第272話 敵役の風上にも置けない輩

結局、魔蟲王フージョガとは俺が対峙たいじすることになった。


クー・リー・リンは完全に気圧されて、失禁によると思われる股間の染みを作りながら呆然と立ち尽くしてしまっているし、サビーナさんは気丈に武器を構えているものの、その顔は蒼白ですっかり委縮してしまっている。


魔蟲王フージョガの先ほどの戦いぶりを見るとこの二人が戦闘に参加したところで残酷な運命しか待っていないだろうし、それは避けたい。



シーム先生は先にリヴィウス神と戦い始めてしまい、こちらに意識を向ける余裕はもうなさそうだ。


魔伽藍まがらんで使っていた≪鳳竜双剣ほうりゅうそうけん≫を何処いずこかより喚び出したシーム先生は、それらを使い、リヴィウス神の大鎌と激しく打ち合っている。


激しい激突音と魔闘気の放つ衝撃が辺りに響き渡り、大地と大気が震えている。


二人はその速さと移動力から次々と戦う場所を変えていき、もうかなり遠くへ行ってしまっている。



「さあ、小僧。我らもそろそろ始めようか。まずは戦いの前に名を聞いておこう。名は何という?」


魔蟲王フージョガはつぶらな八ツの瞳をこちらに向け、余裕たっぷりに話しかけてきた。


ああ、今度こそ死ぬかもしれないとロランは内心思った。


シーム先生はすっかり忘れているけど、俺の頭にはまだ≪緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫とかいう封印がされており、魔闘気を使用することはできない状態だ。


緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫を自力で解くには少なくともシーム先生が込めた魔闘気を一瞬でもいいから上回らなければならず、そんな力は今の俺には無い。



先ほどまでのシーム先生との戦いを見るにこのゴキブリ男が、俺のステータスより低いということは無いだろう。


仮に魔闘気が使える状態だったところで、正面からぶつかり合えば負けるのは確実と思われた。


スキル≪カク・ヨム≫を有効に利用し、無敵の創作タイム中に状況の打開を図るしかないが、戦うのか、逃げるのか、まずは方針を決めなければならない。


一方的に攻撃できる時間が十分にあるとして、魔闘気無しの火力でこのゴキブリ男を退治できるのか?


逃げるとしても、サビーナさんやクー・リー・リンを連れて逃げ切るには時間が足りなすぎる。


ああ、どうしよう。


どうして、こうなった?


頭の中で「どうしてこうなった」のAAが踊り出す。


いや、そんなことは分かり切っている。

全部シーム先生に連れ出されたことが原因である。

緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫についてもそうだ。

シーム先生がいなければ、こんな窮地に立たされることは無かった。


遠く離れた高台で双剣によるラッシュを繰り出しているシーム先生に目をやる。

相手のリヴィウス神は防戦一方ながら、その表情には余裕がありそうだ。

魔闘気を全く使っていないようだが、何か不可視の力を使っていると思われるときがあり、ロランの目には見えない何かをシーム先生は必死の形相で時折避けている。

どちらが優勢なのか現時点では読めない。


「ギッ、ギギギッ、どうした、小僧。名乗らんのか?それとも、怖気づいて名前を忘れてしまったのか?」


もうどうにでもなれ。

まずは、スキル≪カク・ヨム≫を発動させて、時間を止めてやる!


サビーナさんは改稿済みだから、今回はクー・リー・リンに使おう。


スキル≪カク・ヨム≫は同じ対象には年に一回しか使えない。

だから、こういう時のために普段から無駄打ちしないようにしているのだ。


スキル、カク・ヨ……。


ロランは咄嗟に振り向き、クー・リー・リンに向かって、スキル≪カク・ヨム≫を発動させようと思ったが、それは叶わなかった。


何かをすると察した魔蟲王フージョガが猛スピードでタックルしてきたのだ。


心の中で、技の名前を言っている間に攻撃するなんて、敵役かたきやくの風上にも置けない輩である。



全てがスローモーションに見えて、全身の骨が砕けた様な音がゆっくりと聞こえてきたような気がした。


あれ……音が……遅れて……聞こえて……くるよ。


ひょうきんな顔の腹話術人形が一瞬頭をよぎったが今はそれどころではない。


吹き飛ばされたロランの小さな体は、クー・リー・リンのすぐ横を通り過ぎ、岩壁に叩きつけられた。


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