第52話 うぜえことが多すぎんだよ


 占星術せんせいじゅつという魔法がある。

 その名の通り『星を占う術』だ。ただし、占星術で占うのは空の星ではなく、この大地のことだ。

 現在までで発見されているスキル自体が少なく、個人の力でできることはさほど多くはない職業だ。


 その中で最も有用性を見出されているのが、探知魔法だ。

 探知魔法自体は一般的な黒魔導士でも使用可能だが、占星術師のそれは『距離』と『範囲』の二点において特化させた性能を持つ。


 個人では到底実現不可能なほどの超広範囲、かつ超長距離における探知を可能とする。

 範囲は一国を丸ごと範囲に収めるほど。

 距離は人間領内であれば最北端から最南端までという規模だ。


 この特性を活かし、占星術師は強国の庇護の下、常に人間領内を監視している。

 ただし問題点がある。

 一つ目は、数が非常に少ないこと。

 現在確認されている占星術師は合計で一○○人にも満たない。

 二四時間態勢で人間領内を全て監視し続けるには、全員を動員しても全く足りない。


 そのため、占星術師は七割以上がルドワイア帝国に独占されており、絶対に陥落が許されない帝国の守護に用いられている。

 残りの三割をバラディア国が有し、人間領内に発生した魔族の脅威を一早く発見する職務に忙殺されている。


 二つ目の問題点は、精度だ。

 いくら占星術が探知に特化しているとはいえ限度はある。

 そもそも何を探知するのか?

 人間領内に魔族が入り込んだ、などと丁寧に教えてくれはしない。千里眼のように地上を見回すこともできない。

 探知のフィルターをどのように設定すればその結果が信用に足るか……。


 これにはルドワイアも頭を悩ませ、未だに最適解を見いだせていない状態だ。

 様々な方法が試され、結局実用的だと判断されたのは『強い魔力』を探知するという方法だ。

 レベルシステムを持つ魔人と人類は、レベルを上げるにつれて全ステータスが自然と上昇する。

 仮に魔力を一切上げずに戦士用にスキルポイントを全て割り振ったとしても、高レベルになればそれだけで強い魔力を有するものだ。


 特に魔人はその傾向が強く、高レベル帯でこの探知にかからない魔人などほとんど存在しない。

 もしこの探知にかからない程度の魔人であれば、わざわざルドワイアが監視するほどの脅威でもない。第二防衛線であるバラディア国の占星術師に任せ、それでも漏れたときは討伐もバラディアにやってもらえばいいだけの話。


 精度を補うために特殊なマジックアイテムは必須であり、かつ探知領域に指定した場所に、あらかじめ探知用の魔石を設置しておく必要がある。

 これで超長距離の探知でも精度が上がる。少なくとも範囲内に強力な個体が出入りすれば感知できる可能性が高まる。

 その作業もとうに終え、現在では人間領内の七割以上を探知範囲に収めることに成功した人類。


 ただし誤検出というか、魔人以外でも強力な魔力を有する存在はいる。

 人間もレベルシステムを導入しているのだから、当然彼らも探知にかかってしまう。

 魔族だけを感知する魔術式が今もバラディア国で研究され続けているが成果が出ていないという状況だ。


 様々な問題点を抱える占星術師ではあるが、その責務は重大だ。

 彼らがいるからこそ、魔人は迂闊に人間領内に入り込めず、内部からの魔族の被害を未然に喰いとめられているのだ。



 ――もう一つ、占星術師以外に人類の脅威を占う職業がある。

 それが『預言者』だ。


 占星術師がリアルタイムに世界を占っているのに対し、預言者はこの星の未来を占う、本当の意味での占い師だ。

 その数は勇者に匹敵するほど少なく、現在では七名しか生存を確認されていない。


 その全てをルドワイア帝国が独占しており、魔力の許す限り日夜人類の未来を占い続けている。

 一言に預言と言っても、未来をはっきりと見るわけではなく、おおまかな出来事しか預言できない。


 近い将来、ハシュール王国は大きな成長を遂げるだろう。

 魔族と人類の戦争は苛烈になるだろう。


 その程度の漠然とした未来しか見えず、的中率はそれなりに高いが絶対ではないというのも微妙なところだ。


 なぜそんな職業が重要視されるのか。

 それは、この手段以外で知りようのない人類の脅威を予言できるからだ。


 最近で分かりやすい大きな預言といえば、やはり五代目魔王の誕生だろう。

 本来であれば知りようのない魔族の動きを、預言者は事前に察知していた。

 だからこそ、ルドワイアは新魔王誕生から僅かな調査期間だけでその情報を全世界に広めることができたのだ。


 預言者が占い、占星術師が調査する。

 この二つの技術を使い、ルドワイア帝国は日々人類の脅威を未然に防いできた。


 ――ルドワイア帝国騎士団ゴード部隊がバラディア国に派遣されたのも、そういう理由からだった。


 数日前、預言者が一つの預言をした。


 ――『バラディア国が大きな災いに飲み込まれる』。


 これが天災なのか、事件なのか、それとも魔族の襲撃なのか。

 そこまでを預言する力は預言者にはない。しかし預言された以上は調査せねばならず、続いて占星術師が調査を行った。


 その結果、一つの大きな魔力の塊が人間領を北上してきている気配があることが分かった。

 最初に確認されたのは人間領の最南端。ちょうど人間領と魔族領の境界線を越えた辺りだと分かった。

 しかしその近辺は人類も強固な護りを固めている。そんな規模で魔力を放つ者、あるいは集団の存在は確認されていない。


 しかし実際に魔力体は人間領を北上し続け、そのまま行けばバラディア国へ至るというところまで来ていた。

 事態を重く見たルドワイア帝国は、このことをバラディア国に通達すると共に、ルドワイアからも調査部隊を派遣することを決定。


 それがラトリア・ゴード率いるゴード部隊だった。






「こういう面倒な仕事をしなくていいのがこの部隊の唯一の利点だと思ってたのによ」

 ラトリアとシィムが去ったあと、バニス・ガヴェロイは酒を飲みながら愚痴を零していた。


「大体よ、占星術師の探知は昔から当てにならねえんだからよ。わざわざ部隊を派遣してんじゃねえよ。なあ?」

「そうですよね。早くカードゲームをする日々に戻りたいっすわ」

「てめえ弱えくせに懲りねえよな」


 他の部隊員と雑談で盛り上がるバニス。

 今は小うるさい隊長も、その腰巾着もいない。ずっとこうならどれだけこの部隊は快適なことか。

 ラトリアとシィムは、この付近に設置されている探知魔石の点検、能力向上の術式を施しに向かった。


 『バラディアに災いをもたらす何者か』が南からバラディアに向かっているのなら、この森は間違いなく通ることになる。

 ここの探知を強化しておくのは必須だ。


 だが仮にも最強の戦闘集団であるルドワイア騎士団にこんな雑用が命じられる時点で、この部隊が本部から軽んじられていることの証だ。

 半分はバニス達の素行の悪さが原因だという自覚はあるが、もう半分は間違いなくラトリアのせいだろう。


 ラトリアは過去に重大な過ちを犯し、そのせいでルドワイア騎士団内での評価が非常に低い。

 本来なら騎士団から除名どころか死刑になっていても不思議ではないほどだ。

 そこから一部隊を任されるほどに復権したのは驚くべきことだが、それでも本部からは嫌がらせ紛いの不遇な扱いを受けている。


 現に、彼女の部隊にはバニスを筆頭とした問題児ばかりが配属されている。


 ――バニス・ガヴェロイ。

 『賞金稼ぎバニス』といえば、かつては世界中にその名が知られていた凄腕の戦士だ。

 魔人を討伐した実績もあり、その腕を買われてスカウトされ、鳴り物入りでルドワイア騎士団に入団した。

 S-66という、ルドワイア騎士団の中でも優秀な実力を持ち、入団当初はその活躍を期待されていた逸材であった。


 しかし次第に悪化する彼の素行や数々の命令違反。傷害事件などの問題行為が重なり、度々厳重注意が促されてきた。

 が、その全てを力のみで跳ね退け続けたバニスを、騎士団本部も手に余らせてきた。

 いっそ切り捨てられれば気持ちがいいが、二年前の戦争でルドワイア騎士団は魔族に対して敗北を喫し、大損害を被った。

 騎士団から放逐するにはバニスの戦闘力は惜しい。

 しかし彼の素行の悪さは腐ったミカンのように周囲にまで影響を及ぼすほどだ。


 そういった問題児を一つの部隊にまとめて隔離してしまおうという話は以前からあり、ラトリアの部隊が選ばれた。


 後に続いた後輩たちにもバニスは威張り散らし、猿山の大将のように偉ぶった。

 結果としてラトリアとシィムを除くほぼ全ての部隊員がガヴェロイの同類へと成り下がり、部隊の規律と秩序は完全に崩壊して久しい。

 今やこの部隊の影のリーダーはバニスも同然だった。


「――よええと言えば、あの女もうぜえったらねえな」

 汚いゲップを一つ飛ばし、バニスはシィムを思い出して悪態をついた。

「騎士団ってああいうの多いらしいっすよ。正義感たっぷりの英雄気取り」

「けっ、なぁにが英雄だよ。騎士なんざただの仕事だろうが」


 ルドワイア帝国騎士団は人類最高峰の戦闘集団だ。

 その栄光に誘われて志願する者は毎年後を絶たない。だがバニスにしてみればやることは賞金稼ぎ時代と大差ない。

 魔人でも魔獣でも、戦って殺すだけだ。

 ギルドの張り紙を見て選ぶか本部から指示を受けるか。ターゲットの差異などその程度だ。


 だがシィム・グラッセルはこの部隊に配属されてからずっとバニス達を毛嫌いしており、高潔なラトリア様に子犬のように懐いている。

 ああいう弱いくせに正義感だけは強い奴は見ているだけで反吐が出る。


 シィムはA-54レベルの黒魔導士だ。

 ルドワイア騎士団に入団するにはギリギリだ。


 バニスも経験があるが、入団するためにはルドワイア帝国の国営ダンジョンで地獄のレベリングが待っている。

 シィム程度の女がどうやって乗り越えられたのか不思議だが、結局はこんな部隊に入れられる程度には、本部から『戦力外通告』を受けているということだ。


 そんな程度の女が、身の程知らずにもバニスに盾突こうなどおこがましい話だ。

 雑魚は雑魚らしく愛想良くしていれば可愛がってやってもよかったが、憎たらしいことにシィムはバニスではなくラトリアを選んだ。


「ふん。ラトリアが何だってんだ。あんな女、いずれ俺がぶっ倒してやるよ」

「あー……そう、っすね」

 バニスの呟きに気のない相槌を返す部隊員たち。

 そんな彼らの心境を目聡く察知したバニスの眉が吊り上がる。


「……あん? なんだそりゃ?」

「え……」

「てめえら……俺じゃああの女に勝てねえとでも思ってんじゃねえだろうな? あん?」

「そ――そんなことないですよ! なあお前ら!」

「そ、そうですよ! 俺たちは隊長がいなくなってバニスさんがこの部隊を仕切ってくれる日を待ってるんですよ!」


 冷や汗を流しながら弁明する部隊員たちを不機嫌そうに睨み付けたバニスは、苛立ちをかき消すように一気に酒を煽った。


「……見てろよが。いつかテメエをぶっ殺してやる」

 

 ――『ゴールド・ラット』。

 それはラトリアに着せられた最大の汚名そのものだ。

 そんな女に自分が負けるはずがないという自負がバニスにはあった。


 ――確かに、現状二人の間には開きがあるし、ラトリアと正面から戦えばバニスと言えども苦戦は強いられるだろう。


 だがその程度の差を埋めるくらいの経験とセンスはある。少なくともバニスはそう信じていた。

 あんな一回りほども歳の離れた甘っちょろい女に負けるわけがない。

 ……ただ、今戦う必要はないというだけだ。


「――バニスさん」

 その時、部隊員の一人がバニスに声をかけてきた。

 バニスが不機嫌なのは誰の目からも明らかだ。そんな彼にわざわざ声をかけてきたということはそれなりの用事なのだろう。


「あんだよ」

「今周囲に索敵用の探知魔法を放ったのですが……」

 一瞬なんでそんなことをしているんだと疑問に思い、そういえばラトリアからは一応、周囲を警戒するように言われていたことを思い出してバニスは失笑した。

 その指示を忠実に守ったこの部隊員が浮いて見えるというのが、この部隊の惨状を如実に表していた。


「それがどうした」

「はい、実は二つの反応を感知しまして……」

「二つ? あの二人じゃねえのか?」

「いえ、シィムと隊長の反応は別に捉えています」

「フィルターは?」

「それなりに高く設定しているので、雑魚が感知されることはないかと」


 敵か味方か、いや人か魔物かすら定かではないが……少なくともこの森に探知に引っかかるほどの個体が二ついるということだ。

「もっかい撃て」

「はっ!」


 バニスの指示を受けて部隊員がもう一度探知魔法を放つ。

 その間に、周囲から雑談や私語は一切なくなっていた。

 高レベルの敵性個体が周囲にいる可能性があると分かるや否や、部隊員たちの意識は一瞬で警戒態勢に切り替わっていた。


 腐ってもルドワイア帝国騎士団の一員だ。無能集団ではない。

 シィムがこの場を見れば、何故これが普段からできないのかと頭を抱えたくなるような集中度だった。


「――捉えました。ただ……反応は一つです。もう一つは消えました」

「……一つ消えた、ねえ」

 この時点でバニスは完全に戦闘態勢に移行した。


「探知ミスでしょうか」

「てめえが無能ならそれもあり得るが、さすがにねえだろ。一人は探知に気づきやがったんだ。で、気配を消した。――くせえな。ただの魔物ならそんな真似はしねえ」

「何故二人とも気配を消さなかったのでしょうか」

「気づけなかった。消せなかった。二人は無関係。一人を囮に使うつもり。どれでもいいぜ。――おう、戦闘準備だお前ら!」


 バニスの号令で部隊員たちは素早く立ち上がり、各々の武器を構えた。

 バニスも同様に、背中に差していた大斧を取り出した。


 それはバニス・ガヴェロイという男の性格をハッキリと表している武器だった。

 長身なバニスとほぼ同じ長さの大斧は、先端にこれでもかと自己主張する巨大な鉄の刃がついていた。

 総重量は八○キロを超えるほどで、これを担いで森を長距離歩いてきただけでも驚くべきことだが、バニスはこれを片手で軽々と振り回す程の怪力を誇る。


 自身に敵対するあらゆるものを力でねじ伏せる。

 そう吠えるかのような武器だった。


「探知にかかった獲物は二匹。内一匹はそれなりの手練れだ。クソ預言にあった、『バラディアに災いをもたらす何か』かも知れねえし、魔人かも知れねえし、通りすがりの戦士かも知れねえが、とにかく先手を取る」

「敵じゃなかった場合、うっかり殺してもいいんですかね?」

「構うかよ。こんなとこ歩いてる方が悪い。俺達は我らが部隊長殿より、この周辺を警戒する任を命じられてた。それを果たすだけだ。問題がありゃあの女が責任とるさ」


 それはそれで面白い結末だ、とバニスは底意地の悪い笑みを漏らす。


「バニスさん。隊長を呼び戻さないんですか?」

 しかしそんな笑みも、その一言で凍り付いた。


「…………ああ?」

「え――あぐっ!?」

 部隊員の首を片手で掴み、きつく締め上げながら持ち上げる。

 装備を着込んだ大人を片手で軽々と持ち上げるその様だけで、彼の怪力のほどがうかがえた。


「てめえ……さっきあんなことがあった後に、敵かもしれません助けてくださいって、俺に頭下げろってのか!? ああ!?」

「あ、がっ……!」

「舐めてんじゃねえぞクソがあッ!!」


 部隊員を力任せに放り投げ、バニスは大斧を地面に突き立てた。

 それだけで地面が揺れるほどの衝撃が走り、部隊員たちは一様に緊張と恐怖に身をこわばらせた。


「たとえ魔人だろうがブッ殺せばいいだけの話だろうが! 手柄は俺がいただく。責任はあの鼠女が取る。それの何が問題だってんだ? ああ!?」

「も、申し訳……あ、ありませんでした!」

 投げられた部隊員が息も絶え絶えに謝罪し、バニスもようやく怒りを鎮め始めた。


「いいかお前ら! やることは一つだ。探知にかかったアホ二人をぶっ殺す。こんな簡単な仕事もできねえんなら俺がお前ら殺して戦死扱いにしてやっからな。覚えとけ!」

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