第64話 私の首に値札が見えたか


 二日が経過した。

 港町であるセドガニアの朝は早い。

 カモメ達の合唱が鳴り響く港に、獲れたばかりの魚介が雪崩れのように送り込まれてくる。

 市場は魚を求める者たちで賑わい、早朝とは思えない喧噪で溢れていた。


 そんな漁港のすぐ傍で、大量の軍事物資を乗せた貨物船が往来し、軍服を着た兵士たちの姿があちこちに散見されるところにも軍事国家たるバラディア国らしさが窺える。

 普段から漁港と軍港という二面性を持つ港町ではあったが、しかしここ数日は後者の顔が強くなっていた。




「――着いたぞ、パンダ」

 馬車の床で爆睡していたパンダをつま先で蹴って起こすホーク。

 最初は椅子で寝ていたパンダだったが、激しく揺れる馬車の中で少しずつ態勢を崩し、やがて放り出されるように床に落ちた。

 それでも構わず眠り続けていたので、ホークも無視していた。


「んー?」

 寝ぼけ眼をこすり馬車の外を確認する。

 そして視界に広がった景色を見てパンダは目を輝かせた。


「――わあ! いいわね。白い砂浜、潮の香り。ハシュールも良かったけど、こういう自然もいいものねぇ。…………ねえホーク」

「駄目だ。観光に来たんじゃない。遊びたいならブラッディ・リーチを殺してからだ」

「もう。終わったら一緒に泳ぎましょうね? 絶対よ?」

「一人で泳げばいいだろ」

「つれないわね。あなたそのワガママボディをいつまでも革鎧の下に隠しておくつもり?」

「黙れ。いいから降りるぞ」


 馬車から降りたホーク。

 それを確認して御者が近寄ってきた。


「着きました勇者様。お時間には間に合いましたよね?」

「ああ、十分だ。無理を言ってすまなかったな」

「いえいえ。滅相もありません」


 口ではそう言いつつも、このままホークに去られることは避けたいようだ。何か見返りをくださいを顔にハッキリ書いてある。

 しかしそれも当然。この馬車は普通はこんな目的で使われるものではないからだ。


 一刻も早くバラディアに着きたいホークは、シューデリアを往来する商人の一人に話を持ち掛け、一番速い馬車でセドガニアまで飛ばすよう頼んだ。

 一般人が使用する馬車でセドガニアまで行こうとすれば少なくとも四日はかかる。それを無理矢理、補給も最小限に抑えて丸二日馬を走らせたのだ。


 商人からすれば大損害となる大赤字だ。そんな無茶を通せたのはホークがシューデリアで時の人となった勇者だからだ。

 ホークのたっての願いだからと聞き入れはしたが、商人がそこから様々な見返りを求めるのは当然だ。


「とりあえず、即金で五万ゴールド渡そう。それと商人組合に今回のことを報告する際に私の名を出していい。それから、護衛が欲しい場合は割安で引き受けよう」

「ありがとうございます! 私も勇者様のお役に立てて光栄の至りです!」

 見る者を幸福にさせる満面の笑みで返す商人。

 遅れて馬車から出てきたパンダにも会釈し、商人はそのまま去っていった。


「さてと。セドガニアはすぐそこね。ついたらまずはご飯ね。セドガニアといえば魚よ」

「まずは情報収集だ」

「ふふ、ブレないわね。せめて宿屋取ったほうが良くない?」

「あとでいい。今日で片が付く可能性もあるんだ」

「まあそうね。いざとなればまた勇者特権使いましょ。あなたの名がバラディアまで轟いていればいいけど…………あら?」


 前方に不可解な光景を目にしパンダが首をかしげた。

 セドガニアは周囲を高い防壁に囲まれており、その出入り口となる門がある。

 その門から、ざっと二〇〇メートル以上の行列ができていた。


 数百人もの人間や馬車が一列に並んでおり、その列の消化も極めて緩やかだった。


「何の行列だ?」

「……」

 少しでも時間が惜しいときに出鼻をくじくこの行列。ホークが苛立たしそうに舌打ちする。

 一方でパンダは若干険しい表情で行列を見つめていた。


「……嫌な予感がするわね」

「どういう意味だ?」

「……とにかく並びましょう」


 パンダの言葉に従い二人は列の最後尾に並んだ。

 列は分速数十センチの速さで進んだ。こんなペースでは門に着くまでに数時間待たされることになる。

 二人が待っている間にも後ろに少しずつ人が増え、列は時間を増すごとにどんどんと長くなっていった。


 早朝でこれなのだ。人の往来が増える午後でもこんなことを続ければ入門までに半日待たされかねない。


「……なんだこの遅さは。時間がないっていうのに……」

 ブラッディ・リーチがいつまでもバラディアに留まっていてくれる保証などどこにもない。本当なら今すぐにでもこの町の冒険者管理局に向かいたいところなのだ。


「――おい、そこの兵士!」

 痺れを切らしたホークが、列の周りを歩いていた兵士を呼び止める。


「なんだ?」

「私は冒険者のホーク・ヴァーミリオンという者だ」

「はぁ……それが?」


 気のない返事を返す兵士。

 ハシュールでは英雄として知れ渡っているホークだが、バラディアではまだそこまで広まっていないようだ。

 だがいくらなんでも耳にしたことはあるだろう。


「……一応、勇者をやらせてもらってる」

 自分でそう名乗るのは億劫だったが仕方ない。ホークは自らの肩書を名乗った。

「勇者……?」

 怪訝な顔でホークを眺めた兵士の目が……やがて勢いよく見開かれた。


「あっ! ま、まさか! ハシュール王国を救ったという、あのホーク・ヴァーミリオン!?」

「そうだ」

「し、失礼いたしました!!」


 兵士が目が覚めたように顔つきが変わり、ビシ、と敬礼した。

「構わない。それより、この町に急ぎの用があるんだが、いつまで行列を待っていればいいんだ?」

「あ、も、申し訳ございません! 事情を説明し、検査の順番を早めさせます! こちらへどうぞ!」


 兵士が誘導する。それに従い二人は列から離れ、そのまま長蛇の列を置き去りに門に向かって歩き始めた。


「検査って言ったわよね?」

「は。現在、バラディア国全体の警戒レベルが上昇しております。そのため、入出国者の検査を行っております」

「……」


 密入国や密売防止のため荷物等を検閲したり、入国者を検めるのはどこの国でもやっていることだが、検査となると何か別のものを調べるように聞こえる。

 なにより、ただの検閲ではこんなに時間はかからないはずだ。


「検査の内容は?」

「は。身分証明、入国の目的、過去に犯罪歴がないか、危険物を所持していないか、、などになります」


 パンダとホークの表情が一気に鋭くなった。

 無言で互いに視線を合わせる二人。


「……魔族ではないか、だと?」

「はい。といっても、大したことはいたしません。門に神官がおりますので、簡単な白魔法を受けていただき、異常がないかを確認するだけです」

 軽い口調で説明する兵士の背後で、ホークがパンダを見遣る。

 すると、パンダはホークを見つめながら静かに首を横に振った。


 ――その検査を受けてしまえば、パンダが魔人であることは一発で見破られてしまう。


「……なぁるほど。その検査のせいでこんなに時間がかかってるわけね」

「はい、お恥ずかしながら。こちらも可能な限りの人員で対応しておりますが、やはり数が全く追いついていません。ただでさえ数カ月前の新魔王誕生以来、神官の数が全く足りていない状況ですので」

「単純に捌き切れないんじゃないの?」


 神官の白魔法もスキルの一種だ。

 体内の魔力を用いて発動する以上、魔力が切れれば検査はできなくなる。

 数十人態勢で臨もうとも、おそらく一日に往来する人数分の白魔法など使えないだろう。


 まだ一日が始まったばかりの早朝でこれなのだ。

 こんな検査が夜までもつわけがない。神官たちが残らず魔力切れになるのがオチだ。


 ……が、少なくとも今パンダ一人を検査する分には何ら問題ない。


「随分物々しいな。そこまでする必要があるのか?」

「はい。実は最近…………あっ、いや、なんでもありません」

 言葉を伏せる兵士。

 緘口令が出されているのか、単に不用意に外部に話すべきではないというだけか。

 何にせよ追求しないわけにはいかない。

 門につく前にこの兵士から可能な限り情報を引き出しておきたい。


「なんだ。話してくれ」

「いえ……口外は禁じられておりますので」

「勇者にもか?」

「……それは」

「察してあげなさいよホーク。彼はあなたが周囲に言いふらすんじゃないかって懸念してるのよ」

「そ、そのようなことはありません!」


 慌てて言いつくろう兵士。

 やがて意を決したように口を開いた。


「……実は、先日ルドワイアで預言があったそうで。バラディアが何者かの襲撃に遭う可能性がある、と」

「穏やかじゃないわね。でも預言って曖昧な未来しか見えないんでしょ?」

「はい。ですが、二日ほど前にこの町の近辺でルドワイア帝国の騎士が何者かと戦闘したらしいです。かなり強い個体だったとかで、」

「そいつの特徴は!?」


 大声で詰め寄るホークにやや面食らう兵士。

 ブラッディ・リーチに繋がる情報かもしれないというのは分かるが、焦りすぎだ。パンダがホークの服の裾を引っ張ってなだめた。


「詳しくは聞いておりませんが、噂では上位の魔人だったとか」

「……そうか」

 吸血鬼ではないと知り落胆するホーク。

 だがパンダはそれ以外のところに興味をひかれた。


「ルドワイア騎士団が来てるの? この町に?」

「ええ。軍の宿舎に一部隊滞在されているらしいです」

「へぇ、じゃあどんな魔人が来ても安心ね」

「まったくです。しかも一人はエルダーだとか。魔人など恐れるに足りませんよ」

「……そう、心強いわね」


 さすがのパンダも焦りを覚えた。

 エルダーといえば、ルドワイア騎士団の中でも最強の戦力だ。

 そんな者まで出張ってきていたとは。


「さあ、もうすぐ門に着きます。すぐにお二人のことを説明してきますので、少々お待ちください」

「……ああ、頼む」

 兵士はやや駆け足で去っていった。

 残された二人の間に重い空気が流れる。


「……どうするんだパンダ。検査を受けたらお前が魔人だとバレる」

「でもここを通らずに入国なんてしたら問題よ。なんとか検査を免除してもらうしかない。勇者の特権を使ってもらうわよ」

「それで大丈夫なのか?」

「乗り切るしかないわね。あるいは、白魔導士の魔力が切れる時間帯にまた来る」

「だめだ。そんな時間はない」

「じゃあごり押しで行くしかないわね。頼むわよホーク」

「ああ」


 やがて二人のもとに先ほどの兵士が駆け寄ってきた。

「お待たせいたしました。お二方、どうぞこちらへ」

 兵士に案内され、門まで辿り着いた二人。

 そのすぐ傍で検査を受ける者たちの列があったが、二人はそれとは別に個室へと案内された。


 中は質素な机と椅子のセットがあるだけだった。

 どうやら取調室を即席の応接室として使うようだ。

 中では数名の兵士と、一人の男がパンダ達を待っていた。


「おお、これはこれは。お初にお目にかかります、勇者ホーク・ヴァーミリオン殿。私はこの町の町長を務めております、ベック・ボーマンと申します。以後お見知りおきを」

 きっちり整えられた口ひげが特徴的な、割腹のいい男性だった。

 まさか町長が出迎えるとは思わず、やや面食らいながらもホークはボーマンからの握手に応えた。


「よろしく、ボーマン殿。私はハシュール王国国王より勇者の称号を賜ったホーク・ヴァーミリオン。こっちは私のパーティメンバーのパンダです」

「よろしくお願いします~。まさか町長自らお出迎えいただけるなんて、光栄ですわ」

「いえいえ。私もたまたま居合わせただけでしてね。驚きましたよ、まさかハシュール王国の英雄ホーク殿がいらしていたなんて。ようこそセドガニアへ。町を代表して歓迎いたしますぞ」


 互いに礼を返し着席する。

「それで、本日はどのようなご用向きでしょうか。確か貴殿らはハシュール王国を活動拠点とされていたと記憶しておりますが」

「ああ。冒険者として活動させてもらっている。この二週間で魔獣を四匹、魔人を一人討伐した」

「それは……素晴らしいご活躍ですな」


 素直に感心した様子のボーマン。

 周囲で控える兵士たちも少なからず驚いた様子だった。

 数字だけで見れば、一個人でこなせる討伐数ではない。明らかに周囲の者たちのホークを見る目が変わった。


「ただ、こう言ってはなんだがハシュール王国はやや平和過ぎる。依頼の質も低い。――それでこのパンダと話し合い、活動拠点を移そうかという話になった」

 その言葉を聞いて、一瞬ではあるが明らかにボーマンの目の色が変わった。


 勇者が滞在する町はそれだけで莫大な利益を獲得できる。

 町のイメージは良くなり、これ以上ない宣伝効果がある。

 この町を拠点に勇者が魔族を討伐していけば、その類の依頼がどんどんと増える。高難度の依頼が増えれば冒険者の質も変わってくる。そうなれば冒険者が利用する店の質も変わる。


 まさに町の成長を促す起爆剤。あるいは金の生る木か。

 ホークがこの町を拠点にするというのは、町長であるボーマンにとって願ってもない話だ。


 そんな思惑を瞬時に笑顔の下に隠したボーマン。

 だが目の前の二人はそんな小さな隙も見逃さない。

 ホークは汚い大人たちの利得意識に内心で唾を吐き……パンダはニヤリと口元を歪めた。


 まずは軽いジャブ、とばかりにパンダが斬り込む。

「私、自然が大好きなんです。ハシュールはとっても自然が豊かで過ごしやすかったんですけど、でも海も大好きで、セドガニアには一度来てみたかったんです」

「それはそれは。有難い話ですな」

 ボーマンはパンダに向けて最高級の笑みを放った。


「セドガニアは素晴らしい町ですよ。冒険者への依頼の質の高さはもちろん、観光地としての一面もありますからね。広い砂浜に、透き通った海には数え切れないほどの魚が泳いでいます。夜は涼しく、昼は温かい。食べ物はどれも美味で、税も他国に比べれば低い。治安も良く、夜に少女が一人で出歩いても問題ないほどです」


「まあ素敵!」

 パンダが目を輝かせて喜ぶのを見て、ボーマンは最高のプレゼンが出来たと確信したようだ。

 もう彼の頭の中は既に、ホークの滞在によってもたらされる経済効果のことでいっぱいなことだろう。


 ……無論、このまま終わらせるパンダではない。


「――ねえホーク、聞いたでしょ? 私の言った通り、この町とっても良さそうじゃない。ねえ、私この町に住みたいわ。いいでしょ? おねがぁい!」


 パンダの言葉に含まれた意味を敏感に感じ取ったボーマンの笑みがピタリと止まる。

「……」

 ホークもまた、パンダの作戦を理解しそれに合わせた演技をした。


 憮然とした態度で腕を組み、何かを考え込むホーク。

 ホークから放たれる、独特の重みがある沈黙の空気。それを見て取り、ボーマンも事態を察する。


 ――ホークはセドガニアを拠点とすることに賛同的ではない?


「……何か気がかりな点でもございますかな、ホーク殿?」

「いえ……別に」

「実はね、ホークってほら、エルフでしょ? だから海よりも森がいいって。森って言えばハシュール王国じゃない? だからあまりこの話に乗り気じゃなくって。今回だって私が無理矢理連れてきたようなものなんですよ?」


「……そうでしたか。ですがご安心くださいホーク殿。セドガニアは南北に大きな森を持つ町でもあります。きっとホーク殿もお気に召すかと」

「まるで整備されていない様子だったが」

「――そんな、ことは」


 ボーマンは笑みを浮かべたまま言い淀んだ。

 しかしそればかりは仕方がない。いくらなんでもハシュールの森と比べられるのは酷だ。

 ハシュール大森林は奥地にエルフの森を有する、世界有数の美しい森林だ。採れる薬草の質も段違いなため、薬草採取のために国をあげて森の整備に取り組んでいる。


 ――とはいえ。木が密集していれば同じ森だろうというボーマンの言葉は、ホークにとって演技云々を抜きにしても不愉快だった。


「ホーク、そんな言い方ないじゃない。ねえ、一度長期滞在してみましょうよ。そうすればあなたにもきっとこの町の良さが分かると思うの。そうですよね、ボーマンさん」

「ええ! その通りですとも。きっと忘れられない旅になりますよ」

「……まあ、せっかく来たんだ。ゆっくり考えさせてもらうよ」

「それがよろしいでしょう。――おい、お前たち。長旅でお疲れの身だ。手早く済ませて差し上げなさい」


 声をかけられた者たちが機敏な動きで近づいてきた。

 どうやら彼らが検査を行うらしい。


「……? なんだ?」

 何をするかはもちろん承知のホークだが、ここは素知らぬ顔で質問を投げた。

「ああ、大したことではありません。現在、町に入られる方に少々検査をさせていただいておりまして」

「検査だと?」


 誰の目にもそれと分かる程にホークが不快感を露わにする。

 気まずい空気を払うようにボーマンが満面の笑みで対応する。


「検査といいましてもさほど大がかりではありません。身分の証明とご用向きは確認させていただきましたので、あとは所持品の確認と――神官による簡単なメディカルチェックを受けていただければと」


 パンダが内心でほくそ笑む。

 ボーマンは検査の内容を濁した。

 勇者を相手にそんな検査をすること自体が無礼だという意識があるのだ。

 これならいける。


「メディカルチェック? そんなもの必要ない」

「いえ、まあ念のためにですとも」

「ほらホーク、さっき外で兵士の方に言われたでしょ? 魔族かどうかを検査するんだって。あれのことよ」


 部屋の隅で控えていた例の兵士がビクリと身体を震わせる。

 ボーマンが弾かれたようにその兵士の方を振り向いた。

 二人からはボーマンがどんな表情をしているかは窺えないが、滝のような冷や汗を浮かべる兵士の姿を見れば、ボーマンがどれほど険しい顔で兵士を睨んでいるかは察せられた。


 そんなボーマンも、ホークが露骨に鳴らした舌打ちを聞き、慌ててホークの顔色を確認した。

「……まさか魔族だと疑われる日が来るとはな」

「いえいえ! 疑うなどと、そんなつもりは決して」

「ホーク、拗ねないの。仕方ないでしょ、決まりなんだから」

「ハシュールではこんなことは一度もなかった」

「それはほら、あれよ。国によって文化が違うじゃない。きっとこれがセドガニア流のもてなしなのよ。――ね、ボーマンさん」

「……いやぁ……ははは」


 フォローしている体を装って、パンダもボーマンを揺さぶりにかかる。

 なんとか笑みを保つボーマンの口からも乾いた笑い声が漏れるばかりだった。


「そうだな。さっきの兵士を見る限り、バラディアでは私たちのことなどまるで知られていない様子だったしな。この程度の扱いは当然か」

 槍玉にあげられた兵士の顔色が真っ青になっていく。

 その気配を目ざとく察知したボーマンからついに笑みが消えた。


「じゃあさっさと終わらせてくれ。我々が魔族でないとそちらが納得できるまでここで突っ立っていればいいのかな?」

「――いえ、それには及びませんとも」


 ボーマンが意を決したように放ったその言葉を聞いて、パンダは内心でガッツポーズを決めた。


「確かにそんな検査は勇者様には失礼極まりない話。わざわざ実施するまでもありませんな」

「ぼ、ボーマン町長……」

 傍にいた兵士がボーマンに耳打ちする。


「……よろしいのですか? 入国者の検査はバラディア軍からの正式な指令ですよ」

「問題ない。彼女らの潔白は私が保証する。――さあ、お二人とも。どうぞ中へ」

「まあ。申し訳ありませんボーマンさん……ホークってこう……見ての通り少し気難しくて」

「いえいえ。時には臨機応変に対応する……そんな自由なスタイルもまたセドガニアの長所の一つですから」

「……自由、ですか」


 独特な緊張感の満ちる応接室に、パンダの艶やかな声が響いた。


「――それは私の一番好きな言葉です」






「……なんとかなったな」

「ええ。名演技だったわホーク」

 門を抜け町へと入った二人は、冒険者管理局へと向かう道を歩いていた。

 一歩間違えれば大騒動になっていたところだが、なんとか難を逃れたようだ。

 こういうときだけは、勇者という称号に有難みを感じるホークだった。


「町について一発目にこれとはな。先が思いやられる」

「あら、こんなの序の口よ。……さっきの話、聞いたでしょ?」

 パンダは先程門の外で兵士から入手した情報を整理した。


「……まさか『預言』されてるとはね。誰かがバラディアを襲うらしいわよ」

「ブラッディ・リーチに決まってるだろ」

「どうかしら。この町には他にいくらでも火種がある」

「火種……?」


「この町にマリーとベアがいるのなら、それを追ってビィとムラマサが来ているはずよ。しかもその対処にルドワイアから派遣されたエルダークラスの騎士までいる。――そして今、勇者と元魔王が到着よ。これだけ揃えば、何が起こっても不思議じゃない」

「……」


 優しい潮風が香る港町セドガニア。

 平穏で美しいこの町が……次の戦場だ。



「さあ――ここからが本番よ」


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