第10話 私のこと知りたい?
森を抜け安全が確保できたところで、採取していた薬草からトリスが即興で薬を作成した。
なんとか一命は取り留めたものの重体のパンダをリビア町に連れて帰った一行は、そのまま教会に直行するつもりでいた。
教会では僧侶による治療が受けられる。冒険者が負った傷も教会で治してもらうことが多い。
しかしパンダは教会に行くことを拒否した。
それよりも、手に入れた虹陽草でエリクサーを作り、それで治療してほしいと言い出した。
普通に考えればあり得る話ではない。エリクサーは非常に高額で取引されており、一つ売るだけで当初の目標であったパンダの装備どころか、パーティメンバー四人の装備を全て新調できるほどだ。
それに比べて教会での治療は営利目的ではないため非常に安価だ。
大損してまでわざわざエリクサーで治療する必要などどこにもない。
だがパンダは頑なに教会での治療を拒み続けた。
一応、ただの考えなしではなくパンダなりの理由を用意しているようだった。
リビア町の神官の質は決して低くはないが、それでも中位までの白魔法しか使えない者が多い。
中位の白魔法ではパンダの重傷を完治させるのにかなり時間がかかる。おそらく二週間は絶対安静になるだろう。
しかしエリクサーならばものの一分もすれば完治してしまう。
その時間分、パンダとトリスのレベリングに時間を費やせるのは大きなメリットと言える。
もしエリクサーが一つしか作れないなら話は別だったかもしれないが、トリスによると入手した虹陽草の量ならば複数個エリクサーが作れるらしいことが分かり、一つなら使ってもいいじゃないかとパンダがゴネた。
……という建前で、手に入れた虹陽草を早速使ってみたいだけという本音見え見えだったことで、一同はため息交じりに了承することにした。
なんとなく、こうなるとパンダは退かないような気がした。
――しかしそれすらもパンダの建前だった。
パンダが教会を拒んだ本当の理由は、パンダが魔人だからだ。
神官は神の使途だ。いかに見た目が人間とほぼ変わりないとはいえ、いざ治療を始めればパンダが魔人だと気づく可能性が高い。
同じ理由で、パンダは冒険者のレベル上げの儀式も受けることができない。
冒険者組合などの施設には、レベルを操るシステムがあるが、その儀式の担当者には対象者のステータスが明らかになってしまう。
そうなればパンダが魔人であること――そしてそのステータス……所持する適正の異常さがつまびらかになる。
そのため、パンダは冒険者であるにも関わらず冒険者に必須の施設を利用することができないという、本末転倒な制限がある。
「まさか虹陽草を採ってくるとはな」
トリスの父、エドガーが興奮冷めやらぬ顔で作業場から出てきた。
別室で待たされていた三人が椅子から腰をあげる。
「どうなりました?」
「あの嬢ちゃんなら無事だ。教会じゃなくてこっちに来たのは正解だったかもな。あの傷は相当なもんだ。この町の神官の白魔法じゃ、ちっと時間かかりすぎるな」
「え、そんなに……? あの子、結構ペラペラ喋ってたから平気なのかと思ったけど」
「んなわけねえよ。右腕と両足はグチャグチャ。体中の骨が四○本は折れてやがる。内臓もやべえことになってた。……正直、生きてんのが不思議なくらいだったぜ」
「……」
トリスとフィーネは驚いていたが、ロニーはむしろ納得の方が強かった。
ジャイアント・トレントの一撃は、少女の体で受けきれるものではない。パンダの常人離れした技能があったからこそ死を回避できたが、その代償は計り知れないはずだ。
「で、でも今はもう大丈夫なんだよね、お父さん?」
心配そうに尋ねるトリスの頭を、エドガーは優しく撫でた。
「安心しろ、エリクサーの効力は半端じゃねえ。すっかり完治したぜ。今はトリスのベッドで休ませてる」
安堵の息が流れる。
パンダがあの様子だから案外大した怪我ではないのかと思ってしまったが、本当に悠長に構えていられる状況ではなかったようだ。
それならばエリクサーを一つ使ったのも無駄ではなかったかもしれない。
「そうだ、お前らにはちゃんと金を払わねえとな」
そう言うとエドガーは部屋の奥へ戻り、やがて一抱えもある大きな袋を持ってきた。
「持ってきた虹陽草の量から作れるエリクサーは三つだ。一つは嬢ちゃんに使ったから、あと二つ分残ってる。そいつをうちで買い取っていいんだったな?」
「ええ、お願いします」
「嬉しいねえ。エリクサーを店に並べられるなんて、薬師冥利に尽きるってもんだ。ほれ、持ってきな」
エドガーから受けとった袋を確認すると、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
相当な大金だ。四人で分けても二カ月は遊んで暮らせるだろう。
「また機会があったら採ってきてくれよ。いつでも取引してやるぜ」
「はは……それはちょっと難しいですね」
あんな化け物とは二度と戦いたくない。せめてロニーのレベルがもう20は上がるまでは遭遇したくもない。
ロニーが苦笑いを浮かべたとき、廊下から足音が聞こえてきた。
ドアが開けられると、そこからパンダが入ってきた。
先ほどまで着ていたボロ布のような服ではなく、白いワンピース姿だった。
森を転げ回った汚れも吹いてもらったのか綺麗になっており、瀕死の容態だったのが嘘のようにケロッとしていた。
「パンダちゃん、無事だったんだね!」
「ええ、もうバッチリよ」
「おいおい嬢ちゃん、いくらなんでもまだ歩くのは控えときな」
「大丈夫よ、ほらこの通り」
スタタタ、と何やら奇怪な踊りを披露するパンダ。確かにどこにも異常はなさそうだった。
「無茶しすぎよあんた」
「もう、素直に誉めてくれればいいのに。ほら、ハグする?」
「結構よ」
「あ、それ虹陽草の報酬ね? どれどれ? へぇ、大金じゃない!」
「ああ、君のおかげだ。重ね重ね、本当に助かったよパンダ。報酬の配分は後で相談しよう」
「配分? 四等分じゃないの?」
「いや、さすがにそういう訳にも」
「え、どうして?」
どうしてと訊かれると、八割方はパンダの手柄だからだと答えるしかない。
「……まあ、とにかく後で話そう。パンダの無事も分かったことだし、今日はひとまず解散にしよう。皆も疲れてるだろうしな」
トリスは折角なので虹陽草の調合についてエドガーに色々教えてもらうとのことでそのまま家に残った。
フィーネは宿に戻り休むと言っていた。
ロニーもまたフィーネと一緒に宿まで戻ったが、シャワーを浴びて汚れを落とすとすぐに身支度をして外へ出た。
目的地は、別れ際に聞いたパンダの家だ。
パンダは所持金の関係で宿をとっていないらしく、町から少し出たところにある湖の近くに住んでいるらしい。
数キロは離れているが、その辺は魔物もほぼ生息していないので安全だと聞く。
「……しかしあの辺に家なんてあったかな」
リビア町に関するロニーの知識は数年前で止まっているが、当時は湖の周辺に人が住めそうな場所などなかった気がする。
「……彼女のことだ、空き小屋とかにこっそり住んでてもおかしくないな」
普通に想像できてしまいロニーは苦笑を浮かべた。
しかしそんなロニーの考えをよそに、それらしき建物は一切見当たらなかった。
周囲を見回してみても、小さな澄んだ湖が一つぽつんとあるばかりで、人が住めそうな小屋などはない。
「もう少し進んだ先にあるのか?」
しかし、そんなところに小屋がぽつんとあるというのも尚更考えにくい。
「仕方ない、少し探してみるか」
ロニーがパンダを探している理由は、やはりどうしても確認したいことがあるからだ。
トリスもフィーネも気づいていないが、パンダの戦闘能力はどう考えても異常だ。
フォレストウルフの時には疑念程度だったが、ジャイアント・トレントとの戦闘を終えた今ならば断言できる。
あれは単なる武芸の天才だとか、そんな言葉では片づけられない。
間違いなく、パンダには夥しいほどの戦闘経験があるはずだ。それこそ、体に染みつくほどの経験が。
なのにレベルが1というのは絶対に有り得ない。
そんな戦闘経験を、一度も敵を殺さずに身に着けられるわけがないし、そんなことをする意味もない。
もしレベルが1でないのならばまだ納得できるのだ。10でも20でも、とにかくある程度のレベルがあるのなら納得できる。
あるいは、パンダがレベルを偽っている可能性だ。
レベルは本人と、レベル上げを行った者にしか分からない。
ご法度ではあるが、傭兵を雇う際にレベルを水増しして申告される場合もないわけではない。
……しかし、レベルが上がれば身体能力が上昇する。してしまうのだ。
技能の高さに誤魔化されてしまいそうになるが、パンダの身体能力自体は、確かにレベル1だと言われても納得できる。
その動き自体を装っている可能性もないではないが、それにしてはパンダは自身の神がかった剣技を惜しげもなく披露していた。
そう、おかしいと言えばそれもおかしい。
自身の持つ技術がレベル1に明らかに不釣り合いであるということを、パンダ自身が自覚していない。最も大きな違和感はこれだ。
彼女は一般的な冒険者の力量を知らないのではないだろうか。
「……関わり合いになるべきじゃないよな、やっぱり」
考えるほどにそう思う。
何か事情を抱えた奇妙な少女。わざわざ首を突っ込む必要はない。
だが森でパンダに伝えたように、彼女がロニー達と仲間になりたいと願うのであれば……ロニーはパンダを受け入れてもいいとも思っている。
パンダがおぼろげに語った彼女の境遇は確かに闇が深そうだったが、彼女はそれをものともせず気丈に笑っている。
ただ自由になりたいと言ったパンダの顔は、嘘を言っているようには見えなかった。
それに、ジャイアント・トレントの一件を考えれば、パンダはロニー達の命の恩人だ。大きな借りがある。
なにより、ロニーにはどうしてもパンダが悪人には見えなかった。
どこまでも明るく無邪気な少女だ。そんな少女が怪しげな施設から逃げ出し、誰も頼ることのできないまま一人冒険者として生きていこうと決意している。
その手助けをしてやりたいとロニーは思っているし、きっとフィーネやトリスもそう思っているだろう。
だがそのためには、やはりどうしても一度パンダと話す必要がある。
どこまで腹を割ってくれるか分からないが、ロニーは彼女を仲間として受け入れるためにも、胸の内を覗いておきたかった。
――もしパンダにやましいことが何もなく、厄介ごともなく、善人で、ただ冒険者として生きていきたいと思っており、その上でロニー達と仲間になるつもりがあるのなら。
むしろこれはロニー達にとってこそ望外な幸運だと言えるだろう。
ロニーは断言できる。
パンダは、将来とてつもない人物に成長するだろう。
五年後か十年後か分からないが、そう遠くない未来。どのような職業の適性を見出そうとも。
彼女はロニーでは決して届かない領域へ足を踏み入れるだろう。いや、既に踏み入れていると言っても過言ではない。
それこそ、人類最強の称号――エルダークラスすらも越えたその先。
――パンダは、勇者にすらなれるかもしれない。
それほどに彼女が放つ異彩は凄まじい。
そんな人物と共に旅ができるのなら、ロニー達にとってもこの上なく有益な話になるはずだ。
「あら、ロニー?」
不意に声がかけられる。
それは紛れもなくパンダの声だった。
すぐ後ろ。湖の方から声がした。気づかなかったが、知らぬ間にパンダの近くまで来ていたようだった。
「パン――」
振り返ると、全裸のパンダが立っていた。
「――」
一瞬、頭が真っ白になる。
パンダは全裸で湖に膝まで浸かっていた。先程までのショートツインテールは解かれ、肩まで艶やかな紫色の髪が伸びていた。
少女らしく未発達の胸囲と毛も生えていない陰部。しかしやけに引き締まった肢体が湖の水を弾いていた。
ロニーももう二三歳の男だ。今更少女の裸体などに動揺することもない。
……はずなのだが、
「……」
ごくり、と思わず喉が鳴る。
パンダの身体は紛れもなく少女のものだったが――ゾッとするほどの妖艶さがあった。
白く月の明かりを跳ね返す肌。その上を水滴が滑るだけで、ロニーは自然とそれを目で追った。
「こんなところで何してるの?」
「……そういう君は何をしてるんだ?」
「何って、水浴びよ。森を転げ回って汚れちゃったから」
パンダは剥き出しの裸体をまるで恥じる様子もなく、局部を一切隠すことなく普段通り話していた。
ロニーはひとまず体を反転させ、パンダを背後に隠した。
パンダの裸に性的に興奮しているというわけではないが、どういうわけかただの少女の裸身とも思えず、意識してしまう。
「……ふふ」
背後から軽い笑いが漏れ出るのが聞こえた。
パンダが今どんな表情をしているのかロニーには想像できた。
ロニーがパンダの裸に動揺しているのを見透かしたらしい。
ちゃぷんと湖が波打つ。パンダが水面から上がったようだ。
「もしかしてロニーも水浴び?」
「……俺は宿でシャワーを浴びた。ここには、君に話があって来た。……水浴びしてるとは思わなかった。すまない」
「話があるならこっち向けばぁ?」
「……じゃあまず服を着てくれ」
「ふふ、初心ねぇ。童貞でもあるまいし」
「どっ……!」
いきなり図星を突かれて思わず声が漏れる。
「え、童貞なの?」
「……女の子がそういう言葉を口にするのはよくないぞ」
「……驚いた。じゃあフィーネも生娘?」
「フィーネ? どうしてそこでフィーネの名前が出るんだ」
「え、あなた達って……え?」
「?」
「……あー、だめだわ。こんなこと聞いちゃったら、私もうフィーネをからかわずにはいられない。あの子がハゲちゃったらあなたのせいだからね」
「どう考えても君のせいだろ」
パンダの心底楽しそうにケタケタと笑う声と共に、布がゴソゴソと擦れる音が聞こえてくる。
近くにタオルや着替えは置いてあったようだ。
「話があるなら私の家に寄ってちょうだい。ちょうどご飯食べようと思ってたところなの」
そう言ったパンダに案内されたのは、湖の近くにあった洞窟だった。
高さは二メートル程度で、奥行は三メートルほどしかない。
「……家?」
「住んでるんだから家じゃない。適当に座ってちょうだい」
確かに僅かではあるが日用品や食料などがある。洞窟の外には小ぶりなお手製ハンモックと洗濯物。どうやら本当にここで生活しているようだ。
「……まさか野宿してるとはな」
「私も初めてしたけど、案外悪くないわよ。水場が近くにあるから生活にそんなに困らないし、夜は風が涼しくて気持ちいいの」
危なくないのか、などと訊きそうになったがやめた。パンダがそんなことを気にするとは思えないし、パンダの力ならばよほどの者に襲われない限りは大丈夫だろう。
「ねえ、火を起こせる?」
「いや、道具は持ってないな」
仕方ないなと呟いたパンダは草や小枝を洞窟から取り出し、器用にこすり合わせて火をつけだした。かなり慣れた手付きだった。
火が大きくなりだしたところで、パンダは更に小さな包みを取り出した。
「じゃーん! ステーキ肉買っちゃったー!」
嬉しそうに取り出したのは、それなりに大きな肉だった。
フォレストウルフの討伐報酬で買ったのだろう。
二つに切って串を刺すと火で焼き始めた。
「お肉なんて久しぶりだわぁ。あなたも半分食べていいわよ」
「ああ、ありがとう。まあ虹陽草の報酬があるから、これからはちゃんとした食事がとれるようになるさ」
「でも四等分したらあまり余裕はなさそうね」
「……そのことなんだが、やはり四等分はやめよう。君の配当を多くしようと思ってる」
「そういうの良くないんじゃないの? 四つに分けたら揉めることもないんだし」
「だが……君がいなければ絶対に成功しなかった」
「そんなの皆一緒よ。トリスが川の場所を教えてくれた。あなたと私でジャイアント・トレントを誘導した。フィーネが最後に魔法で決めた。――私たち、いいパーティになれるかもね」
「……」
「私のしたことなんて大したことじゃないわ」
「――本気でそう思ってるのか?」
思っていた通り、パンダは自身の能力の異常性に何ら違和感を持っていない。
「どういう意味?」
「……今日はそのことについて確認しに来たんだ。――はっきり言う。パンダ、君は何者だ?」
「ますますどういう意味か分からないけど」
「君は本当にレベル1なのか?」
「ええ、嘘じゃないわ」
「じゃああの戦闘技術はどこで身につけた?」
「前に言った施設で叩き込まれたわ」
「……技術だけをか? レベルは上げなかったのか?」
「もちろんレベルも上げたわ」
「……? レベルは1なんだろ?」
「今はね」
「……今、は?」
パンダが何を言っているのか理解できず眉を寄せるロニー。
出鱈目を言っているのかを勘ぐったが、パンダからはそんな様子は見られない。
パンダは、ふう、と一息つくと、逆にロニーの目を見返してきた。
「私からも訊きたいんだけど、あなた森でも何か私のことを疑ってたわよね? ほら、ジャイアント・トレントと遭遇する前から」
「ああ」
「あれはどうして? 何を怪しんでたの?」
「君がフォレストウルフを倒すのを見た」
「…………え、それだけ?」
「そうだ。それで充分すぎるほど、君の剣技は卓越していた」
「……」
パンダは難しい顔をして考え込んだ。
「あんなのでも駄目なのかぁ……そうなるともう逆の技術が必要ね」
あんなの。
ロニーが瞠目し、驚愕し、今まで見た中で最も美しいと感じた剣技をそう言い捨てるパンダ。
「わかった。教えられる限りは教えてあげる。嘘は吐かないわ。信じてくれる?」
「……ああ。君が嫌うなら、広言もしない」
その答えに満足したのか、パンダは焼いていた肉の内一つをロニーへ手渡した。
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