第119話 次なる迷宮


「――よし、あった」

 目当てのものを見つけ、ホークはマッピングしていた紙に小さく印を残した。


 あの森での一戦。謎の騎士の乱入により事態は思わぬ方向へ進んだが、結果的には二人の魔人を倒すことができた。

 その後世界が光に包まれ、気が付くと再びこの迷宮に戻ってきていた。


 自身に有利な森というフィールドが失われたことよりも、パンダと合流するチャンスが激減してしまったという事実にホークは焦りを感じた。

 森の中であればその気になればいつでもパンダと合流することはできた。だがこの迷宮ではそうもいかない。

 思った方向に進むことすら困難な迷宮だ。各々がバラバラの意思で進めばまず合流できない。


 ホーク達が共有している情報は、やはり迷宮に刻んできた目印だ。

 パンダがそれに思い至らないはずがない。必ず各人がこの目印を探して移動するだろう。


 そしてホークは早々にそれを見つけることができた。

 幸運としか言いようがないが、この迷宮に戻ってきてから二○分程度で目印の一つを発見できた。


「さっきの迷宮のまま残ってるのは助かるな」

 最悪の場合、つけた目印が全て元に戻っている可能性すら考えていたが、どうやらホーク達がつけた目印はそのまま残っているようだ。

 あとはこの目印を追って進んでいくだけでいい。パンダ達がここに辿り着けるかはパンダの運次第だ。


「――ッ」

 そう考えた傍から、人の気配を感じた。

 後ろ。コツコツと地面を踏み鳴らす音が近づいてくる。数は二つ。

 あの魔人たちは三人残っていたはず。であればパンダとキャメルの可能性はあるが……。


「…………あ――ホークさん!」

 曲がり角から姿を現したのは、アッシュとルゥの二人だった。


「……お前たちか」

「無事だったんだな! 良かった、俺達もう何がなんだか」

「パンダさんたちとは、まだ合流できていないんですか?」

「ああ。だがさっきつけた目印を見つけたから、これを追っていく」

「あ、やっぱりそう考えるよな。俺達も目印を探してたんだよ。見つかってよかったぁ~」


 やはり考えることは皆同じようだ。であればパンダもここを目指すだろう。


「……? インクブルとシラヌイはどこだ?」

 ホークが訪ねると、アッシュとルゥは気まずそうに少し視線を逸らした。

 あの森で出会った男女二人組。インクブルとシラヌイと名乗った彼らの姿が見えない。


「実は、この迷宮に戻ったときにはもう……」

「消えてたんだ。あの二人も、それに……ルイスも」

「そうか。なら一旦忘れろ。ここまでの道はマッピングしているか?」

「は、はい。してます……けど」

「インクブルとシラヌイのこと心配じゃないのか、ホークさん?」

「心配してもどうにもならん。あの二人はこの目印のことを知らない。合流は難しいだろう。地図を貸せ、私のものと組み合わせる」


 淡々と話を進めるホークに、二人は何か言いたそうではあったがこの場は大人しく従った。

 ホークとアッシュ達の地図を組み合わせると、かなり広範囲に渡ってマッピングができた。初期にマッピングした分は今キャメルが持っているはずだから、それも組み合わせればそれなりのものになるだろう。


「……ここがお前たちの出発点か?」

「そ、そうです。ここから、こう曲がって……」


 ルゥが説明しようとするのを制止し、ホークは二人の出発点と自身の出発点を見比べた。


「……」

 その位置関係は、森での二人の座標と似ているように感じた。

 アッシュとルゥは森で発見した小屋に待機していたはずだ。その位置はホークも覚えている。

 そしてホークがあの魔人たちと戦った際に最後にいた座標。魔人たちをかく乱するためにかなり激しく移動したが、それでもなんとなくは覚えている。


 その二つの座標が、そのままそっくりこの迷宮での出発点になっているような印象を受けた。


「やはりあの森もこの迷宮と関係しているようだな」

 パンダはこのことに気づいているだろうか。

 ……いや、間違いなく考慮はしているだろう。もし仮に早々にキャメルと合流できていればそこから二人の位置関係があの森での座標と関係していることを見抜けるはず。

 ならばホークを追って北を目指しているはず。迷路の構造にも左右されるが、パンダと合流できる可能性もかなり高いような気もした。


「よし、とにかく進むぞ。この目印を辿る。パンダもその内のどれかに辿り着いているかもしれないからな」


 そうして三人は移動を開始した。

 順路としては前回と同じ道を進んでいるはずだが、いかんせん同じような通路が延々と続くだけの迷宮なので同じ道を進んでいるという実感は薄かった。

 念のためホークはマッピングも行った。

 目印を辿るルートは既にキャメルが持っている地図にマッピング済みだが、この迷宮ではなにが起こってもおかしくない。


「そういえば、結局あの魔人たちとの戦闘はどうなったんですか?」

 アッシュが尋ねる。

 彼らはあの小屋で待機していたので、ホーク達の戦闘を知らない。


「一人増えたが、二人死んだ。相手は残り三人だ」

「ひ、一人増えた!?」

「別の魔人……ですか?」

「いや……」


 そこはホークも断言できなかった。

 あの四人と共闘していた五人目の男。魔人のように感じたが、あの男はホークの破魔の矢を受けても死ななかった。

 魔人ではないということになるが……では何者なのか。今となっては知る由もない。


「気にするな。そいつは死んだ。大剣を持っていた男もだ。残っているのはあの女魔人と剣士、あとはあの子供の黒魔導士だ」

「そうなんですか。でも、二人も倒すなんてさすがホークさんですね」

「やっぱ森だから戦いやすかったとか?」

「……」


 それについてもホークはどう説明すべきか迷った。

 これ以上彼らに動揺を与えるべきではないとも思うが、しかし伝えておかないわけにもいかなかった。


「落ち着いて聞け。あの森には……いや、この迷宮にはもう一人、謎の人物がいる」

「え、まさかそいつも魔人かよ!?」

「分からない。だが、騎士のフルプレートを装備していた。そいつがいきなり戦闘に乱入してきて、魔人たちを襲った。二人殺したのもそいつだ」

「騎士! じゃあ味方だな!」


「安直に考えるな。騎士の鎧を着ていただけだ。中身が何かは分からない」

「でも、ホークさんを助けてくれたんですよね?」

「……いや、そんな感じではなかった。あれは……ただ目についたものを襲っただけのような気がする」

「……強かったんですか?」


「あの四人の魔人と、もう一人の男。五人がかりで戦っていたがそれでも二人仕留めたんだ。S-80は超えてるだろうな」

「80……!」

「でも魔人を倒してくれたんだろ!? なら味方だぜ絶対!」

「……お前たちが最初にしていた話を忘れたのか? 『この迷宮には亡霊が住み着いている』」

「あっ……」

「奴がその亡霊の可能性もある。遺跡で神隠しを起こしている張本人で、この迷宮に入ったものを消してるんだとすれば、私たちにとっても敵だ。それも、最悪のな」


 この絶望的な状況の中、少しでも希望に縋りたくなるアッシュではあったが、事態はそう簡単なものではないと知って更に気持ちを落ち込ませる。

 神隠しに遭った人間が戻ってきた例はない。その謎の騎士が全員を殺しているからだと考えるなら、自分たちもまたその対象に入っているのだ。


 あの魔人たちに追われているだけでも絶望的なのに、それを上回る謎の騎士すらも敵となっては、もうどうすればいいのか分からなかった。


「とにかく今は歩き続けろ。パンダ達にも情報を共有しておきたい。――――ああ、クソ。分岐路にもう一度目印をつけておけばよかったな」

「え、どうしてですか?」

「目印を辿れば、また別の場所に戻される可能性が高い。同じルートをグルグル回る羽目になるから、何週目かを記しておけば、パンダ達にも伝えられたんだが」


 先程の迷宮では、途中まで進んだ頃にどうやら七つ目の目印の場所まで戻されたようだった。

 あくまで目印を追って進むのであれば、同じルートをずっと辿ることになる。もしパンダ達が既にそれをしているとすれば、パンダとホークが同じスピードで目印を進むといつまでも出会わない可能性がある。


 だが周回する度に目印の傷が増えて行けば、ホーク達も同じようにルートを回っていることをパンダに伝えられる。

 そこまで気が回らなかったことをホークは悔しがった。


「次の分岐路から、目印を追加していくぞ」

「ああ、分かった」

「じゃあ次の角を右に――――ッ、待て!」


 ホークが二人を止め、唇に手を当てて声を出さないように指示した。

 ……微かにではあるが、何者かの足音が聞こえてくる。

 タッタッタ、と駆け足で進んでいる。何者かの接近に警戒する三人。


 だが音は二つ重なって聞こえてきていた。

 ホークが知っている内では、今二人組を取れる組み合わせは二つしかない。

 インクブルとシラヌイ。そして……。


「――あ! 旦那ぁ!」


 曲がり角からパンダとキャメルが顔を見せた。

「お二人とも! 無事だったんですね!」

「……『旦那』? 誰の事だ?」


 アッシュが不思議そうに首をかしげる。

 あ、と言葉を詰まらせるキャメルを、パンダが後ろからチョップした。


「も、もちろんアッシュさんのことっすよ! いやぁ実は一目見たときからアッシュさんみたいな人を旦那さんにできればな~なんて思ってたんす! 憎いっすね~この色男! このこの!」

「そ、そうか? でも悪いけどアンデッドはちょっとな」

「あちゃ~フラれっちゃったっす~残念っす~。――――ケッ、うっせーっすよ。こっちだっててめえなんか趣味じゃねえっす」


 アッシュには聞こえないようにボソボソと悪態をつき、通路の隅にペッと唾を吐き捨てるキャメル。


「あなた達もちゃんと目印を辿ってこれたのね。合流出来てよかったわ」

「ああ。お前たちこそあの魔人に殺されなかったようだな」

「あの変な騎士のおかげでね。マッピングしてたら地図を貸して。私たちのと組み合わせるわ」


 ホークはアッシュ達の地図と組み合わせたものをパンダに渡した。

 受け取ったパンダが自身のものと組み合わせると、計四枚の紙が折り重なった。ホークが覗き見ると、かなりの範囲がマッピングされていた。


「かなり進んだんだな」

「迷宮に戻ってから走りっぱなしだったわ。でもおかげでこの目印に辿り着けたの。もう目印の端まで行った?」

「いや、まだだ」

「そう、私たちは行ってきたわ。――やっぱり、さっきと同じように別の場所に飛ばされた。それに…………ここがホークの出発点? ならやっぱりあの森の座標とこの迷宮の出発点は関係してるみたいね」


「らしいな。アッシュ達の出発点はここだ。あの森で私たちは別行動をしていたが、二人が待機していた場所も距離的にはこのあたりだ」

「ふむふむ。なーるほどー?」

 パンダはしばらく地図を凝視していたが、やがてある一点を指さした。


「この辺、怪しいわね」


 パンダが指差した場所は、最初に目印をつけて進んだルートから更に北に行ったところにある、未踏のエリアだった。


 最初にこの迷宮に入ってから進んだルートは、南からグネグネと蛇行しながら北に進んでいくルートだ。そのルートをしばらく進むと、ある地点で南に飛ばされる。

 森から迷宮に戻ってからの各人のルートは以下の通りだ。


 アッシュ達は北西からグルリと反時計回りに弧を描いて南に降りてきた。

 ホークはそのルートの途中から、大きく東にズレた位置がスタート地点だ。そこから南に下り、アッシュ達のルートと交わった形になる。。

 逆にパンダとキャメルは南東から一旦北を目指して進んだが、一度分岐路に捕まりそこからかなり長く南下していたようだ。そのまま時計回りに進んで目印の一つに辿り着いている。


 三組はそれぞれ上手い具合にバラけて迷宮を進み、迷宮をざっくり見てU字型に暴いた。

 更にそこに、一行が初めに進んだ南から北上するルートを加えると、マッピングはY字型になる。

 そのY字の中心。くりぬかれたように空白が広がるエリアをパンダは指差していた。


「私は最初、ある程度北に進むと戻されるのかもって思ったんだけど……違うわね。それよりもずっと北からあなた達は降りてきてる」

「ということは、方角が問題なんじゃなく、その『空白地帯』に何かあるということか」

「行ってみる価値はあるわね。じゃあ進むわよ、今はとにかく時間が惜しい」


 合流を果たした五人は引き続き迷宮を進みだした。

 目印を進むと戻されるというのは既にパンダが再検証してくれていたので、今度は目印から逸れて別のルートで北を目指すことになった。

 パンダが地図をマッピングし、アッシュが目印をつけるという役割を引き継いだ。


「あの騎士について何か分かったことはあるか?」

「いいえ。ただ、あの騎士が持っていた斧には興味がある。ホーク、もし機会があればあの斧に破魔の矢を撃ってみてくれない?」

「構わないが、あの斧は魔導具か何かなのか?」

「まだ確証はないわ。でももし私の推測が当たっていたら……何か面白いことが起こるかもしれない」


「なんだ、もったいぶるな」

「そうなんすよね。パンダさんあたしが聞いても全然教えてくれないんす」

「混乱させたくないだけよ。まだ矢は残ってるわよね?」

「ああ、補充もできたしな」


 ホークがそう言って、パンダが木に釣るしておいた矢の束を見せると、パンダは嬉しそうに笑った。


「あら、ちゃんと拾ってくれたのね。どうだった、私のお手製の矢」

「粗悪な出来栄えだ。射るのを躊躇った」

「でも大事に持っててくれたのね~♪」

「ないよりはマシだからな」

「ほんと素直じゃないっすよねぇ。――わあ嘘っす! 睨まないで!」

「それから、ルイスは……駄目だったみたいね」


 アッシュとルゥが悲しそうに目を伏せた。


「森に転移したときにはもう手遅れだった」

「とある小屋で変な二人組にあったんだ。その小屋でルイスも入れて五人で待機してたんだけど、迷宮に戻ったら俺達以外の三人は消えてて」

「二人組……?」

「インクブルとシラヌイという男女だ。男の方には破魔の矢を当てたが死ななかったから魔人じゃない」

「そう。私たち以外にもこの迷宮に迷い込んでた二人がいたのかしらね。破魔の矢が効かないんなら魔人じゃなさそうね」


「――それなんだが、あの四人の魔人にもう一人味方が増えていたのは気づいたな?」

「ええ、男が一人増えてたわね」

「あいつにも破魔の矢を当てたんだが、死ななかった」


 パンダは少し驚いたような顔でホークを見返した。


「そうなの? 私てっきり五人目の魔人なんだと思ってたけど。じゃあなんであの魔人たちと共闘してたの?」

「分からん。そもそも奴がどこから来たのかも不明だ。私達と同じく迷宮に紛れ込んでいた可能性もあるが」

「そういえば、そのインクブルって奴が魔人に追われてるって言ってたぜ」

「魔人に追われてる、ねえ……でもその五人目は魔人じゃないんでしょ? まさかまだ別の魔人がいるんじゃないでしょうね」


 パンダの言葉にアッシュ、ルゥ、キャメルの顔が引きつる。

 同じ迷宮に魔人が四人紛れ込んでいるというだけでも恐ろしいのに、五人目、六人目までいるとなれば只事ではない。


「私も会って話を聞いてみたかったけど、はぐれちゃったんじゃ仕方ないわね。あの森にいたってことはこの迷宮にも戻ってる可能性が高いし、いつか再会できるんじゃ――――ッ、止まって」


 パンダは皆を制止した。

 前方の分岐路を確認してみると、そこには真新しい傷跡があった。

 間違いなく先程アッシュが付けた傷だった。


「戻ってきてるわね」

「げ、またかよ!?」

「地図は?」

「待って、確認する」


 パンダが地図と傷跡を見比べ、戻ってきた場所を確認した。


「――ここね。この地点に戻されてる」

 パンダが指差したのは、八つほど分岐路を戻ったところだった。


 一番最初の、南から北へ進むルートの途中から西に逸れ、そこから時計回りにぐるりと空白地帯を回り、そこから東へ折れて直線を続けているところで戻された。


 その方角はまさに、空白地帯へ続くルートのように見えた。


「やっぱり。この『空白地帯』に近づくと別の場所に飛ばされてる。絶対ここに何かあるわ」

「でもそれが分かってもどうしようもなくないっすか? だって近づけないんすよね?」

「いいえ、抜け道はある」

「抜け道?」

「――なるほど。『出発地点』か」

「ええ、そうよ」


 ホークの言葉を肯定するパンダ。

 それでキャメル達にもパンダの考えが理解できた。


「あの森からこの迷宮に戻ってきたとき、出発地点はその森で最終的にいた座標から紐づいている可能性が高いわ。だから、もし次に別の場所に転移するようなことがあれば、この空白地点に近い場所で次の転移を迎えられたら、空白地点に転移できるかもしれない」

「でも、そう上手くいくっすか?」

「それはこの迷宮のルールによるわね。やってみて駄目なら次の手を考えましょ」


 少しずつ迷宮の仕組みを暴いていくのがよほど楽しいのか、イキイキと話すパンダ。

 そんな彼女を、アッシュとルゥが感心した様子で見つめていた。


「パンダさんって、その……頭いいんだな。遺跡に入ってからずっと思ってたけど、すげえ頼りになるよ」

「あら、ありがとう。もっと褒めてくれていいのよ。うちのホークは全然そういうこと言ってくれないから寂しくって」

「調子に乗るな」


 ホークの腕に抱き着いて頬ずりするパンダを、鬱陶しそうに振り払うホーク。

 すると今度はルゥが尋ねてきた。


「パンダさんは、怖くないんですか……? こんなことになっちゃって。あんな強い魔人たちに殺されそうになって……」

「全然。楽しいわよ? あなた達もいつまでも辛気臭い顔してないで、この状況を楽しみなさい。せっかく半年も準備して遺跡に挑んだんだからその分楽しまないと割に合わないわよ。――あ、まあ、その、ルイスの件はアレだけど」


 さすがに無神経だと思ったのか、ごめんね、と謝るパンダに、ルゥは小さく笑って首を横に振った。


「やっぱり、勇者様が選んだパートナーさんですね。凄いです」

「出来ればもう少し常識的な感性の持ち主が望ましかったがな」

 ホークの言葉に、ほんとっすよ……と小さく呟くキャメル。


「パンダさんがいれば、この迷宮も抜け出せそうな気がします」

「任せといて。さあ先に進みましょ」

「次はどこに行くんだ?」

「もう一度同じ道を進むわ。どの地点で戻されたのかを確定させたいから。それが終わったら、次は北側から空白地点に進んでみて――」


 ――進みだしたパンダの歩みは、その第一歩目で止まった。

 硬質な迷宮の地面とはちがう、荒い砂利を踏んだような感触だった。


「?」


 地面を見てみると、確かにそこは砂利道だった。こんな場所はさっきまでなかったはずだが……

 そう思って周囲を見回してみると、



 ――迷宮はどこかへ消え去り、見た事もない廃墟の町が広がっていた。



「……」

「……」

「……」


 誰もが呆気にとられた様子で周囲を見回した。

 陽の落ちた夜の街。民家らしき建造物が立ち並ぶ、大きな町が広がっていた。

 人の気配は全くなく、風も吹いていない。頭上から照らす月明りだけが光源の、朽ち果てた廃墟の町だった。


「全員いるわね?」

 パンダはすかさずメンバーを確認した。

 森の時とは違い、今回は五人全員が同じ場所に揃っていた。


「ぱ、パンダさん、これって……!」

「そうみたいね。次の場所に転移しちゃったみたい。――皆、この位置をよく覚えておいて。ここから二時の方角に一七〇メートル進んだ先が空白地帯よ。……あの迷宮とこの町の縮尺が同じなら、だけどね」

 既に思考を切り替えているパンダが、素早く支持を飛ばす。

 その頼もしい姿にアッシュやルゥも精神の安定を取り戻した。


 ホークは周囲を確認した。

 他者の気配はない。が……まず間違いなく、あの魔人たちも、そしてあの謎の騎士も。この場所に転移してきているはずだ。


 暗闇に閉ざされた廃墟の町。

 ここが次の戦場だ。

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