第6話 私はパンダ


「いやぁ助かっちゃったわ。ありがとう」

「まったくよ。レベル1なのに一人で森に入るなんて何考えてんのよ」

「いやぁ、案外なんとかなると思っちゃったのよね」

「……武器も防具もなしで?」

「モンクよモンク」

「あのねえ……」

「まあいいじゃない、みんな無事だったんだし」


 パンダはまるで反省した様子もなくあっけらかんと笑っていた。

「ところで、それ何してるの?」

「なにって、フォレストウルフの牙を抜いてるのよ」

 トリスとフィーネが中腰になってフォレストウルフの死体をなにやらゴソゴソと弄っているのを訝しげに眺めていたパンダは、更に首を傾げた。


「……変な趣味ね」

「おいこらドチビ」

「倒した魔物の一部を持ち帰って管理局に提出すると報奨金が出たりするんだよ。ちょうどフォレストウルフは今一匹から討伐依頼も出てるしね」

「ああ、そういうこと」

「それに部位によっては普通に売りに出すこともできるよ。フォレストウルフの牙なら鍛冶屋に売れると思うよ。あとは皮とかもよく見るね」


「あんたそんなことも知らずに冒険者やっていくつもりだったわけ?」

「そういえば聞いたことある気がするわ。私は死体漁りなんて気持ち悪くてやりたくないけど」

「冒険者には避けて通れない道よ。今のうちに慣れておきなさい」

「でもフォレストウルフの牙なんて大した値段で売れないんじゃない?」


「そうだね。今は管理局から討伐依頼があるから、鍛冶屋より管理局に牙を提出した方がいいね」

「確か一体につき三○○ゴールドだったかな」

「あら、そういえばその張り紙私も見たわ。レベル制限があって受けられなかったのよね。……三○○ゴールドか。それだけあれば晩御飯はちゃんとしたもの食べれそうね」

 フィーネの目がすっと細まる。


「……ご飯、ちゃんと食べてないの?」

「ん? まあウエイトレスやってた時は賄いを出してもらってたりしたかな。でもお給料は四日分しか貰えなかったし、安めのスープとか多いわね」

「……」

 フィーネは全てのフォレストウルフから牙を抜き終えると、その内から三体分をパンダに投げ渡した。


「あんたの分よ」

「あら、私が倒したのは一体よ?」

「……群れを見つけたのはあんただからボーナス。それと、トリスを護ってくれたお礼で三つよ。……あと、トリスの家の近くにパン屋があるわ。あそこは安くて美味しい」

 そっぽを向くフィーネを見て、パンダがニヤリと表情を歪めてトリスの肩をちょんちょんと突いた。


「ねえ。あの子、超可愛いわね」

「フィーネは昔から素直じゃなくて。本当はあなたのことすごく心配してるんだよ」

「してないわよ!!」

 仄かに頬を赤くしてフィーネが怒鳴る。それを見てケタケタと笑うパンダに、ロニーがそっと近寄った。


「……本当に、冒険者としての知識はないんだな」

「ええ、駆け出しよ」

「…………レベルも1なんだね?」

「そうだけど、どうかしたの?」

「……いや」

 歯切れ悪く視線を逸らすロニー。


「あ、そうだ。これありがとう。素敵な剣だったわ」

 手に持った短剣をロニーへ手渡そうとするパンダ。だがロニーは短剣を黙って眺め、しばし考え込んだ。


「……パンダちゃん。俺たちとパーティを組む気はないか? もしあるなら、その剣をしばらく貸してもいい」

「ハァ!? ロニー、あなた何言って……!」

「いいの!? もちろん組む気アリアリよ! よろしくぅ~」

「あんたも勝手に話進めんな!」


「フィーネ、この子は冒険者のイロハも全く知らない駆け出しだ。なのに危機感はないし、まあ……少し考えなしなところがある」

「そうそう。私の危機感のなさホント凄いんだから」

「これも何かの縁だ。俺たちがこの町に滞在中に少し面倒を見てあげよう。じゃないと危なっかしくて気が気じゃない」

「その通り! あなたいいこと言うわねぇ」


 フィーネはまだ納得いかない様子だが、ロニーの言葉に一理はあると思っているのだろう。

 自分には関係ない、と突っぱねないところがまたいじらしい、とパンダは小さく笑った。

「…………トリスのレベル上げはどうするのよ」

「私がいればきっと捗るわよ」

「あんたは黙ってて」

「あの、私なら平気だよ。もともと二人がこの町に帰ってきてくれたこと自体が渡りに船っていうか……だからパンダちゃんが困ってるなら助けてあげたい」


「…………」

「レベリングなんて一人も二人も変わらないわよ」

「あんたは黙ってて」

 パンダを睨み付けたあと、フィーネはため息を一つ吐いた。


「……まあ、二人がそう言うなら、いいわ」

「そうこなくっちゃ!」

 パンダが肘でフィーネの肩を小突くと、フィーネは嫌さ半分気恥ずかしさ半分の顔でパンダを小突き返した。


 それを見て苦笑いを浮かべるロニー。

 微妙に嚙み合ってない二人だが、決して仲が悪いわけではないようだ。

 パンダはもとよりフィーネのことを気に入っているようだし、フィーネは口ではパンダを突き放してはいるが、言葉ほどパンダを嫌ってはいない。付き合いの長いロニーには彼女の本心がよくわかった。


「なら、その剣はしばらく君に貸しておくよ」

「ほんとにいいの?」

「さすがにレベル1で装備なしのモンクは厳しいだろう。でも剣士なら――どうやら君はその剣を問題なく使えるようだし、是非使ってくれ」

「ありがとう! 大切にするわね」

「防具は自分で揃えなさいよね」

「よろしくね」

 握手を求めてきたトリスの手を握り返し、次いでパンダは彼女の頭を軽く撫でた。


「よろしく、トリスちゃん」

「ち、ちゃん……!? わ、私確かに小柄だけど一七歳なんだけど……」

「うそ、見えないわね」

「うぅ……」

「よし、じゃあまずはその辺のことも踏まえて自己紹介からだな」

 ロニーは仕切りなおすように両手をパンを合わせた。


「俺はロニー・ブルック。歳は二三。剣士をやってる。レベルは24だ。――さあフィーネ、次は君だ」

「……フィーネ・シェルツ。年は一九。レベルは16。黒魔導士よ」

「私はトリス・リーフ。一七歳。薬草師をやってる……というか目指してて、まだお父さんの見習い。レベルは4しかないの」

「なるほどね。薬草師のスキルをある程度覚えられるようにレベルを上げたいわけね」

「そうだ。それが当面の俺たちの目標になる」


 にこやかに微笑んだロニーは、しかし次の瞬間にその表情を固くしていた。

 口元には笑みを浮かべているが、目は決して笑っていない。何かを警戒しているように見えるが、その視線はパンダを捉え続けていた。


「――さあ、次は君のことを教えてくれ。パンダちゃん」

「パンダでいいわ。なんだかくすぐったい」

「わかった、パンダ。さあどうぞ」

 やけに急かしてくるロニーをやや不審に思いながらも、パンダは口を開いた。


「私はパンダ。歳は正確には分からないけど、たぶん一○歳くらいだと思う」

 いきなり引っかかることを言い出し、ロニーが当惑する。

「年齢を覚えてない?」

「ええ。複雑な家庭だったから」

「戦災孤児だったんだっけ?」

「ええそう。それもある」


 今思い出したかのような相槌に、ロニーの目が更に細まる。

「パンダ……珍しい名前だな」

「確か魔族領にそんな野生動物がいるらしいわ。私は見たことないけど」

「ファミリーネームはなんて言うんだ?」


 パンダを見つめるロニーの視線。それをじっと見返して、パンダにある疑念がよぎる。

 怪しまれている?

 何を怪しまれているかは分からない。いや、ロニーも自分が何を怪しんでいるのか分からないのかもしれない。

 漠然と、何かパンダのことを不気味だと感じているようだ。


「……」

 怪しまれる理由に身に覚えがない。素性が分からないからだろうか。

 まあ素性を明らかにしたいなら別に構わない。

 バレたら面倒だが、面倒なだけだ。


「ファミリーネームは言いたくないわ」

「……というと?」

「両親はだいぶ前に戦争で死んで、私はずっと……そう、とある施設にいたの。その施設はまるで……牢獄だった」

「牢獄?」

「私にも名前はあったけど……そこでは誰も私を名前では呼ばなかった」


 ロニーだけでなくフィーネとトリスも次第に神妙な顔を浮かべ始めた。

「……酷い、ところだったの?」

「気になる、フィーネ?」

「……別に」


「ふふ。酷いかどうかはともかく……私は嫌になった。で、飛び出してきた」

「助けを求めて?」

「いいえ。私の目的はたった一つよ」

 パンダはすっと瞼を閉じた。

 自らの心に思いを馳せる。彼女の望みはいつも同じだった。


「私は自由になりたいの」


「自由……? そのために、その施設から出てきたのかい?」

「ええ。着の身着のまま、その日暮らしの冒険者生活。素敵だと思った。とっても自由だって」

「……」


「自由になるにあたって、昔の名前を捨てた。もう察しがついてると思うけど、パンダは偽名よ。冒険者登録をするときに適当に考えた。だからパンダちゃんにファミリーネームはないし、私のことはパンダって呼んでほしい。でもどうしても私をフルネームで呼びたいなら今考えるか、なんならあなた達が名付け親になってくれて構わないわ」


 軽やかな笑いが起こるジョークを言ったつもりだったが、パンダの予想に反して場の空気は重苦しくなっていた。

 ふ、とパンダは冷めた笑みを漏らした。

 パンダは冒険者稼業のルールや常識には全くと言っていいほど疎いが、それでも最も重要な大原則は理解できる。


 ――厄介ごとには関わらない、だ。

 リスクは小さく。リターンは大きく。それが冒険者の鉄則だ。

「気味の悪い施設から逃げ出してきた、素性の知れない何やら訳ありの女の子をパーティに迎えるのは気が進まないかしら?」

「いいや、その逆だ」

 ロニーがパンダの肩に優しく手を置いた。


「そんな話を聞いた以上、君を放ってはおけない。俺たちが君の助けになるよ」

 ロニーの瞳には憐れみと、憤りと、なによりも慈悲の想いが溢れていた。

 予想外の返答にさしものパンダも目を丸くする。

「パンダちゃん、今日から私たちは仲間だからね」

 目じりにじわりと涙を浮かべたトリスがパンダの手を握る。


 呆気にとられたパンダの視線は最終的にフィーネのもとへ辿り着いた。

 彼女もまたパンダの目をじっと見つめていた。

「……本当にいいの?」

 パンダの質問に、フィーネは眉一つ動かさないまま応えた。

「さっきそう言ったでしょ」


 たまらず苦笑いを漏らすパンダ。

 理由はよく分からないが……なんだか胸のあたりが温かくなってくるのを感じた。

「……冒険の中で生まれる、素敵な仲間との出会い、ね。――やっぱりこれよね。冒険はこうでなくっちゃ」


 狙っていなかったと言えば嘘になるかもしれないが、彼らは今のパンダの話を何か悲劇的な出来事だと捉えて同情したようだ。

 そう思うと少し申し訳ないような気分になったが……まあいいか、とパンダは僅かな罪悪感を胸の内から払拭して、ペロッと舌を出した。



「だって嘘はついてないもの」

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