第125話 乱戦-2


 リュドミラの魔力弾が戦闘の口火を切った。

 パンダとの距離はおよそ五〇メートル。左右のどちらかに回避すると睨んだリュドミラが指示を出し、アドバミリスとテラノーンがそれぞれパンダの左右に分かれて回り込もうとする。


 だがパンダは回避行動をとらなかった。

 手に持った短杖、ヴァルナワンドを前方にかざして魔力弾を迎え撃った。


 着弾と同時にヴァルナワンドが激しく発光。次の瞬間にはリュドミラが放った魔力弾は掻き消えていた。


「打ち消した? ……いや」

 魔力弾はあの短杖に吸収されたのだと理解した。

 右から迫ってきたアドバミリスにヴァルナワンドを構えるパンダ。するとヴァルナワンドに取り付けられている魔石から魔力弾が撃ち出された。


「くっ……!」

 思わぬ反撃に一瞬たじろぎながらも、アドバミリスは剣で魔力弾を防御。勢い任せに弾き飛ばすが、その一撃は紛れもなくリュドミラの魔力弾と同等の威力だった。


「森で私の攻撃を凌いだのはこれか」

 森でパンダを発見したリュドミラは魔力弾の連射でパンダを圧殺しようとしたが、パンダは無傷だった。

 そのカラクリがあの短杖にあったと見て取る。


 あの杖は魔力を吸収し、それをそのまま撃ち出すことができるのだ。

 リュドミラの魔力弾は封殺される。いや、下手をすれば敵に余計な武器を与えかねない。

 魔力弾の使用は控えた方がいい。リュドミラは両手を握り込み格闘戦の構えを取った。


 魔力弾による攻撃はリュドミラにとってあくまで二次的なもの。彼女の本来の戦法はその魔力弾を拳や足に溜め、攻撃と同時に撃ち出すことで威力を高めるというマジックモンク。

 それだけでリュドミラはこの場にいる者全てを圧倒できるだけの実力を持っている。


 リュドミラがパンダに突進を仕掛けようとしたその横面に、五発の魔弾が連射された。

「ッ!」

 咄嗟に回避するリュドミラ。更に放たれた魔弾を後ろに飛んで回避。

 パンダとリュドミラの間に割って入るように参戦してきたのはホークだった。

 左手に魔法銃。右手には小ぶりなナイフを装備していた。


「パンダさん、無事ですか!?」

 ホークに続くように新たに三人がその場に現れた。

 ルゥ、アッシュ、そしてインクブルの三人だ。


「あれは――」

 インクブルの姿を目にしたテラノーンが、その瞬間目の色を変えた。

「――! やっぱりこの町に来ていたか!」

 テラノーンに名を呼ばれたインクブルが強い警戒心を見せた。

 

「リュドミラ、あれが僕の標的だよ! だ!」

 その言葉に驚愕したのはホーク達だった。


「魔人……?」

「……」

 誰ともなくそう呟きインクブルを見遣る。インクブルは弁明するでもなく苦い顔で視線を逸らした。


「ホーク、考えるのは後よ! 応戦して!」

「……魔人でも何でもいい。協力しろ」

「っ……ああ!」


 魔人と知って尚、今は味方だと言うホークに、インクブルは力強く頷いた。

 そして、インクブルが何者かに興味がないのはリュドミラも同じだった。


「こちらも考慮する必要はない。標的がまとめて見つかっただけだ。――シェンフェル、補助をかけろ!」

「うん」

 シェンフェルが補助魔法を施す。


「ルゥ、頼む!」

「うん!」

 それに対抗する形でルゥも補助魔法を発動。皆の戦闘能力を向上させる。

 一気に一〇人もの者たちが集まり乱戦にもつれ込んだ廃虚の町。

 数ではパンダ達が勝るが、戦力では圧倒的にリュドミラ達に軍配が上がる。


「倒す必要はないわ! じきにあの騎士がやってくる。それまで持ちこたえれば私たちの勝ちよ!」

「チッ……!」

 リュドミラが忌々しげに舌打ちを飛ばす。

 的確にこちらの急所を突いてくるその悪辣な采配。あのパーティの主力は勇者のエルフだが、パーティの司令塔は間違いなくあの少女だと理解した。


「時間がない、一気に畳みかけろ!」

 リュドミラがアドバミリスとテラノーンに指示を飛ばす。

 シェンフェルは補助を得意とする黒魔導士だ。戦闘に参加させるよりも後方に回した方が真価を発揮する。


 手数が一人分減るが、こちらは三人。

 それだけいれば十分……そう思っていた矢先、テラノーンが隊列から離脱してインクブルに襲い掛かった。


「テラノーン!? 何をしている、標的はあの少女だ!」

「それは君たちの標的だろう? 僕の標的はこっちなのさ」

「それは、――ッ!」

 説得しようとしたリュドミラを、ホークの魔弾が阻む。

 そのせいでテラノーンと連携を取り戻す機会を失い、リュドミラはホークの対応に追われる。


「クソ……!」

 考えてみれば、テラノーンの立場であればこの行動は当然。

 この戦闘はあの騎士がこの場に来るまでの短期決戦。であればパンダを殺すことができてもインクブルを殺せなければテラノーンにとっては作戦は失敗だ。

 その事情は鑑みるしかない。


 となればこちらの戦力はアドバミリスとリュドミラの二人。

 ネックとなるのはやはりホークの存在だ。彼女の破魔の力はリュドミラの魔力弾を撃ち消し、少しでも触れれば相手を一撃で即死させられるという非常に厄介な力だ。

 ホークがパンダの守護に回ればかなり時間を稼がれるだろう。


「――アドバミリス、その少女を殺せ! 私はこのエルフをやる!」

 

 ここは強引にでもホークとパンダを引き離す必要がある。

 アドバミリスかリュドミラのどちらかがホークを引き受けることになるが、アドバミリスのレベルは61。一対一ではホーク相手ではやや不利だろう。

 そしてパンダはヴァルナワンドによってリュドミラの魔力弾を無効化できる。リュドミラが負けることは有り得ないが、仕留めきるまでに時間がかかる恐れがある。


 アドバミリスは魔力を用いない純粋な剣士だ。レベル差を考えてもパンダを圧倒できるはず。そのためにもホークをパンダから引き離すという役目をリュドミラが担うべきと考えた。


「ハァッ!」

 リュドミラの踵落としが地面に炸裂する。

 爆音と共に地面に亀裂が走り、ホークとパンダと分断する。

 ホークとパンダはそれぞれ咄嗟に亀裂から離れようと左右に分かれ、その間にリュドミラが割って入った。


「――アッシュ、お前はパンダの援護に回れ! ルゥは下がれ!」

「分かった!」

「キャメル、あなたも私の援護に回って!」

「当たり前っすよ! パンダさんに死なれるわけにはいかないっすからね!」


 パンダ達もそれぞれの役割を決め、二手に分かれて戦闘を開始した。

 多少の援護が入った程度ではアドバミリスとのレベル差を覆せない。リュドミラがホークを押しとどめてさえいればパンダを仕留めるのも時間の問題だ。


 ホークの魔弾とリュドミラの魔力弾が交差する。

 互いの攻撃を巧みに回避しながらも、リュドミラは前進しホークは後退する。短期決戦を目指すリュドミラは接近戦に持ち込むために動き、ホークはそれを魔弾で散らす。

 だが魔弾と魔力弾の撃ち合いでは圧倒的にリュドミラに軍配が上がる。

 連射性では劣るが、一発の威力が桁違いだ。二つが衝突してもリュドミラの魔力弾が撃ち勝てる。


 何より、ホークの魔法銃には致命的な欠点がある。

 それは弾切れ。平均して五発撃つごとに魔石を一つ消費している。

 それを全て消費したホークは数秒間のリロードタイムが必要だ。

 その隙をつけばホークを一気に崩せる。


 そう見立てたリュドミラだが、ホークの次の一手に驚愕することとなる。

 次にホークが撃ち出した魔弾はただの魔力弾ではなかった。

 ホークの前方に横長の魔力防壁が発生した。


「何ッ!?」

 魔法銃から発射されるのは攻撃用の魔弾だけだという先入観がリュドミラを一歩出し抜いた。

 ホークが撃ち出したのは『防壁弾』。前方に魔力防壁を発生させる魔弾だ。

 魔弾の種類としてはかなり特殊でガンショップに並ぶような品ではないが、この魔弾を作ったのは『毒沼の魔女』オリヴィアだ。

 こんなこともあろうかとパンダが用意させた特注品の魔弾。

 その防御力は高く、しかもホークはそれを四連射して防壁を四重に展開した。


 リュドミラの魔力弾を悉く防ぐ魔力防壁。内二つが砕け散るが、それでも二つが健在。その隙にホークは残る一発を、近くでテラノーンと戦闘を繰り広げているインクブルを守護するために発射した。


「ッ、この!」

「ホーク……!」


 インクブルを追い詰めていたテラノーンの黒魔法を魔力防壁が阻み、その隙にインクブルが体勢を立て直す。

 ホークもまた二枚の魔力防壁に護られながら、素早く魔弾のリロードを済ませた。


「舐めるな、エルフ風情が!」

 リロードの隙を突こうと狙っていたリュドミラを嘲笑うように危なげなくリロードを完了させたことも、リュドミラと対峙しておきながらインクブルを庇う余裕すら見せたことも、どちらも耐え難いほどの屈辱感をリュドミラに与えた。


 踏み込んだ一歩で魔力防壁に肉薄。そのまま拳を叩きつける。

 同時に発射した魔力弾が拳の威力を跳ね上げ、魔力防壁を二枚とも叩き割った。

 そのままの勢いでホークに詰めるが、ホークが振るったナイフの一閃にそれも阻まれる。


「――ッ」

 思わず前進を止める。

 あのナイフは武器としては低位のものだろう。戦闘用ではなくサバイバル用に作られたナイフだ。

 だがあのナイフには今破魔の力が流れ込んでいる。その切っ先に僅かでも触れたが最後、リュドミラは死に至る。


「貴様……!」

 怯んだリュドミラを、今度はホークの魔弾が攻め立てる。

 回避を強いられるリュドミラ。実力では圧倒しているはずなのに、思うように攻めきれない。

 もう一度攻め込むリュドミラだが、同じような攻防が繰り返される。

 ホークは魔弾と魔力防壁を巧みに撃ち分け、近距離戦ではナイフによる牽制を挟んでリュドミラを揺さぶった。


「こ、の……!」

 エルフは弓術に長けた種族だ。だが一方で白兵戦を不得手とすることで知られている。

 片やリュドミラはマジックモンク。最も短いレンジでの戦闘を得意とする。

 だというのに、白兵戦でホークを詰め切れないという事実がリュドミラのプライドを大きく傷つける。


 まだホークがリュドミラを倒そうと思って挑んできていれば話も違っただろう。だが徹底して防戦に回るホークと、彼女の操る破魔の力の前にリュドミラは決定打を見いだせずにいた。

 単純な力量ではリュドミラが明らかに勝っているはず。しかしそのハンデを覆し得るのがホークの持つ破魔の力だ。

 魔族を相手にした場合に絶大な効果を発揮する能力。

 まさにホークを勇者たらしめる素質だ。


 そのとき、リュドミラの身体を仄かな緑色の光が包む。

 それはシェンフェルが施した補助魔法だった。


「治癒力上昇。防御力上昇。……硬くなった。その魔弾くらいなら耐えられる」

「――!」

 シェンフェルの言葉を信じ、リュドミラは突撃を仕掛けた。


 撃ち出される魔弾。今度は回避しない。頭部だけを両腕で防御しながら被弾覚悟で突き進む。

 五発の魔弾がリュドミラの胴体に直撃し、一瞬走った激痛に顔をしかめるリュドミラだが……それもほんの数秒で消え去った。

 周囲に血が飛び散り、自らの肉体を魔弾が抉る感覚をハッキリと認識できた。

 が、その傷口も急速に回復していく。そこにシェンフェルからの回復魔法が施され、一瞬仰け反ったリュドミラの肉体を支えた。


 ――これならいける。リュドミラの前進が加速する。


「――ッ」

 今度はホークの顔に焦燥が現れる。

 先程までは、劣勢に立っているインクブルをしばしば援護するような余裕すら見せたが、魔弾による牽制が効果を発揮しなくなった今はその余裕もない。

 右手のナイフを前方に構えて大きく後退。だがそれを許すリュドミラではない。

 更に前進。ホークまで手の届く距離まで詰め寄った。


 破魔の力を持つホーク、そして近距離で大威力を叩きこめるリュドミラ。

 互いに必殺の距離。ホークが右手のナイフを振るうのを見て、リュドミラも応じる。

 リュドミラはホークの拳を振り抜いた。

 そして拳がナイフの切っ先に触れる直前で魔力弾を発射。魔力弾とナイフが激突する。


 ナイフに込められた破魔の力によって魔力弾は瞬時に打ち消された――が、同時にナイフも粉々に砕け散った。


 ――思った通りだ、とリュドミラは内心で笑みを浮かべた。

 破魔の力は触れた魔力を打ち消すが、それまでに一瞬のタイムラグがある。

 その一瞬の間にナイフが受けた衝撃は消しきれないのだ。だからこそ衝撃を受けても問題ないナイフを武器に使ったのだ。


 そもそも破魔の力が、何の衝撃も受けない程一瞬で魔力を撃ち消せるのであればナイフなど使うまでもなく右手そのものに破魔の力を込めて奮えばいいだけだ。

 その方が使い慣れていない武器に頼るよりもよほど自在に動かせる。


 そうしないのは、もし右手で魔力弾を受け止めてしまえばその衝撃が右腕に直接伝わってしまうからだ。

 ――だからこそリュドミラは今の一撃、渾身の力を込めて撃ち抜いた。

 ナイフはおろか、ナイフを持っている右手すら衝撃を殺しきれない大威力の一撃。


「ぐぁっ――!?」

 狙い通り、ホークは予想以上の衝撃に右腕の骨が軋みをあげる。

 ナイフが緩衝材となって尚これだけの威力。もし右手そのもので受け止めていれば肘から先が吹き飛んでいただろう。


 一歩間違えればリュドミラの拳がナイフの切っ先に触れかねない危険な賭けだったが、これでホークの右腕は潰した。使えるのは左腕の魔法銃だが、それもシェンフェルの補助魔法で無視できる。

 リュドミラが更に一歩詰め寄り、今度こそホークに必殺の一撃を見舞おうとしたそのとき、一歩早くホークの魔弾が撃ち出された。


「がっ……!?」

 予想を超える衝撃が右足を襲う。

 ホークが放ったのはただの魔弾ではなく、『散弾』だった。

 先ほどまでの魔弾よりも小さな魔力弾が同時に数十発発射され、リュドミラの右脚の太ももを撃ち抜く。


 近距離用の魔弾……点における貫通力では通常弾には及ばないが、面で襲い掛かる衝撃は通常の魔弾を大きく上回る。

 がくん、と右脚の膝が地面に落ちる。体勢を崩したリュドミラはそこで動きを止めてしまい、その隙にホークが後退しようとしていた。


「くっ――おおおおお!」

 だがそこでリュドミラは掌から魔力弾を撃ち出した。

 動きを止めたと思ったリュドミラからの思わぬ反撃。それもこの近距離では回避もできない。

 リュドミラの執念の一撃がホークの腹部に命中した。


 短い悲鳴を残して後方に吹き飛ばされるホーク。魔力弾はホークの身体に接触してすぐに破魔の力によって消滅したが、ナイフのときと同様に一瞬のタイムラグの内に発生した衝撃波は殺しきれず、ホークに大きなダメージを与えることに成功する。


「ホークさん! ――『ライト・ヒール』!」

 後方で待機していたルゥがホークに回復魔法を施す。

 それとほぼ同時にシェンフェルによる回復魔法がリュドミラにもかけられ、両者の戦いは距離を離した状態で振り出しに戻った。


「くっ……!」

 倒し切れない……その焦燥感がリュドミラを逸らせる。

 見れば、テラノーンもインクブルを殺し切れずにいるようだった。

 インクブルは剣士、テラノーンは黒魔導士だ。互いに有利を持つ職業の関係性から、防戦に回られる上にルゥやホークによる援護も合わさって、かなりのダメージを与えつつもインクブルを仕留めきれずにいるようだった。


「――アドバミリス! まだか! いつまでかかっている!」

 苛立ったリュドミラの叱責。

 アドバミリスもパンダとの戦闘を続けており、絶え間なく金属音が鳴り響いている。

 いくらアッシュと共闘しているとはいえ、パンダのレベルは15。アドバミリスとは40以上もレベル差があるのだ。

 まして剣士であるアドバミリスが近接戦で戦っている。本来であればものの数秒で勝負が決しているはず。だからこそリュドミラはパンダの抹殺をアドバミリスに任せたのだ。


 だというのに、未だ戦闘が続いているどころか、なんとアドバミリスはまだパンダに一撃すら与えられずにいた。

 その事実に誰よりも驚愕しているのは、他ならないアドバミリス本人だった。


 ――速度、威力。どちらにおいてもアドバミリスは圧倒している。

 だが『技術』において、パンダはアドバミリスを遥かに凌駕していた。

 パンダはヴァルナワンドを仕舞い、デスサイズでアドバミリスの剣戟に食らいついていた。

 大鎌は扱うにはかなり癖のある武器だ。それをまるで手足のように自在に操るパンダの技の冴えは、アドバミリスを凌いで余りあった。


 それもそのはず。レベルが下がり身体能力が下がろうとも、かつて身に着けた剣技は失われていない。

 そしてパンダの剣技は、魔族史上最強の剣士と名高いムラマサと互角に渡り合うほどのものだった。アドバミリスでは遠く及ばない。


 確かにパンダにはアドバミリスを傷つける手段はない。デスサイズの力を以てしてもほんの僅かな掠り傷をつける程度しかできない。

 だがほんの一分間、アドバミリスの剣戟をいなし続けることは不可能ではなかった。

 更に言えば今はアッシュと共闘している。彼もまたアドバミリスに致命傷を与えることはできないが、その手綱をパンダが握っているのであれば話は別だ。


 パンダはアドバミリスだけでなくアッシュの動きもまた手に取るように把握していた。アッシュが次に何をしたいか、そのためにはアドバミリスがどういう状態になっていればいいか、そのために自分はどう行動すればいいか……全てを瞬時に見切り、その通りに寸分たがわず実行する。

 言葉を交わさずとも寄越されるパンダからの一方的な援護。アッシュ自身、自分が何故思うように戦えているのか理解できないほどだった。


「――おら、くらえクソ野郎!」

 加えて、キャメルからの妨害が地味に厄介だった。

 キャメルは煙幕を張り、アドバミリスをパンダ達ごと煙で覆った。

 これで三度目の煙幕。その度にアドバミリスは力任せに剣を振り、その風圧で煙を吹き飛ばした。

 それは煙によって視界を遮られることを嫌ったためだが、パンダはその煙の中でもアドバミリスの姿を視認できていた。


 パンダの右目の魔眼は魔力を見通す。アドバミリスの体内に流れる魔力の波長も見破り、その位置を看破するのだ。

 以前セドガニアでキャメルと戦った際も同じ手法でキャメルの罠を完封してのけたのだ。その時の苦い記憶を持っているからこそ、キャメルも遠慮なく煙幕を張り続けられた。


「いいわよキャメル、どんどん使って!」

「ラジャーっす!」

「おのれ……!」


 力では圧倒的に勝っているはずのアドバミリスだが、何故か詰め切れない。

 ふと様子を見れば、テラノーンも、そしてリュドミラも似たような状態に陥っているらしい。


「……これだ」

 アドバミリスは今更ながら痛感した。


 ――これこそが人類と魔人の戦いなのだ。

 魔人は個としての力で上回っているはずが、人類が弄する十重二十重の策略、戦術を前にギリギリのところで粘られ勝ち切れない。

 それがこの三〇〇年に渡る戦争の歴史だ。その歴史をまさに今、この戦場が体現していた。


 ならばアドバミリスもまた魔族に相応しい技でそれに応える必要がある。


「――我が剣よ。私の魂を喰らえ」


 アドバミリスの言葉に、パンダが警戒を最大限に高めた。

 魔族が用いる奥義の一つ。自身が抱える余剰分の魂を魔導具に注ぎ込むことによって一時的に能力を向上させる技だ。

 一度使えば再び魂を蓄えるまでは再使用ができないためおいそれと使うことはできない最終手段。普通ならば自分よりも格上を倒すために使われるものだが、アドバミリスもまさか自身よりも遥かに劣る少女を相手に使うことになるとは思っていなかった。


 だがこの少女にはそれだけの価値があると迷いなく決断できた。


「――ハッ!」

 次の瞬間、アドバミリスは一筋の閃光となって夜の街を突き抜けた。

 アッシュやキャメルには残像すら視認できないような速度で地を駆け、一瞬でパンダの懐まで潜り込む。

 パンダが構えたデスサイズの防御も掻い潜り、光の矢のように刺突を放った。


 パンダが咄嗟の回避を行っていなければ間違いなく心臓を貫いたであろう刺突は、パンダの右わき腹を深々と抉った。

 激痛に呻きながら地面を転がるパンダ。一目見て重傷だと分かるその傷に、他の面々に戦慄が走る。


 しかし当のアドバミリスは、今の一撃を以てすら必殺に至らなかったパンダの反応速度と技能に驚嘆した。

 何故これほどまでに低レベルな者が、これほどの技術を体得するに至ったのか。この少女がいったい何者なのかアドバミリスは強く興味をそそられたが、今はそれよりも優先して成すべきことがある。

 倒れ伏したパンダへ、アドバミリスは剣を振り上げる。


 いざ剣を振り下ろさんとしたその前に、


「――うおおおおおおお!」


 アッシュが咆哮と共にアドバミリスに飛び掛かった。

 技も何もないただの体当たり。ただアドバミリスをパンダから遠ざけようとした必死の行動だった。


「くっ、邪魔だ!」

 右わきから飛び掛かられわずかによろめくアドバミリスは、しかしすぐさま体勢を立て直しアッシュを蹴り飛ばした。

 すぐ傍の家屋に激突し呻くアッシュ。

 まずは邪魔はこの男から殺す、とアドバミリスが剣を振り上げ――その動きがぴたりと止まった。


 彼の視線は、アッシュが吹き飛んだ家屋の奥……家屋と家屋の隙間にできた暗い影の向こうに注がれていた。


「――――しまっ」


 銀の閃光が煌き、アドバミリスの身体を横薙ぎに両断した。


 飛び散る鮮血。上半身を失ったアドバミリスの下半身がゆっくりと地面に倒れた。

 あまりに突然の出来事に誰もが言葉を失い……同時に、誰もが全てを理解した。


 夜の街の闇から這い出てきたような、漆黒の鎧。墨を被ったような黒の中に、不自然に光る銀の斧。

 それを握る右手からはしゅうしゅうという異音。まるで何かが焼け焦げるような音と匂いを放ちながら、一人の騎士が姿を現した。


「……」

 パンダ達にとっては待ち望んだ……そしてリュドミラ達にとっては絶対に回避したかった遭遇。

 この騎士と対峙しないために臨んだ短期決戦を果たせず、その代償に今、アドバミリスが一撃で屠られた。


 彼の返り血を全身に浴びた漆黒の騎士が、ゆらりと家屋の影からこの場で歩み出てきた。


「……やっぱりだ」

 その騎士の傍らで、アッシュが確信を得たように呟いた。

「やっぱりこの騎士は魔族だけを殺すんだ! 俺達の味方だ!」

 アッシュは騎士に背を預け、ホーク達に向かって叫んだ。


「見ただろ皆、この騎士は俺を助けてくれた!」

「アッシュ! ねえ、アッシュ!」

「ルゥ、お前も見ただろ!? この騎士は俺達の味方なんだ!」

「アッシュ! 後ろ! ――ダメええええ!」

「え?」


 呆けたように振り向くアッシュ。


 振り下ろされた両刃の斧が、アッシュの身体を叩き潰した。

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