第三章 消えないものもあるのよきっと
第45話 ヴェノム盗賊団
激しい爆発が馬車を揺るがした。
「な、なんだあ!?」
散漫としていたカルメルの意識が叩き起こされる。
大きな爆発音は火薬による爆発で、明らかにこの馬車を狙い撃ちしたものだった。
バラディア国騎士団カルメル部隊。
騎士団の中でも中堅どころの強さを持つ彼らの部隊が、一人の魔人の討伐に駆り出されたのが四日前の話だ。
『毒沼の魔女』の異名で恐れられた魔人を討伐すべく、平均レベル38、総勢四七名にも上る大人数での遠征が行われた。
数々の黒魔術実験を行うことで知られる『毒沼の魔女』は、各地を転々と移動しながら、実験で発生した廃棄物を周囲へ垂れ流し、たちまち毒沼へと変えてしまうという質の悪い魔人だった。
直接人間を襲った例はないものの、彼女が住み着いた土地はそれだけで人が住めなくなってしまうという公害のような存在だ。
結論からいって、討伐は失敗した。
防衛に徹した『毒沼の魔女』を追い詰めることができず、ついに逃亡を許してしまうこととなった。
任務失敗に意気消沈するカルメル部隊ではあったが、不幸中の幸いというか、『毒沼の魔女』が用いた魔導具『デスサイズ』の強奪に成功する。
非常に強力な魔導具であり、これを手に入れたことはともすれば『毒沼の魔女』の討伐と同等以上の価値がある。
なんとかバラディア騎士団の面目を保てたと安堵したカルメルが、バラディア本国へデスサイズを移送中――全く予期していなかった爆発。
いや、これは明らかにカルメル部隊を狙った何者かの襲撃だった。
「総員、戦闘配置につけ!」
カルメルが檄を飛ばす。
計七両編成の馬車から、次々と部隊員たちが武器を手に出てくる。
「――ッ! 伏せろ!」
カルメルが叫ぶ。
部隊員たちが出てくることを見越していたかのように、そこに爆発が叩き込まれる。
立て続けに起こる爆発音。それらは全て爆弾によるもので、魔法的なものは一つもなかった。
「敵を確認しろ! 敵はどこだ!」
「崖の上に敵影多数! 待ち伏せです!」
山のふもとを走っていた馬車を、崖の上から奇襲してきたようだ。
報告通り、間違いなくこれはこの部隊を狙った待ち伏せだ。
「山賊か?」
よりにもよってこの馬車を狙うとは。
仮にも魔族と戦闘することを想定した特殊部隊だ。並の戦力では相手にならない。
運が悪かったのか……あるいは別の狙いがあるのか。
「迎撃しろ!」
崖から多数の敵が降りてくるのを視認し、カルメルが指示を飛ばす。
白兵戦ならばこちらが圧倒するだろう。こちらは魔人を相手取れる特殊部隊なのだ。山賊ごときに遅れは取らない。
魔人との交戦直後で隊が疲弊しているのが心配ではあるが……。
「……そこを狙われた、ということか?」
ならばこれは突発的な襲撃ではない。単にここを通るものを待ち伏せしていたのではなく、この部隊をピンポイントで狙ったという可能性もある。
――そして、カルメルのその予測は的中していた。
崖を降りてきた敵部隊が懐から取り出したのは武器ではなく、小さな玉だった。
それを次々と地面に叩きつけ――その瞬間、周囲は巨大な煙に包まれた。
「煙幕だと?」
僅かに意表を突かれるカルメルではあったが、慌てるほどではない。
単なる目くらまし。この程度で不意を突かれるほどこの部隊は甘くない。
「総員、周囲を警戒しろ! 無理に攻め込むな。迎撃優先だ!」
山賊らしい分かりやすい姑息な手段。
だがこんな道具に頼らなければならないというのがそもそも弱者の表れ。これしきの小細工、こちらはたった一手で覆せる。
「風を起こせ! 煙を散らすんだ!」
カルメルの命に従い、黒魔導士が風の魔法を唱える。
巻き起こった突風がたちまち煙を晴らす。
開かれた視界に、数人の敵影を確認。
――来るか。
身構える部隊員達の予想を裏切り……山賊たちは一目散に逃げていった。
「……なんだあ?」
拍子抜けするカルメル。
崖の上に待機していた他の山賊も姿を消している。
ほとんど交戦もなく、彼らは一人残らずこの場から姿を消してしまった。
「……訳が分からん。実力差に臆したか?」
所詮は下賤な山賊、有り得ない話ではないが……腑に落ちなかった。
「被害を報告しろ!」
部隊員たちが被害を確認しカルメルに報告する。
やはり被害はほぼゼロ。死者はおろか負傷者の報告すら皆無だった。
ますます分からず、カルメルが眉をしかめる。
本当に煙幕を張るだけ張って何もせず退却したというのか?
――しかし、一人の部隊員が慌てた様子でカルメルのもとへ訪れたことで、その推測は否定された。
「隊長! やられました!」
「誰がやられた」
カルメルが尋ねると、部隊員は青白くなった顔を横に振った。
「人ではありません」
「…………まさか」
そこでカルメルも事態を察し、心臓が縮み上がるような不安感を覚えた。
「『毒沼の魔女』の魔導具を……『デスサイズ』を奪われました」
ぐらりとよろめいたカルメルが馬車の荷台にもたれかかった。
「……そういうことか」
狙いはこの部隊ではなく、この部隊が運んでいた魔導具だったのか。
どこから情報が漏れたのか、何故デスサイズを積んでいる馬車が特定されたのか。
不明な点はあるが、問題はそこではない。
……こんな失態を上にどう報告すればよいというのか。
「隊長。奴らはまさか……」
「ああ。疑う余地はない」
バラディア騎士団を相手にこれだけ鮮やかに事を成す手並み。
これがただの山賊であるはずがない。
「――ヴェノム盗賊団。……奴らで間違いない」
怒りに震える拳を荷台に叩き込み、カルメルは深く嘆息するしかなかった。
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