第86話 こんな生き方しかできないんすよ


 二日前にルドワイアの騎士団部隊との戦闘でマリーが負傷し、それからグレイベアとマリーの二人はセドガニア南方の洞窟に身を隠し、傷の回復を待っていた。

 いつ占星術に捕捉されても不思議ではない状況で、それでも休息を優先したのは、現在セドガニアには強力な戦力が集中しているからだった。


 森で戦闘になったあのエルダー。彼女がもし複数の後詰の部隊を用意していた場合、ベアと言えども苦戦を強いられる。

 何より、森で感じたあの冷気……あれは間違いなくスノウビィのものだった。

 マリーを殺すためにスノウビィが人間領に乗り込んできたことは確実。ならばその護衛として四天王クラスの魔人が随伴していると考えるべきだ。


 そんな状況で、負傷したままルドワイアを目指して北上するのは危険過ぎる。

 せめて支障なく戦闘を行えるくらいには回復するべきだと判断した。


 今日の昼頃には傷はほぼ完治し、あとは夜を待ち闇に紛れてセドガニアを抜けようと考えていた。

 ……そんな矢先に、予想もしていなかった大騒動が起こった。




「……それにしても、凄いねこれ」

 周囲を見回してマリーが言った。

 町は今やドラゴンで埋め尽くされ、周囲は更地も同然。逃げ惑う人々に暴虐の限りが尽くされていた。

 逃げ惑う人々が次々と襲われていくのを物陰から見遣りながら、マリーが心配そうに尋ねた。


「本当にここを通るの? わざわざ町に入る必要なかったんじゃない?」

 セドガニアがドラゴンに襲われているのを目撃したベアは、あろうことかこの町を通って北上すると言い出したのだ。

 フードで顔を隠しながら、二人はドラゴンに発見されないよう細心の注意を払いながら町を進んでいた。


「これはスノウビィの仕業です。他にこれほどの魔法を行使できる者はいません。であれば、目的は私たちを炙り出すことでしょう」

「じゃあ尚更町には入らない方がいいんじゃないの? 私たちを探してるドラゴンに自分から近づくなんて」

「私がスノウビィなら、町の外に注意を向けます。スノウビィは大きな都市には入れないという制約がありますから、私たちを町の外へ誘き出したいはずです」


 たとえ幾千のドラゴンの中に飛び込もうとも、スノウビィ一人に遭遇するよりはマシだ。

 マリーとの逃亡生活においてベアが何よりも優先するのはそのことだった。

 たとえルドワイアという超危険地帯に潜り込んででも、とにかくスノウビィや四天王とだけは遭遇してはならない。

 そのためならこの程度の危険は十分に許容範囲内だった。


「ベアさんがそう言うなら信じるよ」

 森での一件以来すっかりベアに気を許したマリーは、ベアに強い信頼を寄せるようになっていた。

 ベアには常人にはない頼もしさがある。彼女の言葉であればマリーは信じることができた。


 が、肝心のベアの方が自らの考えに自信を持てていなかった。

「……正直なところ、私は黒魔法には明るくありません。最善な選択肢を取れているかは不明です」


 黒魔法の天才である四代目魔王に仕える者として、ベアにも嗜む程度に黒魔法に関する知識はある。

 だがベアはあくまでも使用人だ。黒魔法の知識を一つ覚えるくらいなら、新しい料理のレシピを覚える方がよほど四代目魔王は喜んだし、そんな瞬間にこそベアはたまらなく生きがいを感じていた。


 これだけのドラゴンを召喚できる術者はスノウビィに間違いないとは思っても、その英知の深遠さまではベアは測れない。

 この大いなる力を前にどう立ち回るのが正解なのか、ベアにも判断がつきかねていた。


 最強の魔王の傍らで、ベアも様々な魔人を目にしてきた。

 四天王や、彼らに付き従う臣下たち。いずれも個人で強大な力を誇る者たちだったが……これほどの規模で召喚魔法を発動出来た者は一人もいない。

 おそらくは、四代目魔王、フルーレですらこれほどの魔法は行使できないはずだ。


「……」

 業腹だが、スノウビィの黒魔導士としての力は全盛期の四代目魔王をも上回っていると認めるしかない。

 ……正直、ベアもこの惨状を最初に目にしたとき驚愕した。

 他の者にとっては単に『凄まじい魔法』としか認識できないだろうが、ベアは違う観点で驚いていた。


 ――『四代目魔王ですら不可能な魔法』……それはベアにとって、この上なく不愉快であると同時に計り知れない衝撃だった。


 そんな超級の魔法を操る魔人を相手に小賢しく立ち回っても限度がある。

 幸運を祈る、という手段はあまり好まないベアではあったが、今回ばかりは半ばそんな心持ちでの行動だった。


「少なくとも、この町を通れば最短距離でセドガニアを抜けられます。仮にドラゴンに発見されようとも、数匹程度ならまったく問題ありません」

「あれ、でも一体にでも見つかるとまずいんじゃないの?」

「……? 何故ですか?」


 町を襲っているドラゴンの力は、ベアならば一目で看破できる。

 この程度のドラゴンであれば何十体こようが問題ない。それはマリーも分かっているはずだが。


「だって、一体に見つかったらそのことが他のドラゴンにも知られちゃうでしょ?」


「――」

 ベアにしては珍しく目を丸くして驚いた。


「……どういう意味ですか?」

「え、そういうものなんじゃないの? 自分の眷属とリンクしてるでしょ?」

「……。あなたはそうなのですか?」

「うん。私もグールを使ってパンダを探したけど、そのときもグールが一人でもパンダを見つければすぐに私のところにそのことが伝わるようにしてたし、グールどうしでリンクもしてたよ」

「……」


 ふむ、とベアが考え込む。

「あ、でも、ごめんなさい。私も魔法とかには詳しくないから、間違ってるかもだけど……」

「…………いえ、可能性はあります。術者はあのスノウビィです。どんな仕掛けがあっても不思議ではありません」

「じゃあ、そうなると……」


 そのとき、上空から一層甲高い竜の咆哮が轟いた。

 二人が見上げると、一体のドラゴンと目が合った。


 ……そう、目が合った。はっきりと。

 そのドラゴンは明らかに二人を見て咆哮していた。


「……」

「……」

 それに合わせて、周囲のドラゴンの動きが止まる。

 上空で旋回軌道を取っていたドラゴンの群れが、何かを感じ取ったようにピタリを動きを止め、今度は一箇所に向かって集まり始めた。


 その座標は、間違いなく二人がいる位置だった。


「……ねえ、これってさ」

「ふう……」

 疲れたように嘆息するベア。

 結果論ではあるが、ドラゴンの溢れる町に飛び込んだのは軽率だっただろうか……?

 いや、ベアの考えも間違いではなかったはず。二人を炙り出すために町にドラゴンを放ったのであれば、そこから逃げ出てくる反応をスノウビィが監視している可能性は十分にあった。


 今回ベアに落ち度があったとすれば、それはおそらく一つ。


「……」

 ベアはちらりと横目でマリーを見遣った。

「な、なに……?」

「……いえ」


 急に見つめられて戸惑うマリーに相槌を返し、ベアはマリーから視線を逸らした。


 マリーを過小評価しすぎたか。

 行動に移す前に一言マリーに相談していれば別の手段も取れたかもしれない。

 だがマリーから得るものなど何もないと確信していたベアは、自身の苦手分野であり、かつスノウビィの独壇場である黒魔法の土俵に一人で挑んでしまった。


 ……いや、結局は安全にこの局面を乗り切る手段など、スノウビィは初めから用意していなかったというだけの話か。


 二人を発見したドラゴンが急降下してくる。

 漆黒の砲弾と化したドラゴンの体当たりはそれだけで凄まじい破壊力を誇る。

 身構えるマリーと、彼女を庇うように一歩前進するベア。


 助走をつけた大質量のドラゴンの体当たりが命中する、その直前。


 ――轟音と共にドラゴンの首が吹き飛んだ。


 軽く振り上げたベアのアッパーがドラゴンの下顎を捉え、次の瞬間にはドラゴンの頭は天高くすっ飛んでいった。

 首から上を失ったドラゴンが慣性のままに墜落し、地面に巨大な傷跡を残しながら二人の横を通り過ぎていった。


「うわあ……」

 相変わらず、とんでもない威力のパンチだとマリーは眉をひそめた。


 上空からはドラゴン達の大絶叫が幾重にも重なって響き渡っていた。

 ついに獲物を発見した彼らが雪崩れのように押し寄せてくる。

 それを鉄面皮で迎え撃ちながら、ベアはマリーを背に隠しながら言った。


「このままこの町を一気に抜けます。私から決して離れないように」

「私はどうすればいいの?」

 マリーの戦闘力であれば、あのドラゴン達とも十分に渡り合えるだろう。

 だが必要以上にマリーを危険に晒す必要はない。

 マリーを一秒でも長く生きながらえさせること。それこそがベアの役目なのだから。


「私の後ろに隠れていてください。あなたの命は私が護ります」


 そう言って移動を始めるベアの背中を……マリーはうっとりとした視線で見つめていた。

 今まで虐げられるだけだったマリーの人生。

 しかし今はグレイベアがいる。

 彼女がマリーを護ると言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。


「ベアさん……かっこいい……」






「もうすぐ森を抜けるっす」

 キャメルが言うと、パンダとホークは静かに頷いた。


 メインタワーを目指して移動していた三人。

 馬を放棄したため移動速度は非常に鈍重になってしまったが、上空を無数のドラゴンが飛び交う中で目立つ移動方法は選べなかった。


 しかしその心配も、時間が経つにつれて杞憂になっていった。

 メインタワーに向かうほどに、明らかに上空のドラゴンの数が減っていた。

 やはりドラゴンの群れはサブタワーからセドガニアを結ぶ直線上を移動しているようで、メインタワー付近にはドラゴンはほとんどいないようだった。


 それでも少し視線を空に移せば、遠くに分厚い漆黒の雲がはっきりと目視できた。

 あれが全てドラゴンの塊だと理解する度に、キャメルは声にならない悲鳴を漏らしていた。


「森を抜けたら草原に出るっすけど、そこからちょっと分かりづらい道を通るっす。ちゃんとついてきてくださいっす」

「思ったより時間がかかったわね」

「ま、まあそうっすね。徒歩っすから。決してあたしのせいじゃないっす」


 パンダが心配しているのは、やはり囚われたパイのことだった。

 今メインタワーとサブタワーがどのような状況になっているのか知る術はない。

 唯一、キャメルが所持していた通信魔石を使えばヴェノム盗賊団の頭領であるバンデット・カイザーと連絡が取れるらしかったが、そんなことをさせるわけにもいかない。

 カイザーにはあくまで、キャメルは死亡したものと思っていてもらわなくては困る。


 時間が経っている分だけ、パイの安全が危うくなっていく。

「……」


 ――パイを死なせるわけにはいかない。


 それだけは絶対にあってはならない。

 たとえ今から向かうメインタワーにムラマサとビィが待ち構えていたとしても、パンダは突撃するだろう。

 パンダにとって、パイにはそれだけの価値がある。


「……時間をかけすぎてるわね。少し駆け足でいきましょ」

 今はとにかく急ぐしかない。

 パンダが二人を急かした直後、


「――止まれ」


 ホークが静かにそれを呼び止めた。

「? どうしたんすか?」

「……」


 ホークはホルスターから二丁の銃を抜き、森の木々の奥に向けた。

「隠れてないで出てこい」


 パンダとキャメルが弾かれたようにその方向を見る。

 一見誰もいないように見える森の闇の中から……ふ、と小さな笑い声が漏れ聞こえてきた。


「気づきやがったか。やるな」

 そこから一人の男が姿を現した。

 浅黒く焼けた肌に、茶色のドレッドヘア。野獣のような鋭い眼光が三人を射抜いていた。


「ひっ――!?」

 キャメルが息を呑む。

 誰よりも会いたくないと思っていた人物がそこにいた。


「ぼ、ボスッ!」

 ヴェノム盗賊団の頭領。バンデット・カイザーだった。


「……ふーん、あれが」

 パンダが訝しそうにカイザーを眺めた。

 見るからに暴力を生業とする風体でありながら――この男は間違いなく力で押すタイプではない。むしろ知能派だ、とパンダは確信した。


 ……正直、パンダはカイザーの気配を察知できなかった。

 それほどにカイザーの気配の殺し方は巧みだった。

 ここが森で幸いした。森の民であるホークだけが、唯一闇に潜むカイザーの存在を察知できたようだ。


 盗賊は隠密を主とする職業だ。気配を消す程度のことは、スキルに頼らず技能として習得しているのが当然だ。

 が、半端な技能ではパンダならば軽く察知できるし、逆に何らかのスキルを用いた場合でも、それが魔力的なスキルであるならばパンダの魔眼で看破できる。


 つまりカイザーの気配遮断能力は、スキルではなく磨き抜かれた技能のみで実現したものということだ。

 相当な実力者であるのは間違いない。


 盗賊団の団員であるキャメルが謎の二人組と行動を共にしているという状況は、頭領であるカイザーにとって見過ごせない異常のはずだ。

 すぐにでも詰め寄りたいところだっただろうに、カイザーはあえて気配を消して見に徹した。

 慎重かつ合理的な男。それがパンダのカイザーへの評価だった。


「ど、どうしてこんなところにいるんすかボス!?」

「そりゃこっちの台詞だろうが。てめえ何してんだ? お前に預けた部隊の誰とも連絡がつかねえから全員死んだとばかり思ってたが……」


 カイザーはそう言って、懐から一つの魔石を取り出した。

 その直後、キャメルの服の下で通信魔石が反応した。

 あっ! とキャメルが慌てて服の上から魔石を手で押さえた。


「……連絡は、できなかったんじゃなく、しなかったってか? あ?」

「あ、ち、ちが、ちがうんす!」

「あら違うの?」


 今度はパンダから尋ねられる。

「私たちと手を組んでヴェノム盗賊団を壊滅させたいんじゃなかった?」

「うぐっ……!?」


 キャメルの顔がひきつる。

 確かにそういう約束だったが、それをよりにもよって今言う必要はないだろうとパンダを恨めしそうに見た。


「へえ? お前にそんな気概があったとはな。ってことはお前に預けた部隊が全滅したのも、お前の裏切りってわけかよ」

「い、いや、その……」

「残念だったわね。その子、研究のことも全部話してくれたわよ。今からあなた達のアジトに乗り込んで盗賊団をぶっ潰してあげるわ」

「ち、ちょっと待って……」


 パンダはキャメルに踏み絵を強いているのだ。

 カイザーとパンダ、いったいどちらに与するのか。

「う、ぐ、ぐ……!」

 キャメルが二人を交互に見る。


 覚悟は決めたはずだった。パンダとホークの援護があれば、カイザーが相手でも打倒する望みはある。

 ヴェノム盗賊団が壊滅すれば晴れてキャメルは自由の身。

 それだけが、既に仲間を裏切ったキャメルが生き残る唯一の道だ。


 しかし……改めて対峙するとやはりカイザーはあまりに恐ろしかった。

 カイザーが頭領になって三年、キャメルはカイザーという人間をよく理解していた。

 無慈悲で冷酷。失敗した団員を決して許さず、温情をかけたことは一度もない。

 その力は並の魔人を超えており、実力的にはルドワイア帝国騎士団とタメを張るレベルだ。


 そんな男に、今ここで立ち向かうのか?

 パンダとホークは確かに強いが、それでもカイザーに勝る程なのだろうか?

 自分が生き残るためには、もっと別の方法があるのではないのか?


「で、どうなんだよキャメル。てめえ、マジで俺のことを裏切ってたのか? あ?」

「時間がないから早く言ってあげなさいキャメル。あたしはあんたのことなんて大嫌いだったんすー、ってね」


 板挟みにされ答えを急かされたキャメルは……ついに覚悟を決めた。


「……ふ、ふふ……ヒャハハ……!」

 小さな笑い声は、やがて周囲に木霊す哄笑へと変わった。

「ヒャーッハッハッハッ!!」

 狂ったように大声で笑い飛ばすキャメルは――次の瞬間、急いでカイザーの下へと駆け寄った。


 そしてカイザーに背を向け、パンダとホークを見据えながら叫んだ。


「まんまと騙されたっすねえ! あたしがヴェノム盗賊団を裏切るわけないじゃないっすか!」


 歪んだ笑みを必死に作るキャメルは、大量の冷や汗を流しながら無我夢中で言い訳を模索した。

「ボス、聞いてください! こいつらは勇者なんです!」

「……勇者?」

「そうっす! こいつらはヴェノム盗賊団を潰そうとしてたんすよ! あたしの大切な仲間を殺したのもそのエルフっす! 死体を確認すれば銃で殺されてることが分かるはずっす! あたしは銃なんて使わないっすよ!」


 カイザーは黙ってキャメルの言葉を聞き、パンダはやれやれと肩を竦めた。

 そんな中ホークだけは無感情に涼しい顔を浮かべていた。人間という種族の醜悪さを熟知しているホークにとって、キャメルの見苦しい三文芝居も何ら驚くに値しなかった。


「だからあたしは何とかしてこいつらを止めようとしてたんす! だから寝返ったフリをして、こいつらをここまでおびき寄せたんすよ! ボス、やっちゃってくださいっす! ボスならこんな奴らけちょんけちょんっすよ!」


 必死の形相でそう説得するキャメルを、カイザーは冷たい眼差しで見つめていた。

「ぼ、ボス……! 信じてくださいっす! あたしが一度でも盗賊団を裏切ったことがあったっすか!? あたしはいつだって文句一つ言わず無茶な仕事をこなしてみせたっすよね!?」

「……まあ、確かにな」

「っ! そ、そうっすよね!? そうっすよね!? あたしはヴェノム盗賊団を愛してるっす! 誰よりも! ボスの敵はあたしじゃないっす! この女どもっすよ!!」


 ビシ、とパンダとホークを指さすキャメル。

 カイザーは一度だけ小さく嘆息した。


「言いたいことは分かった」

「ぼ、ボス……じゃあ……!」

「ああ」


 許してくれるのか、とキャメルが淡い期待を抱き……



 ……カイザーはそれに小さく頷いた。

「――よくやった、キャメル」



 カイザーは優しくキャメルの頭を撫でた。

 カイザーがそんなことをする場面など一度も見たことのないキャメルは、驚きのあまり目を丸くした。


「勇者の脅威から俺たちを護るために、一人で戦ってくれてたんだな。ありがとよ、キャメル」

「……そ……そうっす。――そうっす! そうなんすよボス! 一人でずっと心細かったっす! でも愛するヴェノム盗賊団のため、何よりボスのために、あたしは懸命に戦ってたんす!」


「前から思ってたが、やっぱお前は一番出来のいい部下だ。いざというときに頼りになる。お前みたいな部下が持てて俺も鼻が高いってもんだ」

「じゃ、じゃあ許してくれるんすか!? あたしのこと!」

「許すもなにも、元からお前に落ち度なんてねえだろ。ヴェノム盗賊団のために勇敢に戦ったんじゃねえか。もう安心だぜキャメル。こいつらは俺が始末しといてやる。お前は何も心配いらねえ」

「ぼ、ボスううううう!!」


 キャメルは安心と感動で顔をぐちゃぐちゃにしながらカイザーに抱き着いた。

「ボスならきっと分かってくれると信じてたっす! あたしはボス一筋っす! 一生ついていくっすよおおおお!!」

「ああ、それでいい。お前はひとまずメインタワーに戻れ。皆がお前の帰りを待ってるぜ」

「はいっす! 了解しましたっす!」


 キャメルはカイザーから離れると、パンダとホークを指さして盛大に笑った。

「ヒャハハハハ! ざまあみろっすへっぽこ勇者ども! 誰があんたたちに協力なんかするかっての! 今までのは全部演技だったんすよ! そうとも知らずにまんまと引っかかってやんの! マジウケるんすけど! お前らなんかここでボスにやられておっ死んじまえっす! ばあ~~~~~っか!!」


 ひとしきり罵倒して満足したのか、ヒャハハ、とキャメルは哄笑を轟かせながらその場から去っていった。

 やがて森の闇に紛れてその姿が見えなくなると……その場に残った三人が一斉に深い溜息をついた。


「茶番は終わったか?」

「ああ、悪いな待たせちまって」


 ホークの問いにカイザーが答えた。

 うるさい邪魔者が消え、これでようやく本題に移れる。


「で、俺達に何か用かよ?」

「パイ・ベイルっていう神官の少女を攫ったわね?」

「それが?」

「返してもらえるかしら。そしたら私たちも帰るわ」


 なるほど、とカイザーも納得した。

 昼頃キャメルと戦闘した白魔導士と冒険者の二人組。うち一人が目の前の少女、パンダだというのはカイザーも察しがついていた。

 報告から得た情報では、特徴の多い人物だった。まず間違いないだろう。

 そしてこの少女が冒険者パンダであるならば、それと行動と共にしているのは彼女のパーティメンバーとしてパンダ以上に有名な勇者、ホーク・ヴァーミリオンで間違いないだろう。


「お仲間を助けに来たわけか。俺はてっきり、盗賊団にマトにされた報復に来たのかと思ってたが」

「それはどうでもいいわ。パイさえ返してくれたらあなた達と無理に戦う必要はないわ」

「とはいえ、こっちもお前らに仲間を殺されてるわけだしな」

「貴様が仲間を思いやる男には見えんがな」


 そう言い当てられ、カイザーは可笑しそうに笑った。

 カイザーにとってヴェノム盗賊団は、研究を成功させるための道具に過ぎない。

 盗賊稼業に愛着もないし、仲間意識を持ったこともない。

 彼らがどうなろうとカイザーの知ったことではない。


 ……が、それはそれだ。

 仮にも頭領を任された身である以上、その自覚は持つべきだ。

 それは賞金稼ぎ時代からのポリシー。それが善であれ悪であれ、自分の立場に見合う働きをする。それがカイザーの主義だった。


「悪いが、俺は盗賊団の頭領でな。奪った獲物を返してやる気はねえ」

「そ」


 パンダが剣の柄に手をかける。

 交渉する気がないのなら時間が惜しい。さっさと殺すに限る。


「――とはいえ、獲物に拘る理由もねえな」

 そう小馬鹿にするように笑うカイザーに、パンダはぞくりと胃が冷える感覚を抱いた。


「……価値がなくなった? どういう意味?」

「見れば分かる。それでもあのガキ一人助けてえって思うなら好きにしな。お宝を譲る気はねえが、ガラクタを処分してくれるってんなら有難い話だ」

「……パイに……何をしたの」


 傍に立つホークがぞくりと背筋を凍らせるほどの殺気がパンダから放たれた。

 ここまで怒りを露わにしたパンダを見るのは初めてだった。


「こっちも大事な仕事の最中でな。ここを通ったのもたまたまだ。お前らに関わってる暇はねえ。知りたきゃ自分でメインタワーを探しな。キャメルの案内なしでな」


 カイザーがキャメルを許したのはそれが狙いだった。

 わざわざキャメルを生かして同行させているのは、彼女を案内人にさせる意図があるはずだ。

 それを奪ったことで、パンダ達がメインタワーを発見するには時間がかかってしまう。

 その頃にはカイザーも目的を果たしているだろうし、その後で何がどうなろうともう知ったことではない話だ。


「私たちとやり合う気はないということか?」

 てっきりここでカイザーと戦うことになると予想していたホークが意外そうに言った。

「ああ。ここでお前らと戦っても何の得もねえ。無駄骨折るのも馬鹿らしいしな」

「逃げるにしても大した口上ね。キャメルの達者な言い訳も、あなた仕込みってわけね」


「なんとでもほざけ。俺は慎重派でな。森の中でエルフの勇者と戦うほど馬鹿じゃねえ。それに……」

 カイザーはじろりとパンダを眺めて言った。


「てめえは……ただのガキじゃねえな。俺の勘が大声で怒鳴ってやがる。てめえは甘く舐めてかかっていい相手じゃねえってな」


 パンダとホークが、心の中でカイザーへの警戒心を一段階上げた。


 レベルシステムが台頭して以来、レベルとポテンシャルがその者の強さの指標として扱われてきた。

 その一方で、レベルに寄らない強さが軽視されがちなのも事実。


 カイザーはそういう、レベル以外での己の能力を磨いてきた男だと、二人は確信した。

 鋭い観察眼。適切な対応。プライドに泥をつけられても熱くならない冷静さ。

 自らの力を過信せず、驕らず、常に的確な判断が下せる。

 パンダもホークも、そういう者がどれだけ厄介な相手か身に染みていた。


 カイザーが二人を警戒するように、二人もまたカイザーへの評価を改める。

 甘く見ていい相手ではない。

 ここで冷静さを失い、無理に戦おうとすることこそ愚策だと。


「……いいわ。消えなさい。こっちも好きにさせてもらうわ」

 パンダは敵意を治め、剣の柄から手を離した。

 それに合わせてホークも銃をホルスターに仕舞った。


「は。せいぜい励みな。感動のご対面ができることを願っててやるよ」

 カイザーはそう言って二人に背を向け歩き出した。

 やがてその姿が見えなくなっても、パンダは先程カイザーの不吉な言葉が脳裏に残り続けていた。


 パイにはもう価値がない。

 それに……まるでパンダがメインタワーに辿り着いても、もうパイとは出会えないことを確信しているかのようなあの口ぶり……。


「……急ぐわよホーク。何か嫌な予感がするわ」

「急ぐと言っても、場所が分からないぞ。あの女ももういない」


 キャメルから正確な場所を聞かされていない二人には、メインタワーへ最短距離で向かう術がない。

 虱潰しに探しては時間がかかりすぎる。

 多少強引にでも、キャメルからアジトの場所を聞いておくべきだったのでは、とホークは今更ながら後悔した。


「大丈夫よ」

 だが、パンダがそんな凡ミスをするわけがなかった。


 パンダはポケットから一つの小瓶を取り出した。

 中には透明な液体が入っており、指で瓶の頭を推すと霧状の液体が散布された。


「これは私が作った、微量な魔力反応を残す特殊液よ。あなたにはただの水に見えるでしょうけど、私の魔眼はこの液体が残す魔力反応を視認できる」

 プシュ、とパンダはもう一度液体をスプレーした。


「これをキャメルの靴に吹きかけておいた。ちゃんと見えるわよ、あの子が残した足跡が。こっちよ」


 キャメルはメインタワーに向かったはずだ。

 彼女が残した魔力反応を辿っていくだけで、二人はメインタワーまで辿り着けるというわけだ。


「盗賊団も真っ青な手際だな」


 ホークは呆れたように小さく鼻をならした。

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