第75話 自然と体が

建物の中は、石を敷き詰めた土間になっており、天井は高く、男たちが十数人稽古できるだけの広い空間があった。

その分内装は粗末で、木板を張っただけの壁には、たくさんの木剣と鉄製のロングソードがかけられていた。


「道場破りというのはこいつらか」


道場の奥で腕組みし、待ち構えていたのは眉間に深い皺が入った五十歳前後の男だった。

背はそれほど高くはなかったが、太い二の腕と盛り上がった胸筋が逞しい。


「はい、道場の前で門弟たちと揉めていたので連れてきました」


門弟の一人が報告すると腕組みしている男がため息を漏らす。


「私はこの道場の主であるノーマンだ。見れば年齢のわりに相当鍛えこまれた肉体をしていることは一目でわかる。おそらく武芸の腕もそれなりなのであろう。だが、当道場は道場破りの相手をすることを禁じておる。私の顔に免じて、今日のところはお引き取りを」


ノーマンという道場主は比較的常識人であるかのようだった。

血気にはやる門弟たちが、「仲間がやられたんだ。少し痛めつけてやりましょう」などと口々に言うのを制止し、静かなたたずまいでシーム先生と対峙している。


「なんじゃ、金玉つけた大の男がこれだけいて、年寄りと子供に負けるのが怖いのか。まさに、ノー・マンじゃのう。情けない、情けないぞ。天下無双の名が泣くのう」


シーム先生はわざとらしく門弟たちを見渡し、嘲るような調子で言った。


「言わせておけば!ノーマン先生、このような者たちを無事に返しては道場の名に傷がつきます。腕の一、二本折って、追い返してやりましょう」


シーム先生の挑発に乗って、門弟たちが詰め寄ってきた。


何分なにぶん血の気の多い者たちが多い。こうなっては私も道場主としての体面がある。子供連れのようですし、穏便に済ませてあげようと思いましたが、口が災いしましたな」


ノーマンは壁から二本、木剣を取ると、そのうちの一本をシーム先生の方に投げてよこす。


「慌てるな。お前たちの相手をするのは儂ではない。この少年じゃ。ロラン、木剣を拾え」


「馬鹿な。自分は手出しせず、こんな子供にやらせるだと。死なせても知らんぞ。貴様、騎士として、いや人としての良心はないのか!」


シーム先生の言葉にノーマンが激怒した。


そうだそうだ。ノーマンの言う通りだ。

心の中でそう同調しながらも、しぶしぶ木剣を拾う。


「勘違いするな。お前たちは全員で、このロランの相手をするのじゃ。得物も木剣でなくてもかまわん。木剣では真の実力を発揮できまい。そこにかかっている本物のロングソード使ってもいいぞ」


シーム先生がさらに煽る。


「このような幼き子供。ノーマン先生が相手をするまででもありません。私はノーマン先生の弟子の末席に名を連ねる者。名前はレオ。年も一番近そうですし、私なら多少怪我をさせても世間からうしろ指を指されることはありますまい。では、参ります!」


まだ十代前半くらいの少年が木剣を取り、一応騎士の礼をするとロランに打ちかかってきた。


ロランの肩口を狙った振り下ろし。

ロランは、完全に油断しきっていたが、自然と体が動き、紙一重で躱してしまった。

そして躱す勢いをそのままに身を翻し、レオと名乗った少年の手首を打った。


あれ?何だ今の動き。


この数日間繰り返しやらされた守の型52の中の一つのほんの一部だった。

その動きから攻の型48の中の一部へ勝手に繋がった。


実を言うとこれらの型の三分の一くらいしか教えてもらってないし、まだたくさん間違えてシーム先生に小突かれてばかりだ。

それでも、無意識に体が動いてしまった。


そして、やりすぎた。


ロランが打ったレオの手首があらぬ方向に曲がり、その場でうずくまり身動きできないでいる。


以前はあれほど重く感じていた木剣が、まるで自分の体の一部であるように軽く感じる。

木剣を持っていても動きに支障を感じない。

それに非力なはずの自分が、加速を乗せた突き以外で、これほどの威力を木剣で出せるとは正直驚きだった。


「このガキ、よくも!」


周りで見ていた周りの門弟たちが壁から得物を取り、ロランに殺到してきた。

その数、十四人。

中には木剣ではなく、鉄製のロングソードを持った者も半数ほどいる。

どうやら今の動きで、手加減無用と判断されたらしい。


「おい、ロラン。木剣でロングソードを受けるなよ。手から木剣を落としたり、折ったりしたら、後で儂が考案した罰ゲームを受けてもらうぞ」


シーム先生が背後から声をかけてきた。


本当に無茶苦茶言ってくれる。

日々、ロングソードの扱いの習得に明け暮れている猛者が十四人。こっちは剣術習って十日も経っていない。


ただ言えるのは、なんだかわからないシーム先生考案の罰ゲームだけは絶対に嫌だ。






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