第47話 パンダとホーク
その夜、墓地に静寂はなかった。
永遠の眠りについた死者たちは土の中から這い出し、呻き声をあげながら殺戮の衝動に身を任せていた。
魔性に操られた哀れなアンデッド達は、一人の魔人によって生み出されたゾンビの群れだ。
総数は三○を軽く超え、その殺意は全て、一人の少女に向けられていた。
「なんか最近アンデッドと縁があるわね」
闇に浮かぶ妖しい紫の影。
紫の髪をショートツインテールに結い込み、紫のゴシックドレスを着流した美少女。
紫の左目も含め全身を紫で統一したカラーの中で、唯一右目だけが美しく青く光っていた。
彼女こそ、元魔王でありながら現在冒険者として売り出し中の少女、パンダである。
パンダは腰から直剣を抜き払い、月光にかざした。
一閃。襲い来るゾンビを両断する。
ゾンビは魔物としては低位に位置し、適性レベルは高くとも12程度。
殺意に濡れた狂眼で襲い掛かろうとも、パンダにしてみれば容易い相手だ。
迫るゾンビを次々と切り捨てるパンダ。
だがここは死者の眠る墓地。ゾンビは絶え間なく地から湧き出続け、その速度はパンダの撃退速度を上回る。
しかも更にパンダを追い詰める要素が一つ。
パンダの首にかけられた一つのネックレス。小さな宝石を埋め込んだこれは今回のために用意したマジックアイテムで、アンデッドを引き寄せる力を持つ。
ゾンビ達は他の全てを無視してパンダめがけて襲い掛かる。
そんなゾンビ達の動きは、彼らを生み出した主……この墓地を根城にする一人の魔人にとって望ましいものではなかった。
彼らはその魔人の傀儡に過ぎない。その手綱を握るのは自身であるはずなのに、それを巧みに誘導し操るパンダに、魔人は激しい怒りを覚えた。
死者の蠢く墓地に、一つの影。
ボロ布のマントを纏った女性。その髪は異常なほど長く、腐り落ちた顔をほとんど覆い隠していた。
死と腐敗を振りまく暗黒の魔女、ゲシュレ。
それがこの魔人の名だった。
「おのれ……! 木っ端ごときが私の庭を荒らすとはぁぁ……!」
「あれ、ここってシューデリアの共同墓地じゃなかったっけ。あなたの私有地じゃないはずだけど」
「ほざけえ! 下等な人間風情が!」
狂気に歪んだ眼差しで吠え掛かるゲシュレ。
更に生み出されたゾンビがパンダを囲い、次々と迫る。
その数が増え続ける以上、長期戦になれば不利は必至。いかにパンダとはいえ、いずれは物量に押し潰されるしかない。
――しかしそれは、パンダが単独であった場合の話。
そこに、一筋の軌跡が飛び込んだ。
「ぐぅっ……!」
咄嗟に飛び去る。
体を掠めるように飛来した一発の銃弾。それは彼女を追い詰める死の概念そのものだった。
「よそ見をする暇があるのか?」
「キサマァ……!」
月光を浴びる赤い長髪。
端正な美貌に冷えた眼差しを携えて、ホーク・ヴァーミリオンがゲシュレに迫る。
その両手に握られた二丁の拳銃――赤の銃『レッドスピア』と、紫の銃『サーペント』の弾丸が、執拗にゲシュレを追い立てる。
ゲシュレは黒魔法に長けた魔人であり、中でも死霊術に特化した適性を持っていた。
死霊術によって生み出したアンデッドを用い、数の力で相手を圧殺するのがゲシュレの基本戦術だ。
だが数十体のゾンビをパンダが一手に引き受け、徹底して防戦に徹することで、ゲシュレとホークの一騎打ちの場を作り出していた。
たかがエルフごときが単騎で魔人に勝てると踏んだその愚昧を一時は詰ったゲシュレではあったが、その認識はすぐに振り払われることとなった。
ゲシュレが放つあらゆる黒魔法は、ホークの魔断に打ち消された。
事態を理解できないまま劣勢へと立たされたゲシュレは次第に追い詰められ、ついには退路のない壁際まで追いつめられた。
「馬鹿な……この私が貴様のようなエルフごときに……! 死に損ないの劣等種がああ!」
「安心しろ、お前が死に損なうことはない」
カチャ、と二丁の銃を構え、冷ややかに言い放つホーク。
「きっちり殺してやる」
「ガアアアアアアアアア!!!」
ゲシュレが吠える。
そして宙に浮かび上がる数十もの赤い球体。
ファイヤーボール。
下級の黒魔法でありながら使いやすさから多くの黒魔導士に採用されている『ボール系魔法』の一種。
それを一度に数十も生み出す力は、さすがに魔人といったところ。
これをいくつも身体に受ければ、並のエルフなら十分仕留めきれる。
「死ねえええ!!!」
一斉に撃ち出されるファイヤーボール。速度、密度、威力。いずれも強力。
魔人の名に恥じない一撃。――しかし。
「……同じ赤でも」
ホークは、かつて自身を襲った赤い風を思い出す。
明確な死を感じさせるほどの、容赦のない波状攻撃。
「奴に比べれば欠伸が出るな」
侮蔑を込めて、ホークは静かに引き金を引いた。
二丁の銃が一斉に火を噴いた。
雪崩れのように連射される銃弾。
その速度はゲシュレであっても追いきれないほどで、ファイヤーボールがホークに命中するまでの僅か二秒の間に、二丁合わせて計三○発以上の弾が発射された。
そのいずれもが必殺。
大威力を誇るサーペントの魔弾はファイアーボールを蹴散らしながら突き進み、真の意味で一撃必殺を秘めるレッドスピアの魔断がゲシュレの胴体にいくつも命中する。
銃弾に撃ち抜かれる度にガクガクと身体を震わせるゲシュレ。
それもすぐに終わった。魔人の血の盟約を破壊する破魔の力が、ゲシュレの命をいともたやすく刈り取った。
断末魔の叫びすらない。一瞬の出来事だった。
主であるゲシュレが絶命したことで、パンダを取り囲んでいたゾンビ達も軒並み機能を停止。糸の切れた人形のように地面にくずおれた。
パンダは武器を仕舞うと、白けたように嘆息した。
「案外楽勝だったわね」
「この程度ならな」
ホークもつまらなさそうに銃をくるりと回し、ホルスターに収めた。
――魔断の射手、ホーク・ヴァーミリオン。
その名は今や人間領に広く知れることとなった。
二週間前。
ハシュール国シューデリア交易都市を襲った吸血鬼『ブラッディ・リーチ』討伐の偉業を認められたホークは、ハシュール国王への謁見を許され、そこで事の顛末を話した。
バラディア国騎士団の部隊を壊滅させるほどの魔物を単騎で仕留めた秘密――あらゆる魔力を打ち消す反魔力、破魔の力が魔人に対して極めて有効であることが証明され、その稀有な能力から、ホークは勇者としての素質を見出される。
王との謁見の場で、ホークは魔王討伐の意思を告げる。
魔王すら打倒できる可能性を秘めている破魔の力は、世界に五つしかない神器にも匹敵する人類の希望だ。
王はハシュールを代表し、その意思を尊重。ホークを勇者として認める宣誓を出した。
ハシュール国王からのお墨付きを貰えた以上、今や新たな勇者の誕生は誰もが認めるところであり、少なくともハシュール国においては英雄扱いだ。
手厚い保護の下、ホークには様々な援助が為されることとなった。
だが一方でホークに足りないものがある。
実績だ。
唯一の実績はブラッディ・リーチ討伐だが、彼女は吸血鬼。魔物であって魔族ではない。
魔人の討伐こそが勇者の本懐。故にホークのもとには、早速数々の依頼が舞い込んだ。
この二週間の内にホークが仕留めた魔獣は四体。
これはバラディア騎士団ですら一部隊では困難な数字であり、ホークの名は更にうなぎ上りとなった。
そして今日、ついに初の魔人討伐の快挙を成し遂げた。
シューデリア交易都市付近の共同墓地を占拠する『腐敗の魔女』ゲシュレ。ここ数年ハシュールを苦しめた魔人を討伐したことで、ホークは名実ともに勇者の称号を盤石のものとすることとなった。
「適正レベルS-45って聞いてたから少しは手こずるかと思ってたけど、あなたの敵じゃなかったわね」
簡単に言ってのけるパンダだが、ホークとてそれに驕るほど愚かではない。
ゲシュレの最も厄介な点は、従える配下の数だ。
無数のアンデッドを無尽蔵に生み出す腐敗の魔女。その物量の影から放たれる黒魔法は、ハシュール騎士団を容易く撃退した。
もし数十数百のゾンビと共にゲシュレを相手することになっていたならば、ホークとて劣勢は免れなかっただろう。
パンダが全てのゾンビの注意をまとめて引き受けたからこそ、ホークはゲシュレと一騎打ちに持ち込めた。
黒魔法、そして魔人。その二つにとってホークの魔断は天敵だ。
一騎打ちならばまずホークに軍配が上がる。
この勝利はいわばそういう類の必然だ。
この二週間、舞い込んだ魔族討伐の依頼に対して、パンダは常にホークのサポートに回っていた。
彼女の構築する策は大胆かつ効果的で、魔人故に魔人の弱点を熟知したものばかりだった。
ホークの快進撃はパンダあってこそ。その認識は、ホークは無論、今やシューデリアの者たち皆が共有する事実となっていた。
「さって……とりあえず今受けてる依頼は全部終わらせたわね。交渉中のものを除けばだけど」
「さっさと次の依頼の話をつけろ」
「やけにやる気ね。ハマっちゃった?」
「馬鹿か」
ホークはぶっきらぼうに言い捨てた。
「魔王を倒すんだろ? こんな温い都市、さっさと出るに限る。違うか?」
「――ええ、その通りよ」
ホークの強い眼差しに、パンダは楽しそうに微笑み返した。
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