第498話 魂の傷

さきほど武神奉先ほうせんから受けた傷を完全に癒したロランは、オリエ村にある村長宅の広間で胡坐をかき、目を閉じた状態でじっとしていた。


脱力し、呼吸は穏やかで、その身の回りを触れがたく、畏れ多い感じがするなにかが絶えず対流していた。


それは傍から見れば修行僧が瞑想しているようでもあり、声をかけることもはばかられるような雰囲気であったのだが、≪魔星≫たちはいつその状態が解かれるのか固唾をのんで見守っていた。


ロランがこの状態になってからもう数時間が立つ。


斥候の役目を担っている者たちが、各地の戦況を伝えるべく戻ってきており、ロラン付きの参謀となっている≪天間星てんかんせい≫の清賽セイサイは、目まぐるしく変化する戦況に対する指示をはやく仰がねばと気を揉んでいた。



ロランは今、≪天頂神座てんちょうしんざ≫から得たグナーシス・レガシーと呼ばれる力を使ってこのオリエ村の地下を走っているという≪龍脈りゅうみゃく≫と繋がっていた。


この≪龍脈りゅうみゃく≫は、カドゥ・クワーズの世界のいわば血管のような働きをしており、ナミーシア神が吹き込んだという活性エネルギーが絶えず循環し続けている。


K・Yカク・ヨムアヴァターによれば、ディヤウス神の≪カク・ヨム≫計画には続きがあり、完全版≪カク・ヨム≫を使って、更なる力を得るという筋書きになっていたのだという。


それは言わばナミーシア・レガシーともいうべき惑星を巡る活性エネルギー。


物質を司るグナーシス・レガシーと生命の源となる霊的な力を司るナミーシア・レガシーの両方をディヤウス神はその手中に納め、何者にもおびやかされることのないカドゥ・クワーズの完全なる主神に成り上がるつもりであったようだ。


この二つを自在に扱えるようになるということは、それ即ち、カドゥ・クワーズと一つになるということ。


そうなってしまえばもはや誰にもこの世界に手出しなどできない。


かつて、ディヤウス神はそう考えたようだ。



武神奉先ほうせんに、敗北に近い痛み分けを喫してから、どうやったら確実に勝てるのか悩んでいたロランにK・Yカク・ヨムアヴァターは、ナミーシア・レガシーを手に入れることを提案してきた。


自分の分身であるはずなのに、ディヤウス神の存在の名残を微かに感じさせるこのK・Yカク・ヨムアヴァターの提案に対して、ロランは少し警戒の気持ちを持たないではなかったが、勝利の確率を少しでも高めるべく、快諾した。


どのような力で、それを得ることによって何ができるようになるのか。


不安は決して少なくはないが、この戦いは決して負けられない戦い。


ようやく手にした幸せな自分の人生とそれを継続していくためには欠かせないこのカドゥ・クワーズの世界を守るため。



ロランの意識は肉体を離れ、グナーシス・レガシーと共に、≪龍脈りゅうみゃく≫を進み、惑星カドゥ・クワーズの核を目指していた。


核に近づくほどに、温かく、とても懐かしい感じがした。


女性、いや、まるで自分の母親の胎内にいるかのような安らぎと心地よさ。


まるで魂が赤子の頃の真っ新な状態に戻っていくかのような清々しい気持ち。


これまで生きてきて受けたつらい体験による魂の傷が癒えていくようだった。




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