからこちらとの戦闘は度外視し、ひたすら逃走して時間を稼ぐことに全力を注いでいた。

 音響弾を鳴らし続けているのもいやらしい手だ。同じくこの町に来ているはずのあのエルフと、そしてあの騎士……二人に同時に居場所を教えている。

 その騎士も、リュドミラ達の背後二〇〇メートルのところまで迫っている。


 急がなくてはあの少女を仕留める前に再びあの騎士と対峙することになってしまう。

 その事態を避けるためだけに十分に警戒し、慎重に町の探索を続けてきたはずだったのに……あの家屋を爆破され生き埋めにされた際に、襲撃を警戒して防御に回ったせいで余分に時間を奪われてしまった。

 あの時点で少女が近くにいることを察し攻撃に転じていればこれほど距離を離されることもなかったはずだ。


 森での戦闘といい今の追撃といい、あの少女にはとにかく先手を取られ続けている。

 実力差を考えればあの少女などリュドミラ達の内誰一人とも相手にならない。万が一にも勝ち目がないはずなのだ。

 だがあの少女はそんな尺度で両者の力量を計らない。


 戦場がエルフに有利な森だと見るやむしろ攻勢に打って出てくる強気を見せた。かと思えば、今度は一目散に逃走しながらも反撃の手を虎視眈々と狙っている。


 あらゆる状況を加味して攻め時と引き際を切り替え、その見極めも絶妙だ。

 今もそうだ。リュドミラ達があの少女を一方的に追い詰めているように見えて、実際にはリュドミラ達も追い詰められている。

 あの騎士の接近。そしてあのエルフの加勢。どちらも時間との戦いだ。ここで手を緩めれば、またしてもあの少女はまんまと逃げおおせてしまうという予感があった。


 なんとしてもここで仕留めておきたい……そう逸るリュドミラの神経を逆撫でするように、不用意な足元がワイヤーを引っ掛けて罠が作動する。

 数メートル前方の家屋の壁が爆破される。崩れた瓦礫がちょうどリュドミラ達に降りかかってくるように緻密に仕掛けられた罠を、リュドミラは拳に魔力を込め殴りつけて吹き飛ばす。


「十二時、六〇メートル。六時、二三〇メートル」

 シェンフェルの報告を聞き、よし、とリュドミラは頷いた。

 少女との距離がつまり、騎士との距離が離れている。このまま詰め切れれば――


「二時、一八〇メートル。四人」

 だがそこでシェンフェルは新たな反応を捉えた。

「ッ……来たか」

 増援だ。あのエルフと、取り巻きの人間たち。


「破魔の矢が来るぞ! 警戒しろ!」

 リュドミラがそう叫んだときには既に、三本の破魔の矢が飛来していた。

 シェンフェルの報告があったため、回避は容易だった。

 狙撃地点を確認。二時の方角にある三階建ての建物の屋上に、弓を構えたエルフの姿があった。


 奇襲が失敗したと分かると、エルフは弓を仕舞って建物から飛び降りた。

 代わりに魔法銃を取り出して装備したのをリュドミラは見逃さなかった。


「接近戦を挑むつもりか」

 今は森もなく、トラップゾーンもない。そして少女が追われている状況だ。呑気に弓での狙撃だけで援護するのは温いと考えたのだろう。


「向こうもやる気みたいだね」

 テラノーンが獰猛な笑みを浮かべながら言う。

 見ると、前方を逃げていた少女とアンデッドの女が急に反転。リュドミラ達と向かい合った。


 逃げ回るのは終わり。ここで迎え撃つという腹積もりのようだ。


「いい度胸だ……ここで必ず殺してやる」

 少女が右手に短杖を構えるのを見て、リュドミラ達も各々の武器を装備する。

 シェンフェルの探知魔法がなくとも、近くからあのエルフ達が接近してきているのを感じる。

 そして背後……あの騎士がこの場所を目指してきている。


「……あの騎士がすぐそこまで来ている。時間との勝負だ。あの少女を抹殺する。いいな」

 カルマディエからの使命が果たせるのであれば自身の命すら擲つ。

 その覚悟を固め、リュドミラ達が少女に突撃を仕掛けた。

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