第12話 十年くらい楽しめそうね


 ざぶんと肩まで湯につかると、パンダは得も言われぬ恍惚の表情を浮かべた。

「はあぁぁ……きんもちぃ~」

「……まったく、なんで私まで」

 続いてフィーネも湯につかる。


 宿屋に大浴場があると聞くや否やパンダは入りたいと騒ぎ出した。

 魔王城を出てからパンダには入浴する機会などほとんどなかったため、かれこれ一月ぶりの入浴だ。

 汚れ自体は水浴びなどで綺麗にしていたが、やはり熱いお湯につかる感覚はずっと恋しかった。


「やっぱ最高ねぇ……一時間はいくわよフィーネ」

「やめて。私さっき入ったばっかりなのよ」


 折角なのでフィーネも一緒に入ろうと誘ったが、フィーネは既にシャワーを済ませた後だったのであっさりと断られた。

 が、パンダがやんややんやと駄々をこね続け、結局なし崩し的にフィーネも本日二度目の入浴をする羽目になってしまったのだった。


「……」

 ちらり、とパンダを横目で見遣る。

 おかしな気分だった。女性同士なのだから堂々と見てやればいいものを、フィーネはまるで覗き見るかのようにパンダの身体を見てしまった。


 それくらいパンダの裸は美しかった。

 女性であるフィーネですらおかしな気分にさせるほどの魔性を纏っていた

 それを凝視することは何か性的な意味を含んでしまいそうな気がして、フィーネはまるでやましさを隠すように覗き見るしかなかった。


「……ところでさっきの話、どこまで本当なのよ」

 ふとパンダと目が合ってしまい、あわててフィーネは話題をそらした。

「全部よ。何度も言ったでしょ?」

「……信じられないわよ、レベルドレインだなんて」


 フィーネの部屋に押し掛けたロニーとパンダが彼女に語った話は、フィーネには到底信じられるものではなかった。


 かつてパンダはロニーよりも高レベルで、ある魔人によってその力を奪われた。

 レベルが下がったことでパンダの身体能力は著しく低下し、あらゆるスキルを失ったが、身に着けた戦闘技術だけは残っていた……とのこと。


 年端もいかない少女がそれだけのレベルを獲得してたというのも信じられないし、ましてそのレベルを奪う魔人が存在するというのも信じられない。


 ロニーがこの話を信じられたのは、実際にパンダが戦う姿を目の当たりにしたからだ。

 しかしフィーネはパンダの戦闘を一度も目にしていない。ロニーが瞠目するほどの技能を持っているということすらまだ半信半疑なのだ。


 パンダの話を信じたというよりも、その話を信じたロニーを信用したというほうが正しい。いずれにせよ、フィーネの中でパンダの評価は依然変わらずだった。


「で、レベルが下がった記念に冒険者始めましたって?」

「ええ、憧れの職業だったの」

「……確かに子供には人気ね。現実を知ってみんな辞めてくけどね」

「そんなに大変なの?」

「毎日ちゃんとお風呂に入りたいならなるべきじゃないかもね」

「え、冒険者ってお風呂入れないの?」

「……まあ、そういうこともあるわ」


 各地を探索する際、または目的地までの移動の際に野営することはままある。

 時には水浴びもできないまま丸三日過ごしたこともあり、まだ若いフィーネには辛い経験だった。


「冒険者を続けてれば、いやでもそんな経験することになるわよ。それでも冒険者になりたいの?」

「あなたこそ、何が何でも私が冒険者になるのは反対なのね」

 ぶーぶーと口を尖らせるパンダ。


 フィーネはことあるごとにパンダに冒険者の世知辛さを説いてくる。

 出会ってから一貫してフィーネはパンダが冒険者になることを嫌っているように感じた。

 ロニーとパンダがフィーネの部屋に現れて事情を説明した時も、フィーネは終始しかめ面を浮かべていた。


「……憧れるような職業じゃないわよ、冒険者なんて」

「ならフィーネはどうして冒険者になろうと思ったの?」

「……」

 フィーネは答えず、ただ視線を遠くへ移すだけだった。


「もう上がるわ。あんたも程々にね」

「えー! まだいいじゃない!」

 湯船から上がろうとするフィーネの腰にしがみついて引き留めるパンダ。

 信じられないほどのきめ細かな肌がまとわりついてきて、フィーネはたまらず仰け反った。


「ちょ、邪魔」

「ねぇ~、もうちょっといいでしょ? まだ入ったばっかりじゃない」

「私は二回目なんだって。一人で入ってればいいでしょうが」

「寂しいのぉ!」

 ぐいぐいと腰を引っ張って湯船に引きずり込もうとするパンダに、フィーネは今日一番のため息を吐いて、諦めたように再び肩まで湯につかった。


「コイバナしましょ、コイバナ」

「……は?」

「女子が二人揃えばコイバナするものでしょ?」

「どこでそんな間違った知識を……だいたいあんたにそんな話題あるわけ?」

「あなた処女なんですって?」

「ブッ!」

 ずっこけて顔ごと湯に水没する。


 水を飲んで溺れたフィーネがばしゃばしゃと水面を叩くのを、パンダが腹を抱えて大笑いしながら眺めていた。

「あ、あんたふざけ……!」

「えー、でも事実なんでしょ? ロニーに聞いたわよぉ? 四年も一緒に旅しててまだ手をつけてな――あぶぶぶぶぶっ!!」

 パンダの頭を両手で押さえつけて湯に叩きつけるフィーネ。


「今度はあんたが水飲めクソドチビ!!」

 のぼせたでは済まないほどに顔を紅潮させて叫び散らす。

 一方でパンダは湯の中でも楽しそうに笑い続け、その度にゴポゴポと気泡が水面に浮かんだ。


「ぷはぁっ……! あっはは、そぉんな怒ることないじゃない」

「うるさい! 次言ったらぶっ飛ばすからね!」

「いやよ。私この話聞いたとき、あなたがハゲるまでからかい続けるって決めたんだから」

 再び沈めようとするフィーネをひょいと躱すパンダ。


「――もういい上がる!」

「あん、ごめんってばぁ」

 大股歩きで浴場を去っていくフィーネに合わせてパンダも湯船から出た。






「――絶対いや!」

 バン、とテーブルに両手を叩きつけてフィーネが叫んだ。


「……な、なんでそんなに怒ってるんだ?」

「聞きたい? ケッサクよぉ」

「ンガーッ!」

 パンダに掴みかかろうとするフィーネを懸命になだめるロニーを尻目に、パンダはフィーネの部屋のベッドの上でボフボフと跳ねて遊んでいた。


「とにかく! こいつを私の部屋に泊まらせるなんて嫌だからね!」

「だ、だがなフィーネ。パンダはいま湖のほとりにある洞窟で暮らしてるんだ。なんというか、不憫だろ。なあパンダ」

「ええ、そうなの……いつ夜盗や魔物に襲われるかって、私もう毎日気が気じゃないの」

 野宿も案外悪くないわよ、なんてあっけらかんとしていた様子はどこにいったのか、パンダはメソメソと泣き真似まで始める始末だった。


「知らないわよそんなこと! 虹陽草の報酬があるんだから宿をとればいいでしょうが!」

「ま、まあそれでもいいんだが……どうした、普段はうるさいくらいに倹約家のお前が」


 ロニーとしてはこれを機にパンダとフィーネが仲良くなってくれることを期待しての計らいだったが、どうも二人の間には何らかの不和があるようだった。

 いや正確には、パンダはフィーネに懐いているが、フィーネがいまいちパンダを受け入れていないような感じだ。


 とはいえ、フィーネが本気で相手を拒絶するときの反応を知っているロニーからすれば、これくらいの拒絶なら全然許容範囲内だと感じた。


「じゃあここの宿代半分出すわ。それならいいでしょ?」

「私があんたの宿代半分出すから出てって!」

「いやぁ、そこまで迷惑かけるわけにもいかないし」

「じゃあ迷惑だから出てけ!」


 厳として譲ろうとしないフィーネに、さすがにロニーも無理強いするのが心苦しくなる。

 そうなるとパンダには実費で宿をとってもらうのが一番いいだろうが、パンダはあの洞窟暮らしをなにやら気に入っているようだし、今のままでいいと言い出すかもしれない。

 ロニーとしてはこんな少女に野宿などさせておきたくはないところだが……。


「俺たちの実家がもう少し近いところにあればよかったんだがな」

 ロニーの言葉に、パンダの脳裏にもふと疑問がよぎる。

「そういえば二人はどうして宿をとってるの? ここ、あなたたちの故郷なんでしょ?」

 フィーネが若干気まずそうな顔をしたが、ロニーは別段気にすることもなく言った。


「俺の両親は既に鬼籍に入ってる。だからリビアを出るときに家を売って、今は帰る家がないってだけだ」

「あら、悪いこと聞いちゃったわね」

「気にしないでくれ。もう墓参りも済ませたし、フィーネの両親とは初日に挨拶に出向いた。だから、寝泊まりするだけなら宿で十分なだけだ」


「ロニーはともかく、実家があるフィーネまで宿をとってるのは?」

「家が遠いだけよ」

 パンダの言葉にかぶせるように声を出すフィーネ。

「移動が面倒でしょ。それに、パーティなんだから可能な限り近くにいるのは当然のことでしょ」


 ロニーと離れたくなかっただけか。

 数年ぶりに会えた家族よりも、いつも顔を合わせているロニーと同じ宿に泊まることを選択したわけだ。

 パンダは内心でニヤリと笑みを浮かべる。


 ――いいことを思いついてしまった。


「だから私の家にも泊められないし私の部屋に泊めるつもりもない。諦めなさい」

「……分かったわ。フィーネがそこまで言うなら仕方ないわね」

 パンダは意外と思えるほどあっさりと退却の姿勢を見せた。


「……何よ、聞き分けいいじゃない。じゃあさっさと洞窟でもどこでも、」

「仕方ないから、これからはロニーの部屋に泊めてもらうことにするわ」


 ――ピシリ、と空気が固まる音が聞こえた。


「…………な、ん、ですって……?」

「ロニーの部屋に泊めてもらうって言ったの。ね、いいでしょロニー?」

「俺は別に構わないが……君こそいいのか? 男の部屋に泊まるなんて」

「もっちろん。何の問題もないわ」

「君がいいなら、まあ問題ないが」

「キャー、ありがとうロニー! やっぱり持つべきものは心許せる仲間ね!」


 ロニーの左腕に抱き着いたパンダは、ニヤリ、とまるでフィーネに見せつけるように邪悪な笑みを浮かべた。


「……………………わかった。私の部屋に泊まりなさい、パンダ」

「あら、いいの!? やっぱり持つべきものは心許せる仲間ね!」

 今度はフィーネの腕に抱きついて満面の笑みを浮かべるパンダとは対照的に、フィーネは感情の伴わない眼差しでパンダを睨み付けていた。


 ロニーを疑ったわけではない。

 確かにパンダは顔だけは並ぶ者のないほどに整っているが、まだ少女だ。万が一にもロニーが過ちを犯すなどあり得ない。


 問題はパンダ自身にある。

 この、他人をからかうことに全身全霊をかけているような悪童が、フィーネの反応を楽しみたいがために何をしでかすかなど、もう想像の範疇を超えている。

 どんな手練手管で場をかき乱してもおかしくない。


「……あんたほんとに覚えてなさいよ」

「もちろん。この恩は忘れないわぁ」

 ロニーはロニーで、なぜ急にフィーネが心変わりしたのか分からないまま、ちぐはぐな二人のやりとりを眺めていた。






「一緒に寝ましょ」

「嫌」

「失礼しまぁす」

「入ってくるな」

「詰めて詰めて」

「寄るな」

「……」

「モゾモゾするな」

「……」

「腕に抱きつくな」

「……」

「モゾモゾするな」

「……」

「モゾモゾするなって言ってんでしょ!!!」


 ガバッと布団を蹴り飛ばして上体を起こすフィーネ。

 夜も深まり就寝の時間になった頃、パンダがウキウキしながら添い寝を要求してきた。


「さっきからモゾモゾモゾモゾ何してんのよ。邪魔!」

「いやぁ、誰かと一緒に寝るなんて初めてだから興奮しちゃって」

 パンダはしきりにフィーネのへそや脇腹を妖しい手つきで撫でまわし、自分の太ももをフィーネのそれに絡めたりしてきた。


「スベスベね~。それにとってもいい匂い」

「あんたそっちの気があるんじゃないでしょうね?」

「スキンシップに性別なんて関係ないわ。おでこひっつけて寝ましょ」

「ああもう!」


 パンダは本気でフィーネをストレスで禿げ上がらせる気なのではと勘ぐってしまうほど、過剰なまでにフィーネに絡んでくる。

 懐かれているのか遊ばれているのか判断が難しいのが困りものだった。


「楽しいわねぇ」

「あんたはね」

「仲間って感じね」

「言っとくけど、私まだあんたのこと仲間として認めてないからね」

「え!! それは困るわ。私たちの絆は家族よりも深くかけがえのない心許せる仲間でないといけないのに」


「どの口が言ってんのよ。だいたいそんなのは長く旅をして培われるもんでしょうが」

「あ、なるほど、それもそうね。あなたが私のことを認めてないっていうのも一つのフラグってわけね」

「勝手に言ってなさい」


 フィーネはそれきりパンダに背を向けて会話を拒絶するフィールドを作り出した。

 パンダはそれでもニコニコとフィーネの背中に顔をうずめていた。


「私ね、冒険者になったらすぐ仲間を作ろうと思ってたの」

「パーティを組まない冒険者なんて一月ももたずに死ぬわよ」

「そういうことじゃなくて、やっぱり旅の仲間が欲しかったの。一緒に冒険して、一緒に笑い合える仲間が。やっぱり冒険の醍醐味じゃない」


 それはパンダがこの魔王討伐の旅で最も楽しみにしていたものの一つだ。

 だからパンダは、一緒についてくると言ってきた従者も突き放し、たった一人で魔王城を出た。


「最初は仲間になるなら誰でもいいやって思ってたんだけど、そうじゃなかったのね。私、あなた達に出会えてよかったわ。同じパーティになれてよかった。大好きよ、あなた達のこと」

「…………あっそ」


 フィーネがどんな表情をしているかパンダには分からなかったが、それでもそのぶっきらぼうな口調に照れ隠しを感じて、パンダはことさら強くフィーネの背にしがみついた。











 夢を見ていた。

 血と絶叫と死の夢。


 三○人いた仲間たちが、たった一人の魔人に蹂躙されていく。

 血しぶきが吹き荒れる地獄の中で、魔人は狂気に満ちた笑みを浮かべていた。


 魔人は明らかに虐殺を愉しんでいた。他者の痛みを、嘆きを味わうように降りかかる血の雨を舐めている。

 身体を引き千切り、頭蓋を踏み砕き、心臓を握りつぶす。

 そこでは誰もが狩られる獲物で、その魔人を悦ばせるための玩具でしかなかった。


 ……甘かった、と言えばそれまでだ。

 冒険者になると……ロニーと共に行くと決めたそのときに、覚悟はしていたはずだった。

危険な場所に赴き、凶暴な魔物と殺し合う。

 その道は茨だと。苦難は尽きないと。そう心していたはずだった。


 ――だが、これほどの恐怖があるなど知らなかった。


 まるで身動きの取れないままギロチンの落下を待つような、抗うことのできない死が降りかかる瞬間が恐ろしかった。

 その死の化身が意思をもち、じろりと彼女の姿を視界に入れたときに全身を駆け巡った絶望の感触を知っていたならば……きっと彼女は冒険者になどなろうとは思わなかっただろう。



 



 すっかり静寂に包まれた部屋の中でフィーネは目を覚ました。

 荒い呼吸がやけに部屋に響く。気づけば全身にびっしょりと汗をかいていた。


 眠りが浅いのは今に始まったことではない。

 あの日……魔人の恐ろしさを知った日から、熟睡できたことなど数えるほどしかない。

 魔人との邂逅で植え付けられた恐怖心は、数年が経つ今でも癒えることなくフィーネの中に根付き続けている。


「……まだこんな夢を……」

 最近ではほとんど見なくなっていたのだが、当時は毎晩同じ悪夢を見たものだ。

 魔人とは縁遠いフィーネの故郷でこんな夢を見るとは思わなかった。久しぶりにジャイアント・トレントという強敵と戦ったからだろうか。


 ふと視線を映すと、フィーネの左腕を枕にしてパンダが眠っていた。

 昼間と同一人物とは思えないほどに、パンダの寝顔は安らかで美しかった。

 こうして静かにしていると本当に驚くほどの美少女だ。


 そしてそれに似つかわしくないほどの肝の太さと、逆境にめげない強さを持っている。

 これほど逞しく生きていける少女なら、なにも冒険者になどならなくとも他にいくらでも生きていく道はある。


 しっかりと考えた結果、冒険者に憧れるのならば分かる。

 だがパンダはなんとなく自由で楽しそうだからという理由だけでこの世界に足を踏み入れようとしている。


「……」

 それを引き留めてあげたい。

 自分と同じ過ちを犯そうとしている少女を救ってあげたい。

 いずれ彼女に降りかかる悲劇を未然に防げるとしたら、それは今しかない。

 そしてそれができるのは、同じく中途半端な決意で冒険者となったフィーネだけだ。


 フィーネはそっと、パンダの髪を撫でた。

 まるで我が子を愛でるような優しい指先がパンダの髪をすり抜ける。

 パンダはかすかに息を漏らし、そのまま幸せそうに瞼を閉じている。


「……」

 ……もし。このままパンダが冒険者として生きていくことを決意し、フィーネ達と同じパーティになることを真剣に望むのなら、


「……私が護ってあげるからね」


 静かに髪を撫でながらフィーネはそう呟いた。

 先輩として。同じパーティメンバーとして。パンダと同様に若くして冒険者となった女性として。

 彼女の太陽のような無垢な笑顔を曇らせたくないと、フィーネは心から思った。


「――ふ」

 そんなフィーネの言葉が聞こえているかのように、パンダは小さく笑みを浮かべた。

「……」

「――ふふ」

 しばらく見つめていると、パンダは更に深く微笑んだ。


 ――微笑んだというか、もうはっきりと笑みを浮かべているように見える。


「……」

「……」

「……あんた起きてるでしょ」

「――ンブフッ!」


 耐えきれずに噴き出したパンダを見た途端、フィーネはすぐさまパンダの髪を撫でていた手をどけて胸元に引き寄せた。


「あんたなんなのマジで!! 寝ろよ!! いつから起きてたの!?」

「あなたより先に起きてたわよ。何かうなされてるなぁって心配したんだから」

「ク、ウゥッ――!」

 カァ、と顔が紅潮するのがはっきりと感じ取れた。


 ということは、パンダの頭を撫でたことも、護ってあげる、などと囁いたことも全て聞かれていたということになる。

 その上でパンダはフィーネをからかうために、噴き出しそうなのをぐっと堪えて寝たふりを続けていたのだ。


「あんた、ほんと……まじで。性格、最悪!! 大っ嫌い!!」

「でも護ってくれるんでしょ?」

「ガアアアア!! こんのクソガキィ!!」


 半ば本気でパンダの首を絞め殺そうとするフィーネを、パンダがニヤニヤしながらなだめつける。

 寝ていれば美少女などととんでもない思い違いだったようだ。

 しばらくベッドの中でガヤガヤしていると、フィーネが疲れ果てたようにシーツに沈み込んだ。


「……もういい。寝る」

「ふふ。それがいいわ。明日は国営ダンジョンに潜るんだから、ゆっくり眠りなさい」

「次なんかしたら部屋から叩き出すから」

「――それには及ばないわ」


 パンダはそう言うと、そっと上体を起こしてベッドから抜け出た。

 そのままパンダは部屋の出口まで静かに歩いていった。


「部屋を変えるわ」

 唐突にパンダがそう言った。


「は?」

 トイレにでも立ったのだろうと思っていたフィーネが面食らう。

「何言ってんの?」

「安心して。ロニーの部屋に行くわけじゃないわ。私の部屋をとることにする。宿の主人は寝てるだろうから、明日からね」

「……何よ、急に。今度は何企んでるわけ?」


 訝しがるフィーネに、パンダは、ふ、と彼女には似つかわしくない――と言ってはあれだが――優しい笑みを浮かべた。


「私が傍にいると、あなたいい夢見れないみたいだから」


「……?」

 そのままパンダは本当に部屋を出ていった。

 訳が分からないままそれを見送ったフィーネ。

 彼女にとってはパンダが部屋を出ていくのはむしろ歓迎なのだが、


「……なによあいつ」


 それでも、パンダが去り際に見せた悲しそうな表情が、やけに脳裏に残り続けた。

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