第76話 紛れもなく

多対一。


正面にいるノーマンは直立不動で動く気配がないが、全方位から迫ってくる門弟十四人にいかに対処すべきか。


シーム先生は型を教えてくれた時、「戦闘においては考えすぎるな。五感を働かせて感じろ。勝ち方は身体が教えてくれる」と言っていた。

思考に時間を取られることで反応が遅れ、敵に後れを取るということが言いたいのであろうが、それは修練を積んだ経験豊富な武芸者の場合にしか該当しないのではないのだろうか。


ロランは、とりあえず相手を集団として見ないで、一対一を連続で行うことで活路を見出そうと迫りくる敵の中から一番孤立した位置にいる相手めがけて間合いを詰め、突きの一撃を見舞った。


「たわけめ、死地じゃ」


シーム先生のつぶやきが聞こえた。


ロランの放った一撃は相手を壁まで吹き飛ばしたが、振り返ると自分も壁を背負ってしまう形となり逃げ場が少なくなった。


正面から跳躍して剣撃を振り下ろしてくる者と左右から突進して来る者。その後続にも人の壁ができてしまった。


≪敏捷:49≫で突破しようにも助走距離が足らず、押さえつけられては負けが確定してしまう。一瞬、スキル≪カク・ヨム≫を使うこともよぎったが、もう目の前に正面の男の木剣が迫ってきた。


まずい。どうしよう。


木剣がロランの頭部を捉えるその刹那、先ほど同様、体が勝手に動いた。


守の型52の≪縛身行ばくしんこう≫から攻の型48の中の≪嵐閃陣らんせんじん≫、そして≪破囲旋はいせん≫へ流れるように繋がる。


跳躍して振り下ろしの一撃を繰り出してきた男は、脇を締め身をよじるような動きと独特の歩法で躱し、左右に迫る敵もろとも振り子のような遠心力を活かした連続の横なぎで打ち払う。そして、姿勢を低くした大振りの一閃で敵を威圧しつつ、壁際を脱出してしまった。


やばい。あの執拗で意味不明な≪型≫の練習は、ただのいじめや嫌がらせではなかった。


その動作一つ一つに意味があり、杖に打ち据えられたときの痛みのせいか体が危機に反応して動いている。まさに、そんな感じだ。


「この小僧、かなりやるぞ。子供だと思って侮るな!」


太い、ガラガラとした声が道場内に響く。


ロランは先ほどの反省を生かし、足を止めることなく、≪敏捷:49≫の速さを生かして、道場内を飛ぶように移動して撹乱しつつ、隙があると思われた相手に自分から攻撃を仕掛けた。


シーム先生から教わった攻の型48のさらに基本となる≪剣撃五法≫切落、刺突、薙、斬上、袈裟を状況に合わせて、色々試してみた。


中には、あれ、この局面ではこれじゃなかったかという失敗があったものの、瞬く間に残り十人をシーム先生の注文通り、木刀を失うことなく倒すことができた。


こうして実戦を経験してみると、鉄製のロングソードを持った相手の方が対処しやすかった。仲間を傷つけないためか振りには迷いというかためらいが感じられたし、その重量ゆえか木剣よりも剣速が遅いし、ためが大きい。


殺傷力は、木剣より断然上なのであろうが当たらなければどうということはない。


さて、残るは道場主のノーマンだけだが、どう出てくるのだろうか。


ノーマンは周囲を見渡し、ロランの前にゆっくり歩み寄ると、両ひざをつき地面に木剣を置き、額を石畳の床に押し付け、ひれ伏した。


「子供と侮り、大変失礼いたしました。この通り謝罪するので、今日あったことはどうか口外しないでいただきたい。もちろん、うちの門下生を指導していただいた謝礼ははずませていただきます。どうか、どうかこの通りです」


かなり耳を澄ませなければわからないような消え入りそうな声だった。


そして、この世界にもあったのだろうか。


ノーマンがとっている姿勢は紛れもなく、ジャパニーズ・ドゲザ・スタイルだった。



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