第271話 ダンスパートナー

皆の意識が≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルの哀れな最後に向いている中、一人だけそうではない者がいた。


「喝ー!」


シーム先生が気合の掛け声とともに広げた両手を大地に向けて大きく振るような動作をすると全身から荒れ狂う魔闘気があふれ出し、大地を穿った。


放出された魔闘気の奔流が、≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルの亡骸諸共、魔蟲王フージョガとリヴィウス神に直撃する。


同行者が一人殺され、マックさんは負傷。

戦闘はとっくに始まっていたのだ。

卑怯とは言えない。


「きゃあ」


シーム先生が放った技による凄まじい衝撃と巻き起こった突風によって、マックとその肩を担いでいたライラさんが吹き飛び、谷底に落ちてしまった。


一瞬、助けに行こうかと思ったが、シーム先生の意図に気が付き思いとどまった。


谷底は大きな川が流れており、この局面ではこの場に留まるより生存率が高いとシーム先生は判断したに違いない。


後は二人の幸運を祈ろう。



「不意打ちか。やってくれたな」


土煙の中から、魔蟲王フージョガが現れ、シーム先生に襲い掛かる。


魔蟲王フージョガの触角の片方は折れて、黒光りする全身の鎧には細かい無数の傷がついている。

額からもドロッとした体液が流れており、多少のダメージは受けたようだ。


もう一人はどうなった?

リヴィウス神を探すと先ほどいた場所には姿が無く、シーム先生の後方に無傷のまま移動していた。


「シーム先生、後ろ!後ろ!」


リヴィウス神は何もないはずの空間から突然、おどろおどろしい骸骨の彫り込まれた黒い大鎌を出現させるとそれを手に取り、襲い掛かってきた。


リヴィウス神の顔は、先ほどまでの穏やかなものではなく、まるで別人のような醜く歪んだ陰のある表情に変わっていた。


「リヴィウス、この男は俺にやらせろ。こいつは新技の実験台としては最高の逸材だぁ~。良い木偶人形になる」


リヴィウス神はお前のことだろって突っ込みたくなるような意味不明の言葉を発しながら、シーム先生の無防備な背に大きく曲がった鎌の刃を振り下ろした。


前方からは魔蟲王フージョガ、後方からはリヴィウス神。


シーム先生は振り返ることもせず、両手に魔闘気の剣を出現させ、それぞれの攻撃を受け止めると身を翻し、前後の敵に同時に反撃する。


これには堪らず、リヴィウス神たちも距離を取る。


リヴィウス神の胸元と魔蟲王フージョガの右の前腕には斬撃の跡があった。


二人がかりでもシーム先生の方が上だ。

これならいける。


「バーミアよ。でしゃばるでない。この者はお前ごときの手には負えぬ。下がっていろ」


また、リヴィウス神の表情が変わった。

最初に現れた時と同じ、穏やかで静かな顔つきに戻る。


それと同時に禍々しい魔闘気が消えたが、なんだろう?

一瞬嫌な感じがリヴィウス神の全身から感じられた気がする。


「類まれなる豪の者よ。わが身の内の未熟者が随分と失礼をした。我が名は≪冥府と慈悲を司る神≫リヴィウス。貴公の名を聞かせてはくれまいか?」


リヴィウス神は胸の傷などまるで気にならない様子でシーム先生に歩み寄り語りかけてきた。


「敵方とはいえ、神自らの名乗りを受けるとは光栄の極み。礼には礼で応じずにはおれまい。儂の名はシーム・リヒテナウワー。エウストリア王国より剣聖の地位を賜っているが、おぬしらには何の意味も持つまい。百七魔星が一。第七席次、≪天威星≫とだけ名乗っておこう」



「なるほど、二千年前の戦いで、ディヤウスに加勢した百七魔星に連なる魔王であったか。それでは愚弟ガリウスとバーミアが相手にならぬはずだ。フージョガ、この≪天威星≫の相手は私に譲ってくれぬか。久々の好敵手ゆえ一対一でしかと見定めたい」


「いやいや、いかにリヴィウス様でも、簡単にはお譲りしかねます。このような相手、そう出会えるものではないですし、ワシも百七魔星の勇名は聞き及んでおりました。異に≪天威星≫については、別格と」


「そういうな。お前にはそこの髪のある方のわらべを譲ってやる。その者もどうやら魔王級の実力を隠しておるようだぞ。今は小賢しくも魔闘気を抑え、錬気しておるようだ」


リヴィウス神が俺を指差し、それを見た魔蟲王フージョガと目が合う。


そして、俺はそっと視線を外す。


えっ、俺?

二対一で良いでしょ。


リヴィウス神と魔蟲王フージョガはまるでダンスのパートナーを決めるかのような緊迫感の無さで話し合いを始めた。

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