第121話 再会・探索・考察
「すぐにこの場から離れるぞ」
音響弾を空に撃ち放ったホークは即座に言った。
アッシュとルゥは黙って頷きホークに続いた。
一瞬……本当に一瞬の内に、パンダとキャメルが姿を消していた。
姿が消えたと確認できるほんの数秒前まで会話をしていた記憶がある。そのくせ、パンダが放ったであろう音響弾の音の発生源は数百メートルは離れていた。
音響弾で事態を察したホークが返答代わりに自身の音響弾を発射。
三発目が聞こえなかったことから、パンダとキャメルは一緒に行動している可能性が高いと推察できた。
一秒もかからず移動できる距離ではない。あの迷宮と同じ、何らかの要因で転移が発動したと考えるしかない。
何故パンダとキャメルだけが、という疑問はこの際無視することにした。
アッシュとルゥも、さすがにこれだけ不可思議な事態が続けば動揺も少なくなるのか、不安そうではありながらも目に見えて取り乱すようなこともなかった。
今何よりも優先しなければならないのは逃げること。
今の音響弾でリュドミラ達だけでなく騎士にも居場所がバレた。少しでも移動してこの場から離れるしかない。
「探知魔法は撃たれていない、か」
そんな気配は今のところ感じていない。ホークほどの実力者にもなれば、同じレベル帯の者から放たれた探知魔法はかなりの確率で感じ取れる。
向こうもあの謎の騎士のせいで迂闊な行動ができなくなっているのだろう。
「ホークさん、これからどこに行くんですか?」
「あの音のあった方に行くわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。そこも魔人や騎士が向かう可能性が高い。私たちはさっきの話の通り、この町の端にある高い建造物に向かう。――あそこだ」
ホークが指差した先には、確かにそれらしい建物があった。
ちょうど町の最北東に位置している。とりわけ背が高い建物ではないが、あそこからなら町の風景をある程度見回せるだろう。
そういった建物を目指すというのは先程話し合いで決まったことだ。パンダもそこにホーク達が来ていることを期待して向かうだろう。
ホークが辿り着いた建物は、どうやら宿屋らしかった。
四階建てで屋上部分が崩れ中身を晒している。朽ち果てて久しいと分かるが、立ち並ぶ部屋と寝具を見ればそこが宿屋であったと見て取れた。
町の入り口から入ってすぐのところに建てられているところを見ると、町の外から冒険者などの放浪者が来ることを想定していた町なのだろう。
二、三平方キロメートルに渡って建物が密集していることから察するに、かつてはかなり栄えた都市だったのかもしれない。
「ひとまずはここで様子を見ることにするぞ」
そう言って宿屋に一歩踏み入ったホークは――その一歩目で足を止めた。
「……足跡?」
それらしきものが床についているのを見つけた。
廃虚の町らしく宿屋の床には埃や粉塵が溜まっていたが、そこに僅かに踏まれた痕跡が見える。
まだ新しい。気づかれにくく注意を払ったと思われるが、ホークは一目で看破できた。
「誰かいるんでしょうか」
「ま、まさかあいつら!?」
「……いや、奴らなら足跡を隠そうとはしないはずだ」
あの騎士も同様に、そんな配慮をするほど理性的とも思えない。
ホークは宿屋に踏み入りながら、慎重に気配を探る。
一階、二階と探索し、誰もいないことを確認して三階にあがる。
「――いるな」
その階に何者かがいると感じた。
それだけでその人物が気配を殺すのに長けていないと分かる。非戦闘員か、そうでなくとも大した強さもないだろう。
ホークは音もなく扉を開ける。
ゆっくりと開かれる扉の隙間から内部を覗き見る。誰もいない……が、この部屋から何者かの気配を感じた。
ここだ、と直感的に理解し、ホークは一歩部屋に踏み込んだ。
――殺気。
それに気づけたのは、あの森で同じようなことがあったからかもしれない。
開いた扉の裏から、何者かが襲い掛かってきた。
「――ハッ!」
振り下ろされた剣を躱し、柄を握る手を左手で押さえる。
無防備になった胸元に掌打を叩きこんだ。
「ガハッ!?」
何者かの呻く声。
手放した剣が床を転がり、それに続く形でその者も地面に倒れ込んだ。
「……貴様か。同じ手に頼り過ぎだな」
ホークは倒れ込んだ男――インクブルを見下ろしながら言った。
あの森の小屋で出会った青年だ。彼とホークでは20レベル以上も能力値が離れている。素手でもホークには到底叶わない。
開いた扉の裏から奇襲するという策は既にあの森で見た。二度も同じ手を許すホークではない。
「ぐっ、あ……貴様……!」
「インクブル様!」
苦しそうに呻くインクブルのもとへ、部屋の奥で息を潜めていたシラヌイが駆け寄ってきた。
この光景も二度目だ。ここに彼女がいてもなんら驚きはなかった。
「わ、私はどうなっても構いません! どうかインクブル様だけは……!」
「……? 何を言っている? 私だ、忘れたのか?」
「え……?」
「おお! インクブルとシラヌイじゃねえか!」
「お二人も無事だったんですね!」
アッシュとルゥの二人も部屋の中に入ってきて、嬉しそうに声をあげた。
「あの森から迷宮に戻ったときに、はぐれちまってたからどうなってたか心配だったんだよ! お前らもちゃんとこの町まで来てたんだな!」
「……何を言っている。お前たちは誰だ……?」
「は?」
「誰って……私たちのこと覚えてないんですか? さっき森で会ったじゃないですか」
「森……?」
インクブルはとぼけている風でもなく、本当にホーク達に見覚えがない様子だった。
アッシュやルゥが見せる親しみは一方通行で終わっていた。インクブル達は変わらず警戒したままだった。
「……確認しておくぞ。お前たちはインクブルとシラヌイだな?」
「……そうだ。俺達の名を知っているということは、お前たちは魔族か」
「ふざけるな。見て分からないか、エルフだ」
「エルフ……?」
インクブルはまじまじとホークの長い耳を見つめた。
「私たちのことは覚えているか? さっき森で会ったはずだが」
「森なんて行ってない。最後に森に入ったのは、もう二年も前の話だ」
「……魔人に追われていると言っていたな」
「それも知ってるのか。……本当に俺達を追っている魔人とは違うのか? 俺達の名をどこで知った」
「貴様から聞いた。少なくとも私が魔人ではないのは分かるだろう」
「……信じられない。森……リーンリーフの森か? その森で数週間ほど隠れていたことがあったが……お前たちには会っていないぞ」
「そんなことねえよ! ほら、さっきみたいに小屋で俺に襲い掛かってきただろ?」
「ついさっきの出来事じゃないですか……二年前なんて嘘です」
「――待て。『リーンリーフの森』だと?」
インクブルの言葉の中で、ホークな何よりもそこに反応した。
「そうだ。小屋で襲い掛かったと言ったな。確かにリーンリーフの森にある小屋でしばらく身を隠していたことはある」
「……馬鹿な……そこは――魔族領の森だぞ」
アッシュとルゥが目を丸くしてホークを見遣った。
「ま、魔族領!? そんな馬鹿な!」
「いや、間違いない。西大陸の南方にある森だ。いや……あった、と言うべきだな。戦場になって今はもう失われた。それももう二五〇年は前の話だ」
二人にとっては、にわかには信じがたかったが、他ならない森の民であるホークが言うのだから信じるしかなかった。
「おいインクブル。今は何年だ」
「? 305年だ」
「は!? 人類歴でか?」
「人類、歴……? なんだそれは。魔人歴に決まっているだろ」
「……決まりだな」
ホークは険しい顔つきで言い放った。
「違う場所に転移したんじゃない。私たちは……過去の世界に飛んだんだ」
「――ッ、隠れろ!」
小声でそう伝えながら、リュドミラは物陰に身を隠した。
素早く物陰に隠れる三人。アドバミリスとシェンフェル、そしてテラノーン。
彼らの視線の先には、廃虚の町をゆっくりと歩く騎士の姿があった。
「やはり来ていたか……」
探知魔法でそれらしい反応を見つけていたため覚悟はしていたが、改めて事態は思うようにいかないとリュドミラは嘆息した。
「あれが例の騎士?」
「そうだ。80レベルを軽く超えていると見立てている。会話は通じず、問答無用で襲ってきた」
「それは困りものだね。で、どうするの?」
テラノーンの問いにリュドミラは応えかねた。
あの騎士がいる以上、下手な行動には出れない。
騎士の様子を窺うと、何か目的をもって行動しているようには見えない。
ただ闇雲に町を練り歩き、獲物を探す肉食獣……そんな動きだ。そういう不規則な行動はこの場では最も致命的なノイズになりやすい。
「先程、シェンフェルが探知魔法であの騎士の座標を探知した。その座標よりも、かなり私達に近づいてきている」
「つまり?」
「探知魔法を放たれたことを感じ取り、私たちのところへ向かってきたということだ。そして今度は、さっきの音のした方へ進んでいる。だから同じ場所へ向かおうとしていた私達と鉢合わせしたんだ」
「では、もう探知魔法は控えた方がいいでしょうね。無暗にこちらの位置をあの騎士に教えるのは愚策です」
アドバミリスの意見に全面的に同意するリュドミラ。
仮にターゲットの少女を追い詰めたとして、森と同じようにあの騎士に乱入されたら今度こそリュドミラ達が生き残れる保証はない。
「テラノーン、事情は分かったか? あの騎士がいる状態でこの町を歩けば、いつ殺されてもおかしくない」
「まあ、信じるしかないね。君たちほどの実力者がそう判断するんだから、僕一人じゃ太刀打ちできないだろうし。要はあの騎士から逃げつつ、それぞれのターゲットを探す。その間は僕たちは協力する。そういうことでいい?」
「ああ。幸い、さっき確認した通り、目標にこの町から逃げられる心配はない。焦る必要はない、じっくり追い詰めてやる。長丁場を覚悟しておけ」
「――何これ」
パンダは首を傾げながら、宙を拳でコツコツと叩く動作をした。
「何してんすか?」
「……ねえキャメル、そこからここに走ってくれる?」
「は? いいっすけど……」
パンダが指差したのは、町を囲む壁の外だった。
四方をぐるりと囲む石の壁の一箇所にひび割れた場所があり、そこから町の外に出れそうだった。
キャメルは小走りでその亀裂に向かって走りだし――
「――うぶぼっ!? え、なに!?」
見えない何かに阻まれてその場に立ち止まった。
「……」
再びパンダがその場所を拳で叩く。
拳が空を切る音以外は何も聞こえず、なのに拳はその壁の向こうへ進めなかった。
「何かあるわね、壁みたいなのが。見えないけど」
亀裂の奥を覗き込むパンダ。その向こうにはしっかりと外の景色が映っているが、肝心のその場所へ行こうとすると何かに身体を阻まれて進めなくなっていた。
「ま、まさか結界っすか!? あたしたち閉じ込められたんすか?」
「……魔力は感じないわね」
パンダも結界の類かと疑ったが、青の魔眼を以てしてもそこに魔力的な壁は見受けられなかった。
試しに小石を投げてみる。すると小石は空中でピタリと制止し、その後ゆっくりと自然落下した。
「……跳ね返らない、ということは反発力がない? ただこの壁の向こうへ進もうとするベクトルだけが消えてる……いえ、『無効化』されてる?」
そんな感じの動きに見えた。
もし石壁に向かって小石を投げれば、壁からの反発で小石は跳ね返るはずだ。
魔力的な結界に向かって小石を投げても同じようなことが起こる。
だがこの謎の『何か』は、衝突した物体に対して反発せず、かといって慣性を殺すわけでもなく、ただ『先へは進めない』という事実だけを残していく。
走って『何か』にぶつかったキャメルも、身体が何かにぶつかるような感覚はなく、ただ先へ進めなくなった身体がバランスを崩して不自然な体勢になってしまっただけだった。
「な、なんなんすかねこれ。あの魔人たちがなんかしたんすか?」
「そんなことが出来るならもっと早くに使ってるはずよ。あの迷宮でこれやられたらもう終わりだったじゃない」
「あ、そっか」
「この場所だけ……ってことはないわよね。多分、この町をぐるっと囲んでるんじゃないかしら」
「じゃあやっぱり閉じ込められたってことじゃないっすか! どうすんすか!?」
「……そうか。だから探知魔法を撃ってこないのね」
「ど、どういうことっすか?」
「リュドミラ達も、きっとこの壁のことを知ってるのよ。この町が見えない壁に囲まれてて逃げられないって知ってるのね。だからリスクを負ってまで探知魔法を撃ってこない」
「じゃあ……袋の鼠ってことじゃないっすか!」
「もともと町の外に出るつもりはなかったから別にいいんだけど……それより気になるのは……」
パンダは言いながら見えない壁をぺちぺちと叩いていた。
相変わらず何かを触っているという感触はなく、ただ『先に進めない』という謎の現象を体験するだけだった。
「壁の外、何が見える?」
「え? 何って……暗くてよくわかんないっすけど……」
「見えるもの全部言って」
「……地面。木。草。空。雲……岩とか、砂利道とか……」
「草は揺れてる?」
「は?」
「雲は動いてる?」
「……なんなんすかさっきから。うーん……動いてないような気がしますけど」
「そうよね。私もそう見える。風が吹いても草が全然揺れてない。雲も動いてない」
「えっと……つまり、何が言いたいんすか?」
パンダはもう一度だけ、掌で見えない壁を強めに押してみた。
「ないのかも」
「は?」
「この壁の向こうには世界なんてないのかも。あるように見せかけてるだけで、実際には空間そのものがない……そんな感じがするわね」
「……なに言ってんすか?」
「私の魔眼は大気中に含まれる微量な魔力も見通せるんだけど、この壁の向こうからは何も感じないわ」
「だから、何もない? ……は?」
「空間がないから反発もない。反発するための物質がない」
「姐御、頭大丈夫っすか?」
主従関係も度外視して一蹴するキャメル。
しかしパンダはいたって真面目な顔で真剣に思案に耽り出した。
「……この町に閉じ込められたんじゃない。そもそも『この町の外がない』。じゃあ……あの迷宮にも出口はない……? 『空白地帯』は……つまり、迷宮のゴールは外じゃなく、内にある……?」
「姐御ー? おーい」
「迷宮も、森も、この町も……作られた……? 再現……いえ、『回帰』? 破魔の矢が効かない……『盟約を持たない魔人』。騎士……『迷宮の、亡霊』……」
まるでキャメルが見えていないかのようにブツブツと独り言をつぶやき続けるパンダ。
「分かってきたかも」
「何がっすか?」
「『迷宮は二つある』のよ。そしてその二つは……同じ規格でありながら異なるルールが用いられてる」
「……えっと……」
「やっぱりあの斧よ。騎士の右手が負傷してたのもそのせい。今知りたいのは……『回帰』が終わる条件。それと、迷宮の根幹を成すルール。それさえ分かれば……!」
何やら一人で盛り上がっているパンダについていけなくなり、キャメルは疲れ果てたように頭を抱えた。
「――行くわよキャメル。ホークと合流するのは一旦中止よ」
「え、なんでっすか!?」
「中止というより……多分、合流できない。でもそれでいいの。私達が合流できない場所にホークがいる……それが最適なの」
「どういう意味っすか?」
「話はあと。まずはこの迷宮のルールを分析するわよ」
そう言ってパンダは来た道を引き返した。
てっきり先程の話であった、町の端に位置している高い建物を目指すものとばかり思っていたのに、パンダの進行方向はそれとは真逆だった。
何が何やらわからないまま、キャメルは大人しく従うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます