第129話 インクブルの過去


 俺とシラヌイの出会いは、別になんてことはない普通のものだった。

 買ったんだ、店で。

 露店で野菜を売るような気軽さで、人間は商品として店頭に並んでいるからな。

 珍しい話じゃない。魔族の社会ではな。


 もう二〇年くらい前になるか……俺は、魔人の中でもいわゆる落ちこぼれって呼ばれる部類の魔人だった。

 盟約のランクも最底辺だし、力も弱かった。単にレベルが低いだけじゃなく、伸びしろが悪かった。


 ……ポテンシャル? ……そうか、未来ではそういう概念が認知されてるのか。

 そうだな。ああ、多分それだ。俺は、ポテンシャルが低かった。それに、性格も魔人らしくなかった。

 殺したり、いたぶったり……そういう、魔人たちが好むような趣向も全然好きになれなくて。

 むしろ、誰かが痛がったり、叫んだり……辛そうにしてるのを見るのは、いい気分じゃなかった。


 いろんな魔人から馬鹿にされたよ、腰抜け、魔人失格だって。

 肉親はとっくにいない。他の種族との戦争で死んだ。

 俺は一人だったし、誰も庇ったり守ったりしてくれなかった。俺もまだ若い小僧だし、俺自身も弱かった。

 俺はそんな自分が嫌で……変わりたかった。

 だからシラヌイを買った。魔人らしく、こいつを蹂躙してやるって思った。そうすれば、少しは俺も魔人らしくなれると思った。


 シラヌイを選んだ理由は、別にない。目についたからだ。人間は安かったしな。

 ……皆まで言わなくてもいいさ。俺だってそんなことしたくなかった。ただ、そういうのがまかり通ってるのが魔人の社会なんだ。

 より多くの生命を従え、支配する者が優れている……そういう認識が一般化しているんだ。お前たちの常識で測るな。


 そのときシラヌイは、確か一二歳くらいの子供だった。

 取り立てて何の変哲もない、ただの子供だったよ。そういう子供を何の躊躇もなく玩弄して、支配することが魔人の社会では美徳とされていた。力と権力の象徴だと。


 ……だが、俺にはできなかった。

 ……違うさ。良心なんて、そんな綺麗なもんじゃない。単純に、どうすればいいのか分からなかっただけだ。怯えて震える小さな子供に……何をすればいいのか分からなかった。

 このか弱い少女をいたぶって弄ぶことが、素晴らしいことだって思えなかった。


 ……そうだな。同情も、きっとあったんだと思う。

 俺と同じで一人で、弱くて、誰にも護ってもらえない。

 自分より強い者には頭を垂れ、自分より弱い者を虐げる。俺もシラヌイも、そういう世界の被害者だと。


 結局、シラヌイをどうすることもできずに、ただ生かしてた。

 服を着せて、食事を与えて、同じ家に住まわせて……放っておいた。

 嫌な気分だったよ。俺はこんな小さな子供一人満足に支配できないのかって、自己嫌悪した。視界に入る度にそんな気分になるから、いっそ捨ててしまおうかとも思ったけど……できなかった。

 ……分からない。何故かできなかった。


 これでもいろいろ試してみたんだ。怖がらせてやろうと思って……俺がどれだけ残忍な魔人か話して、脅かしたり。

 そうするとシラヌイも少しは怖がって……。


 …………嘘を言うなシラヌイ。怖がってただろ。

 ……そうなのか? 怖くなかったのか……。

 クソ、笑うな。


 ……すまない、話を戻す。

 しばらくするとシラヌイの方から話しかけてきた。

 他にすることもなかったから、いろいろ話したよ。

 ……別に。何もしなかったさ、シラヌイには。したいとも思えなかったしな。


 …………ああ、そうだな。すまない、訂正する。

 シラヌイの言う通り、何もしなかったわけじゃない。

 ――話した。俺達はたくさん会話をした。それこそ、数え切れないほどたくさん。

 それはきっと、シラヌイの言う通り特別なことなんだと思う。魔人と人間の関係において。


 楽しかったよ。ずっと一人だった俺の人生に、初めて理解者を得たような気持ちになれた。

 幸せ……ってやつを、感じていたんだと思う。

 俺の中で彼女は、大切な存在になっていたんだ。


 二年くらい経った頃だったか。俺はその気持ちをシラヌイに伝えた。

 ああ。愛していると伝えた。シラヌイも俺に応えてくれた。周囲の目があるから、公には言えなかったが……それでも、俺達は愛し合った。誓いをたてて、夫婦になった。


 翌年子供も生まれた。

 可愛い女の子だったよ。俺は夫として、父親として一〇年を生きた。

 その頃には俺達のことも隠せなくなっていた。周囲の魔人たちからはとことん侮蔑されたよ。人間と子供を作るだけでも相当な変人扱いされるのに、まして育てているだなんてな。


 だが逆に人間たちとは少し親しくなった。誰もが家畜のような生活をして、区別なく魔人を恐れていたが、俺にだけは少し親しみを込めて接してくれていた。

 そんな生活が十年くらい続いた。


 ……そんなある日だ。

 さっきも言ったな。半人半魔の子供。人間と魔人……二つの性質を併せ持った俺達の子供が、人間の魂にもレベルシステムを作用させられると証明してしまった。


 ……違う。人間に協力なんてしていない。ただ、俺達の知らないところで、人間たちが勝手に研究を進めていた。俺達の子供を使って、秘密裏にな。

 そして、一人の人間がレベルシステムの会得に成功。その力を体系化した。


 あとは……お前たちも知っての通りだ。レベルシステムの存在は世界中に広がり、各地で同時に暴動が起きた。

 計画的な行動だったんだろう。人間たちは各地で密かにレベルを上げ、戦力が整ってきたところで、時期を合わせて革命を起こした。


 そうなってから初めて、俺は自分の子供がその騒動の発端だと知った。

 それが魔族にも知られ、子供が殺されそうになった。俺とシラヌイはそれを庇って……反逆者になった。


 そうして逃亡生活が始まった。

 もう五年も前の話だ。子供たちを人間に預け、東大陸の果てで落ち合おうと約束した。

 今は、その旅の途中だ。






 ――インクブルの話を、ホークは黙って聞いていた。

 魔人と人間の夫婦。愛し合った男女。

 その子供が、人類を救うレベルシステム誕生のきっかけになったということも。


「事情は分かった」

 あっさりと言い放つホークに、インクブルは少なからず驚いた様子だった。

「信じるのか、こんな話を」

「魔人もそれぞれだというのは、私も身に染みているからな」


 他ならぬパンダと行動を共にしているのだ。

 あれこそまさに魔人の中でも例外中の例外。ホークはインクブルの特異性を指図できる立場ではない。


「だが、これだけは言わせてもらう」

 ホークは鋭い目つきでインクブルを睨み付けた。


「人類がレベルシステムを手に入れたことで、奴らは魔人と戦争になった。強くなるために魔物狩りが横行し、その影響で人類とエルフの戦争が勃発した。その戦争で、エルフ族は絶滅の危機に瀕した」

「…………すまない」

「お前に謝ってもらう義理はない。だが忘れるな。レベルシステムは一つの種族を救いもしたが、多くの種族を殺しもしたのだということをな」


「わ、私達は知らなかったんです。あの子が人間たちの……そんな研究に利用されていたなんて」

「……ふん」


 二人が望んでいたわけではないことくらいホークにも分かる。

 全ては身勝手な人間たちが仕出かしたことだ。いや、そもそもを言えば魔人たちの支配が原因と言えるだろう。

 もともと争いの火種に成り得るものは存在していた。

 それに火を点けたのは二人の子供だが、それを責めるのであれば……それはインクブルとシラヌイが愛し合ったこと自体……子供を産んだことそのものを責める論調になる。


 ホークはそんなことをする気にはなれなかった。

 インクブルとシラヌイが愛し合ったことそのものが罪だと断ずるのは……そんな話はおかしいと思った。


「それで魔人に追われているのか。五年経った今でも」

「ああ。俺達は人類の反逆を幇助した大戦犯だ。どこに行っても魔人の目はある。なんとかここまで逃げてきたが……ホークも見ての通り、この町にも俺達を狙う魔人がいた。だから今すぐにでもこの町を出て……」

「いや、出られない」

「……は?」


「この町を見えない壁が覆っている。ここに来るまでに確認した。おそらく、パンダやあの魔人たちはとっくに知っていたんだろう。だから下手に急いだりしなかったんだ」

「……なんだそれは。俺達がこの町に入ったときには、そんなもの……」

「さっき起こったこと、覚えているだろ。世界が歪んで、崩壊していった。私達は謎の迷宮からここに飛んできた。あの迷宮と関わりがあるんだ、ここはお前たちが知っているようなただの町じゃない」

「……どういうことなんだ……お前たちはその状況を説明できるのか?」

「……」


 その質問にはホークも苦い顔をするしかなかった。

 インクブルに偉そうにこの迷宮の異常性を語ったホークではあったが、実際のところ彼女もまた迷宮について分かっていることはほとんどない。


「私の仲間にパンダという少女がいる。そいつが何か気づいた様子だった」

「その子は今どこにいる? まだこの町にいるのか?」

「……いや、おそらくだが迷宮から脱出している。自分でそう言っていたからな」

「じゃあもう助けにはこないか」

「いや、奴はそんなタマじゃない。むしろ嬉々としてもう一度この迷宮に戻ってくる」

「信頼してるんだな」

「……さあな。もし脱出していたら、どうせ今頃ハンバーガーでも食べてるだろうな」






「――へくちっ」

「汚いっすよ姐御。食べてるときにくしゃみしないでくださいっす」

「ごめんごめん」

 パンダは食べていたハンバーガーを飲み込むと紙くずをゴミ箱に投げ捨てた。


 時刻はもう明け方。遺跡から脱出したのが夕方ごろと考えると、およそ半日ほど経ったことになる。

 それだけの時間、一切休憩もせずに様々な準備に明け暮れた二人。

 いや、遺跡に入ってからろくに休憩らしい休憩もなかったことを考えると、丸二日は動きっぱなしだったことになる。

 ハードな仕事には慣れているキャメルでも、今回ばかりはアンデッドの肉体でよかったと思った。


 ギルディアの宿屋に戻った二人は、それぞれの成果を確認し合った。


「キャメル、レッドスピアの件はどうなった?」

「なんとかなったっすよ。銃はもう完成間近だったそうなんで、ギルディアに超特急で届けさせたっす。三日後には届くそうっすよ」

「そう。ボルクハルトは仕事が早くて助かるわ。……でも、三日かぁ」

「長いっすよね。それまでホークの旦那、あの遺跡の中で生きてられるんすかね?」

「さあね。でもあの廃虚の町は広かったわ。それにリュドミラ達も仲間を一人殺されてた。慎重になってるかもしれない」


 説明できない怪奇現象が起こり続けるあの迷宮で、何日生き残れるかなど予想するだけ無駄だ。

 今はただすべきことにするしかない。


「……ねえ姐御。やっぱやめましょうよ。あの遺跡にもう一回潜るなんて絶対頭おかしいっすよ。次もまた脱出できる保証なんてないんすよ?」

「次は脱出じゃなくて、迷宮をちゃんと攻略するつもりよ」

「姐御ぉ! ホークの旦那もきっとあたし達に戻ってきてほしいなんて思ってないっすよ。ほらよくあるじゃないっすか、「私を置いて先に行け!」みたいな。あれっすよあれ。ホークの旦那もきっとあたし達が幸せになることを願ってるはずっす」

「いいから、あなたが集めてきた罠の材料見せなさい」


 キャメルは渋々、集めた装備を全てパンダに見せた。

 大きなバッグがパンパンになるほど詰め込まれたそれらは、ほとんどがキャメルが作成する罠の素材だった。

 前回集めた素材も十分すぎる程の量だったが、結局遺跡の中で全て使い切ってしまった。

 なので今回はその倍以上用意することになった。

 そして今から作っておける分は作成しておき、迷宮に潜ればすぐにでも使えるようにしておく必要がある。


「店がもう閉まってるんで、本格的に集めるのは今日からになるっす」

「それでいいわ。まだ三日もあるんだしね」

「他には何が必要なんすか?」

「弓矢と銃弾よ。たらふく集めて。それからマッピング用の筆記具類、方位磁石、使えそうな魔石やアイテムも探したいわ。それにあなたが使う盗賊道具……とにかくいろいろよ」

「金足りるっすか?」

「有り金全て使って構わないわ。あの遺跡にはそれだけの価値がある」


 最悪の場合、パンダは長期間遺跡に潜ることも考えているのだとキャメルは理解し、げんなりとした気持ちになった。

 

「ねえ姐御、結局あの遺跡はなんなんすか? あそこで何が起こってるんすか?」

「……そうねぇ。あの遺跡で起こってることを厳密に説明するのは難しいわ。私も全てが分かってるわけじゃないから。ただ、知っておくべきことはそう多くない」


 パンダは遺跡の地図と、マッピングした迷宮の地図を広げてキャメルに見せた。


「まず、神隠しの正体ははっきりしたわ。あの遺跡に踏み込むと、不定期にあの迷宮に迷い込んでしまう現象が発生する。これはおそらく、人間だけじゃなく魔物も同じね」

「なんであれ生物があの遺跡に入り込むと、迷宮に飛ばされるってことっすか」

「そうよ。そしてあの騎士に殺される。これが神隠しの正体よ。そして……」


 パンダは迷宮の地図を指さした。


「迷宮。規則正しい迷路構造をしているわ。ここが『一つ目の迷宮』」

「一つ目?」

「森や廃墟の町。あれが『二つ目の迷宮』よ。あの遺跡には二つの迷宮があるの」

「……? でも森とか町って別に『迷宮』って感じの場所じゃなかったっすよ?」

「いいえ。忘れたの? あの廃虚の町は見えない壁で覆われていたわ。あれもいわば、形が違うだけで迷宮の一種と考えていい」


 迷路構造だけが迷宮の在り方ではない。

 四方を見えない壁に囲まれ、そこから外には出られず、当てもなく出口を求めてさまよい歩くしかない廃虚の町。

 あれも立派な迷宮の一種と言えた。


「……で、迷宮から次の迷宮に移動する?」

「そう。交互に行き来するみたいね。そして重要なことがもう一つ。それは、『迷宮によって登場人物が違う』こと」

「登場人物?」


「森と廃虚の町。どちらにも新しい魔人が追加されてるわ。そして、どちらにも登場する二人……インクブルとシラヌイ。彼らは迷路構造の迷宮には現れず、二つ目の迷宮にだけ現れる」

「なんか関係あるんすか?」

「……ここに関しては、推測するしかないのよね。なんせ実際に会って話したわけじゃないから。できればホークから話が聞きたいけど……そのためには迷宮に入らないとだし」


「でも、二つ目の迷宮に追加で現れた敵って、魔人じゃなかったんじゃないっすか? だってほら、ホークの旦那の矢を受けても死ななかったって」

 バルブルやテラノーンという、第一の迷宮では現れなかった者たち。

 リュドミラとは協力関係にあるようだが、ホークの破魔の矢を受けても死ななかったという奇妙な事実が存在した。


「……そう。それも重要なのよ。まず前提として、彼らは。それは間違いないと思うわ。でないとリュドミラ達と協力できるはずがない」

「……魔人だと思ってる? なんすかそれ?」

「ホークの破魔の力は、魔人を殺す力じゃないわ。『血の盟約を破壊する』からこそ魔族に特効を持つの」


「……え? つまり、その魔人は盟約を持ってないって事っすか? だから死ななかった? ……そんなこと有り得るんすか?」

「どうして盟約を持たない魔人がいるのか。何故あの遺跡にいくつもの迷宮が存在するのか。――話すわ、キャメル。私の推理を」


 今まで勿体ぶっていたのが嘘のように、パンダは自らの推理を語ると言った。

 それはつまり、パンダの中でも何らかの確証を得られたからだろう。

 迷宮から脱出してから行った、オリヴィアとの会話。それによりパンダはあの迷宮で起こっていることをある程度把握できた。


「あの迷宮はね――」






 パンダが全てを話し終える頃には、ギルディアはすっかり活気づいていた。

 眩しい朝の陽ざしが窓から差し込み部屋を照らす中……キャメルの面持ちは極めて沈鬱なものだった。


「こんなところね。理解できた?」

「…………はい、理解出来たっすよ。――とにかく、あの遺跡がヤバい場所だっていうことはね」

 重苦しい口調でキャメルは毒づいた。


「姐御、マジであの遺跡に戻るんすか?」

「当たり前でしょ。どうして?」

「だって……今の話が本当なら、何も……何もないじゃないっすか。無事に戻れるって保証も、迷宮を攻略できるって保証も、何も!」

「なに? あなたそんなもの期待してたの? 馬鹿馬鹿しい……なんて何が面白いのよ」


「面白いとかそういう話じゃないっすよ! 一度迷い込んだらもう出てこれないかも知れないんすよ!? しかも……つまり姐御の話だと、戦うんすよね? あの騎士と!」

「まあそうね。あの騎士はなんとかしないといけないわね」

「無茶っす! 嫌っす! なんであたしがそんな綱渡りにつき合わないといけないんすか!」

「魔人と盟約を結んだからよ」


 うぐっ、と口ごもるキャメル。


「それに、今もホークが迷宮に囚われてるわ。なんであれあの子は救い出さないと」

「姐御ってほんとにホークの旦那に甘いっすよね。その甘さを少しでいいからあたしにも分けてほしいっすよ」

「今のあなたは私にとってはただの眷属だからね。あなたを仲間だと思えるようになったら、あなたのピンチも救ってあげるわよ」


「来るんすかねーそんな日が。……あーもう、マジであの騎士と戦うんすか……最悪っすよ。勝てるんすかあたしらだけで」

「私たちだけだと無理でしょうね。だから、あの子も必要なのよ」

「あの子って……まさか、え? あいつっすか!?」


 信じられないという風に目を見開くキャメル。

 だがパンダはそれを肯定するように不敵な笑みを浮かべた。


「ええ。あの騎士を相手にするには、リュドミラ……あの魔人にも手伝ってもらわないとね」

「……本気っすか?」

「あの騎士は、あの迷宮にいる全員でかからないと倒せないわ。それくらいの相手よ、あれは」

「だからって……」

「大丈夫、説得の材料は用意してあるわ。――さ、そんなことより、朝になったわよキャメル。店も開き始めるだろうし、今日から三日間、忙しくなるわよ」






 ――そうして三日が経過した。

 この三日は、平和なようでいて慌ただしい日々だった。

 パンダとキャメルはギルディア中を走り回って必要な装備を整えた。金庫の中身もあらかた吐き出し、ほぼ無一文となるほど散財した。


 その甲斐あって、パンダが宿泊している宿屋は店が開けそうなほどの物で溢れていた。

 キャメルは最後の一日など部屋に籠り切り、ひたすらトラップやアイテムの作成に明け暮れた。

 二つあるベッドの上には寝る場所もないほどに道具が敷き詰められ、バッグに詰め込むだけでも一苦労だった。


 陽が高く昇る昼頃、部屋の扉が開けられ、パンダが入ってきた。

「調子はどう?」

「……ヘロヘロっすよ……何十時間ぶっ通しで作業してると思ってんすか」

「あなたがアンデッドで良かったわ。人間の身体だったら少し休ませないといけないもの」

「……」


 絶対いつかギャフンと言わせてやる……と内心で決意を新たにするキャメル。


「姐御の方はどうなったんすか? 銃は手に入ったんすか?」

「もちろん。ほら」

 パンダはバッグから一丁の銃を取り出した。

 槍のように長い銃身を持つ、赤い実弾銃。まさしくレッドスピアだった。


「ボルクハルトが激おこだったらしいわよ。「ハシュールからここまで、運ぶだけで四日かかるのに三日以内に銃を仕上げて届けろだと!?」って」

「あたしはできるだけ穏便に頼んだっすよ?」

「まあいいわ、ちゃんと届いたんだし。それじゃあちゃっちゃと荷造り済ませちゃって」


「はいはいっす。……今度は遺跡まで走らなくてもいいんすよね?」

「そこまで意地悪しないわ。お金がないから一頭に相乗りになるけどね」

「なんでもいいっすよ。今はただゆっくりしたいっす」

「何言ってるのよ。これからが本番――――ッ」


 すっかり気の抜けきったキャメルに喝でも入れてやろうとしたパンダは、そのとき……部屋の中に無視できない異常を発見した。


「いや~でもほんと、今からまたあの迷宮に……」

「『喋らないで』」

 盟約に命じて強制的にキャメルの口を閉じるパンダ。

 何事かと驚くキャメルだが、鬼気迫るパンダの表情を見てすぐに警戒を強めた。


「…………キャメル、今から私が言う通りに動きなさい。ミスしたらボコボコ」


 今度ばかりは冗談ではない雰囲気のパンダに、キャメルは震えながらコクコクと頷いた。






 ――コンコン、と部屋の扉がノックされた。

「はぁ~い」

 パンダが扉を開け、来客を確認した。



「いやぁどうもパンダさん。今ちょっとお時間よろしいでっか?」



 へらへらと笑いながら、ディミトリが姿を現した。

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