第117話 漆黒の騎士
「上手くハマってるみたいね」
森に轟く戦闘音と、トラップが次々と作動する音を聞きながらパンダは満足そうに笑った。
「さすがホークね。森の中でトラップ込みなら、魔人四人が相手でも渡り合えるなんて」
「ね、ねえ姐御! もういいんじゃないっすか? 逃げましょうよ!」
「いいから黙って続けて」
二人は一つ目のトラップゾーンを作り終えると、すぐに移動を開始。五○○メートルほど離れた場所に二つ目のトラップゾーンを作り始めた。
ホークはやはりパンダ達が仕掛けた罠の存在を感知し、それを上手く利用して戦っているようだ。
しかしそれもすぐに尽きる。その時のために、次のトラップゾーンを作っておく必要がある。
だがキャメルからしてみれば、こうして一箇所に留まって罠を作っている、そのすぐ数百メートル傍まで魔人たちが迫っているという事実の方がよほど恐ろしかった。
「姐御も手伝ってくださいよお! その方が早く済むじゃないっすか!」
「駄目よ。私だって作業中なんだから」
「さっきからそれ、何作ってるんすか?」
「何って、矢よ。見て分かるでしょ?」
パンダは手頃な木の枝を大量に集め、それをナイフで加工して弓矢を作成していた。
「ルイスが矢を何本持ってきたか分からないからね。矢が切れちゃったら大変だし」
「お手製の矢っすか」
「本当は羽も欲しかったんだけど、なんかこの森、鳥がいないのよねぇ。急造だから不細工だけど、まあまっすぐ飛びさえすれば大丈夫でしょ。矢の威力なんてホークには関係ないんだし」
不細工だとパンダは評したが、現地調達で生産していると考えれば十分過ぎるほどきれいな矢になっていた。
キャメルはセドガニアでの一件で、パンダの手先の器用さを痛いほど身に染みている。
スリの達人のキャメルから金を奪い返し、紅茶の入ったカップをすり替えてみせるなど、盗賊という稼業を生業にしていたキャメルからすれば、パンダの指先はそれだけで一財産築けるだけの価値のあるものだった。
「それどうやってホークの旦那に渡すんすか?」
「普通に木の枝にでもまとめて括りつけとくけど」
「……それホークの旦那、気づくんすか? いくら森の中って言っても……それにその場所を旦那が通るとは限りませんし」
「ホークはトラップゾーンに魔人を誘い込むようにして戦うのよ? だったらホークが通りそうな場所くらいわかるでしょ」
「いや全然分かんないっすよ……」
「いいから、あなたはちゃっちゃとトラップ仕掛ける。早くしないとホークがここに来て魔人と鉢合わせする羽目になるわよ?」
「わ、分かったっすよ……」
そう言われてはキャメルも急ぐしかなくなる。
渋々キャメルはトラップの設置に取り掛かるが、鼻歌交じりに弓矢を作り続けるパンダの気楽さに呆れる思いだった。
「姐御って元魔王なんすよね?」
「そうだけど?」
「世界で一番強かったんすよね。そんな魔王様がこんな……地味~な裏方作業ばっかってどうなんすか? 嫌になりません?」
「全然。派手な戦いなんて魔王時代にしゃぶりつくしたもの。サポート側に回ってみるのも面白いものよ」
「……あたしは一生裏方組っすから、分かんないっすね」
キャメルはかつての組織のボス、バンデット・カイザーを思い出す。
彼が何を考えているかは常に明確で、論理的で合理的だった。
そういうところが嫌いだったのは確かだが、パンダのように何を考えているのかさっぱり共感できない上司を持つと、案外どっちもどっちだな、と諦観の念を禁じえなかった。
「さすがに一筋縄ではいかんか」
破魔の矢を放ちながら、ホークは眉をひそめた。
トラップゾーンに魔人たちを誘い込むことに成功し、波状攻撃で畳みかけた。
魔人たちはトラップと破魔の矢のコンビネーションに追い詰められているように見えるが……実際には違う。
むしろ追い詰められているのは圧倒的にホークの方だ。
あの魔人たちは強い。単純な戦闘能力で考えれば一人一人がホークと互角かそれ以上の力を有しているだろう。
いかに森の中とはいえ、普通に破魔の矢を撃っても当たってはくれない。
だからこそパンダが仕掛けた罠を利用するしかないのだが、予想以上に魔人たちは食い下がってくる。
ほぼ理想的な奇襲に成功したというのに、未だに一人すら仕留められていないというのはかなり痛い誤算だった。
「あの男……なぜ破魔の力が効かないんだ?」
唯一破魔の矢が命中した五人目の魔人。
完璧に背中に命中したはずだが、男は未だ生き延びており、さほどダメージも負っていないように見える。
破魔の力が効かなかったということは魔人ではないのか……しかし、であればあの四人の魔人と共闘しているのは不可解。
説明できない事態に、ホークは千載一遇の奇襲の機会を不発に終わらせてしまった。
パンダが仕掛けたトラップゾーンは、味方であるホークすらおぞましく思えるほどに
緻密に計算されつくした配置は魔人たちを次々と罠の連鎖に陥れ、ホークに絶好の狙撃チャンスをもたらし続けた。
……その上で、あの魔人たちは破魔の矢を凌ぎ続けている。
トラップもやがて尽きる。そうなればホークは自らの技能のみで破魔の矢を命中させる必要があるが、この状況で一人すら仕留められていない以上望みは薄い。
「――」
パンダが既に第二のトラップゾーンを制作中なのは、気配から察していた。
トラップゾーンは現在進行形で作成中のようだ。そこにパンダとキャメルがいるはずだが……今はまだ合流できない。
せめてもう少し時間を稼いでからでなくては。
「――ッ」
だがそんなホークの願いを裏切り、魔人たちはトラップゾーンを抜けようとしていた。
向こうには探知魔法の使い手がいるため、ホークの位置は常に捕捉されている。
正確にホークの方角に突き進んでくる魔人たち。
矢を射る。だがトラップの援護なしで正面から命中させるのは至難の業。
せいぜい魔人たちの進行を妨害する程度の効果しかなかった。
「パンダ、そう長くはもたんぞ」
せめてパンダ達がトラップゾーンを作り終え、その場から離脱するまでの時間は稼がなければならない。
幸い、あの魔人たちは今のところ、先程までのトラップの波状攻撃が堪えたのか警戒して進行速度が大きく落ちている。
すぐに距離を詰められることはないだろうが、それも時間の問題だ。
いつでも第二のトラップゾーンに移行できるように後退しながらも、魔人たちを誘い込んでいく。
どこかのタイミングで、パンダに合図を送る必要がある。
それをいつにするか……パンダとの疎通ができていない今の状態では測りかねた。
ただ悪戯に時間を稼ぐだけではいずれホーク自身が追い詰められ、戦況を悪化させてしまうことは目に見えていた。
身勝手な望みだが、出来ればパンダの方から何かしらのアクションを起こしてほしいところだ。でなければ完全にホークの都合で戦況を動かすことになる。
「――」
まるでこのタイミングでホークがそう考えることまで予期していたかのように、ホークはソレを発見した。
無造作に木の枝に括りつけられた、手製の矢の束。
紐でくくられたそれが、ぶらんと不自然に宙に揺れていた。
「……ふ」
ホークが呆れたように苦笑した。
疑う余地もなくこれはパンダからの餞別だ。ホークの矢の残り本数を気にするだけの余裕があるらしい。
ホークがこの場所を通ることもお見通しだったと見える。
行ける、とホークは確信した。
矢の補充が出来たこと以上に、パンダがこの戦場を完全にコントロールしていると分かったからだ。
言葉がなくともパンダの援護を背に感じる。
この状況でそれは頼もしい事実としてホークを支えた。
「……」
不思議な感覚だった。
自分はいつから、魔人をこれほど信頼するようになったのだろう。
かつてあれほど憎んで止まなかった怨敵だというのに。
「――当てにさせてもらうぞ」
ホークは魔法銃を抜き、空に向かって魔弾を撃ち放った。
これがパンダへの合図だ。破魔の矢で魔人たちと戦っているのなら本来魔弾は発射されるはずがない。
その意味をパンダが理解してくれることを期待し、ホークは第二のトラップゾーンへ向かった。
トラップゾーンを超えたと分かったのか、魔人たちの追跡速度が目に見えて上昇する。
二三○メートルまで詰まる。まだ余裕はあるが、五人の魔人を相手にしていると考えれば安心できる距離ではない。
ホークの背後五○メートルほどに、パンダが用意した第二のトラップゾーンがある。
このまま後退しながら迎撃を繰り返せばやがてトラップゾーンに飛び込んでくれるが……さすがにそんな甘い見立ては通用しないようだった。
同じ轍を踏む気はないのか、魔人たちはホークの動向を特に慎重に観察している。
ホークが場所を移動すればすぐにその方角に方向転換してくるが、一方で周囲の警戒を怠ってもいない。
すぐにでも距離を詰めたいはずなのに、ホークが停止すればむしろ魔人たちも立ち止まってホークの次の行動に備えている。
「チッ」
ここで動きを止めれば、この先にトラップゾーンがあると教えるようなもの。
不規則に軌道を変え、特定の場所に注目がいかないように工夫してみるが、それも限界がある。
どうあっても誘い込みたい場所は一つなのだ。どうしてもその場所を中心に移動をする必要がある。
下手な誘導にかかってくれるとも思えない。
さてどうするかとホークが悩ましげに嘆息したとき、
「――ッ、パンダ?」
森からパンダの気配を感じ取った。
ホークからさほど離れていない場所。
この距離であればホークならば事前にパンダの気配を察知できたはず。
やはりパンダは今まで気配遮断スキルで気配を消していたようだ。
そしてそれをこのタイミングで解いた。その理由は一つしかない。
「囮になるつもりか」
それしか考えられない。
スキルを解除したのであれば、それはあの魔人達にも当然気づかれているはず。
確かに誘い出すだけならば効果は絶大だ。
魔人たちの狙いはあくまでもパンダ。今まで居場所が分からなかったターゲットが自分から姿を現したのだ。このチャンスは逃せない。
たとえそこに罠があると知っていても、彼らは突撃するだろう。
ホークの予想通り、魔人たちは一斉に進路を変えた。
無論、パンダがいる地点まで一直線に進んでいる。
当然そこがトラップゾーンだと魔人たちは承知しているだろう。その心構えが出来ているのなら、逆にどんな罠が用意されていたとしても動揺などしないだろう。
試しに破魔の矢をいくつか放ってみるが、魔人たちは軽く回避するだけでホークを気にも留めなかった。
このまま行けば数十秒もしない内に魔人たちとパンダの戦闘が始まってしまう。
――挟み撃ちすべきだ。
ホークは直観的にそう判断した――ということはホークがそう考えるとパンダも予想しているはずだ。
先程まではパンダがホークの支援をしていたが、今度はホークがパンダの戦闘を支援する。
一撃必殺の破魔の矢を後方支援に与えれば、パンダならこの状況を逆転させられるかもしれない。
まして戦場となるのは、パンダが自ら作り出したトラップゾーン。
パンダとキャメルの戦闘力では五人の魔人など到底相手できるはずもないが……パンダならば何か打開策を見出せるとホークは予感できた。
ちょうどパンダとホークで魔人たちを挟む位置に移動する。
その直後、森の轟音が鳴り響いた。
気配を探ると、どうもあの女魔人が魔力弾を撃ち出したらしい。
迷宮で使われた魔力弾とは比べ物にならない火力。
どうやらホークとの攻防では火力を制御していたらしい。あるいは、パンダがあからさまに停止して誘っているから限界まで魔力を溜めてから撃ち出す余裕があったか。
それに続いて、魔力弾が次々に連射される。
二○○メートルは離れているはずだが、それでもびりびりと身体が震えるほどの衝撃。
魔人たちは一旦接近を止め、遠距離から魔力弾で吹き飛ばすことを選んだらしい。
パンダ達のいる場所に大量のトラップが仕掛けられていると予想しているのならいい作戦だ。
魔力弾の爆発で罠が作動すれば周辺の罠を一掃しトラップゾーンを壊滅させられる。
……が、それは相手がパンダではなかったらの話だ。
「――甘いな」
ホークは嘲笑を込めて、木の上から弓を構えた。
その程度の策をパンダが考慮していないはずもない。森の内部をくまなく感じ取れるホークには、パンダがやろうとしていることが理解できた。
ホークが背後から魔人たちを狙っていることは、魔人たちにも知られているだろう。
分かってさえいれば破魔の矢を避けきれると侮っているのなら、まさにパンダの術中だ。
あの魔人たちは自覚もないままに、既にパンダの策略という沼に膝まで飲み込まれている。
――ここで仕留める。
その決意をそのまま体現するような気迫を込めて、ホークが矢を放とうとした、そのとき――
「――なに?」
ホークは奇妙な気配を感じ取った。
「……なんだ、アレは」
我ながら完璧な位置取りだ、とパンダは満足感を感じていた。
つい今しがた魔力弾の連打を受けて危うく死にかけたが問題ない。
魔力弾が撃ち込まれた一帯だけ森が削り取られ視界が開けていた。
その中央にパンダが立ち、数十メートル先から様子を窺っている魔人達を迎え撃つ体勢を整えていた。
魔力弾の連射を生き延びられたのは、パンダが魔力を見通す魔眼を持っていたために、魔力弾の発射前に既に着弾点まで割り出せたという幸運と、遺跡に持ち込んだ一つの武器によるものだった。
ヴァルナワンド。小型の短杖だ。
かつてヴェノム盗賊団が研究のために集めた魔導具であり、ホークとの戦闘でバンデット・カイザーが使用したものだ。
ホークは戦利品としてヴァルナワンドを持ち帰り、それをパンダに渡していた。
今のパンダの主兵装はデスサイズだが、このヴァルナワンドも非常に強力な運用が可能な魔導具だ。
ヴァルナワンドは魔力を吸収し、蓄積した魔力を撃ち出すという機能を持つ短杖だ。
更に魔力を強く吸引する性質も持ち、撃ち出されたリュドミラの魔力弾の軌道を無理矢理逸らす程だった。
ヴァルナワンドの許容範囲内であれば、撃ち出された魔力弾をそのまま吸収できるという、ホークの破魔の力とはまた違った意味で対魔力武器として使うことができる。
これにより魔力弾の猛威から生き延びたパンダは、そればかりかヴァルナワンドに大量に魔力を蓄積できた。
一度だけの解放ではあるが、かなりの大威力の一撃を使用できる。
――迷宮での逃走劇は決して無駄ではなかった。
あのとき、あの四人の魔人は追跡の最中に、女魔人による魔力弾しか遠距離攻撃手段を用いなかった。
パンダが姿を見せれば罠を警戒して魔力弾による牽制を行うはず……パンダにそう予測させる情報を晒してしまったのだ。
加えて、パンダが立っている場所はトラップゾーンではない。
トラップゾーンはそこから南に五○メートルほど進んだ先にある。
彼らは魔力弾でトラップをいくつか爆破できたと誤解しているだろう。
その誤解は後々で効果を発揮する。どうやら第一のトラップゾーンではホークの破魔の矢を凌ぎ切ったようだが、今回はパンダがこの場いる。
先程と同じ要領で凌ぎ切れると思っているのなら、その代償は高くつくだろう。
「――生きているとはな」
その予想を裏付けするかのように、前方から魔人たちが現れた。
それ自体は問題ないが、気になるのは何故か魔人が一人増えて五人組になっていることだった。
「逃げ回るのは終わりか? 死ぬ覚悟はできたということか」
「それはできてないけど、あなた達を倒す覚悟はできてるわよ」
パンダの挑発を受けて不機嫌そうに視線を尖らせる。
陰に潜ませているキャメルは今頃戦々恐々としているだろう。
ホークが一人か二人は仕留めてくれているだろうと期待していただろうに、まさか数が増えているとは。
キャメルにはこの後のトラップゾーンで罠を円滑に作動させるために潜ませている。
魔人たちが戦闘の構えを取る。
前方のパンダだけでなく、背後にいるホークからの攻撃もしっかりと迎撃できる陣形を取っている。
……正直かなりきついが、勝算はある。
この先これ以上の好条件で戦える機会はこないだろう。
既にパンダの脳内では、彼らを倒すための方程式が組みあがっていた。
最低でも二人は倒してみせる自信はある。
いざ戦闘が開始され――
「――待って」
魔人の一人が声を発した。
黒魔導士と思われる少年。彼は視線を別の方向に向けていた。
「誰かいる」
皆の視線がそちらへ向く。
その言葉通り、何者かが木々の隙間からゆらりと姿を現した。
「……なんだ、アレは」
女魔人の訝し気な声。彼女たちだけでなく、パンダもつい眉を寄せてしまうほど、ソレは奇妙な出で立ちをしていた。
全身を覆う黒いフルプレートアーマー。
しかしそれらは一切統一性がなく、兜も手甲もアーマーも、それぞれバラバラのものを無理矢理装備していた。
背には大剣、腰には曲剣、右手には両刃の斧を装備していた。
人型だということは見て取れたが、肌を一切晒さず防具で固めており、顔も一切見えず性別すら定かではなかった。
斧を握っている右手からはシュウシュウと、何かが焼け燻るような異音と共に微かに異臭が漂ってきていた。
装備の劣化具合もバラバラで、新品のように真新しいものもあれば、数十年使い込んだかのように錆びた剣もあった。
まるで装備の廃棄場の山から良さそうなものを適当に選んで身に着けたようなチグハグさ。だが同時に……一目見ただけでぞくりと直感できるほどの暴力の気配を内包していた。
暗黒騎士、としか表現しようのない、謎の騎士だった。
「リュドミラさん、こいつは……」
「……これがこいつの秘策か?」
リュドミラと呼ばれた魔人が、騎士とパンダを交互に見遣る。
どうやらパンダがリュドミラ達との戦闘を選んだのはこの騎士がいるからだと勘違いしているようだ。
それはパンダとしては好都合な誤解のため、あえてそれを解こうとはせず不敵な笑みなんかも浮かべてみせる。
だがその一方で、パンダもこの謎の騎士については対処を判断しかねていた。
――誰これ?
騎士から放たれる気配から察するなら魔人のような感じがするが、不気味だということ以外はとにかく何も推測しようのない騎士だった。
「端的に答えろ。貴様は敵か? それとも」
リュドミラの問いは最後まで続かなかった。
――その時には既に騎士が突進を開始していたからだ。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
獣のような咆哮と共にリュドミラ達に突撃した騎士は大きく跳躍。両刃の斧を頭上から叩きつけた。
咄嗟に両腕で防御するリュドミラだが、騎士の一撃は彼女の想像を大きく超えていた。
「ガッ――!」
両腕の骨が軋みをあげ、受けきれなかった衝撃でがくんと右脚が膝をつく。
騎士が二撃目を振り上げるが、その前に傍にいた魔人たちが戦闘を開始した。
騎士を囲むように展開した魔人たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
が、騎士は俊敏な動きでその攻撃を全て弾き飛ばし、目についた順から襲い掛かった。
狙いは無差別。最も近くにいる魔人が標的となった。
「こ、こいつ……!」
リュドミラ達が狼狽する。
不意打ち紛いの奇襲とはいえ、驚くべきことにその魔人の戦闘力は、その場にいる五人の魔人全てを合わせても尚勝っていた。
「ターゲット変更だ! こいつは並の戦士じゃない!」
本来のターゲットであるパンダよりも。
背後から必殺の矢を狙うホークよりも。
どちらも、今この瞬間に襲い掛かってくるこの騎士の脅威には及ばない。
そう思わせるほどの鬼気迫る攻勢。それは一種の恐怖感をリュドミラ達に抱かせた。
戦場は突如として現れた乱入者によって一辺した。
目の前で繰り広げられる魔人たちの戦いを眺めながら、パンダは唖然とした顔でその場に置き去りにされていた。
状況だけで考えれば、この騎士の登場は嬉しい誤算のはずだが、パンダはそんな気持ちにはなれなかった。
「……なんてことなの……ここまで完璧にお膳立てしたのにーッ!」
試そうと思っていた策が丸ごと消し飛び、コツコツと積み上げた戦略がご破算になったことの方がよほどショックだった。
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