第270話 神霊魂の在処

「てめえらだけは絶対に許せねえ。幾万のウェーダンの民のみならず、ダントンまで……。てめえらの血は一体何色だ!」


マックは人目をはばかることなく涙を流し、そして二メートルほど跳躍した。


「これでもくらえ、氷の不死鳥アイス・フェニックス!」


マックの周囲に発生した数えきれないほどの氷の刃群が魔蟲王フージョガに降り注いだ。


だが氷の刃群のどれ一つとして魔蟲王フージョガの魔闘気を貫くことはできず、その体に届く前に全て砕け散ってしまった。

恐らくだが、先ほどのダストンの大剣による攻撃も同様に魔闘気の分厚い鎧に阻まれ、防がれてしまったのだろう。


魔蟲王フージョガの頭上から攻撃するには高さが足りず、跳躍した理由についてはよくわからなかったが、そういう技なのだろう。


「馬鹿な、≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエル様から授かった力がまるで通じない!」


「ギッ、ギィ。次はワシの番だな」


着地のタイミングで、無防備状態だったマック目掛けて、魔蟲王フージョガが突進していった。

巨体にもかかわらず黒い悪魔を思わせる不快な機敏さだ。


「くっ、まだだ。聖氷の小盾ホーリーナイト・アローン!」


マックは両腕を胸の前で折りたたむようにして、その前にうっすらと光るお一人様にちょうどいい大きさの氷の盾を出現させた。


しかし、魔蟲王フージョガの勢いは止まらず、マックの体を軽々と深い谷の手前の方まで吹き飛ばしてしまった。


「マック!」


仰向けになり動かないマックのもとにライラが駆け寄る。

ライラが、辛うじて意識がある様子のマックを抱き起そうとするとその右腕にあった光る印が消え、輝く人の姿のような物が浮かび上がってきた。


『大天使長様、私はこのような恐ろしい者たちと戦うなど聞いていない。使い捨ての勇者どもの道連れなど御免だ。ひ、退かせてもらう……』


マックの体から出てきたのは、アルゼトの町の宴で見た≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルだった。


「フーリエル様、我ら人をお見捨てになるのですか? 今一度力を……」


マックは血を口元から流しつつ苦しそうに言った。


『う、うるさい。この無能な依り代め……』


その無機質な顔はそのままに怯えた様な声でそう言った。


「フージョガ……」


リヴィウス神がそう呼び掛けると、魔蟲王フージョガが背の羽を広げ、一瞬で≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルの背後に移動するとその細首を魔闘気を纏った手で掴み、地上に引き下ろした。


『ヒィ、無理矢理実体化させられてるぅ。殺さないで。どうかこの場はお見逃しを!二度とあなた方に逆らおうなどとはいたしません』


首根っこを掴まれ地面に押し付けられる形で≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルは命乞いした。

ぎこちないながらも、一応恐怖の表情になっている。


「私の質問に正直に答えたならば、お前を救ってやろう。私は慈悲を司る神。とても慈悲深いのだ」


『は、はい。なんでもお聞きになってください』


魔蟲王フージョガが首を掴み、無理矢理、≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルの顔をリヴィウス神の方に向ける。


「我が最愛の弟、ディヤウスは何を考えている? なぜお前のような粗悪な模造天使など寄こした? 」


『そ、それは私のような者にはわかりかねます。私は大天使長ルーキフェル様に生み出され、その命に従ったまで』


「なるほど、つまりお前を寄こしたのは我が弟ではなく、そのルーキフェルとやらなのだな」


『大天使長ルーキフェル様はディヤウス神より天界と地上の一切を任されている偉大なお方。ルーキフェル様のお言葉は、ディヤウス神の言葉に等しい。さあ、質問には答えました。私を解放しなさい。私に何かあったと知ればルーキフェル様がただでは済ましませんよ』


「まあ、そう急ぐな。最後にもう一つだけ教えてくれないか。我が兄神である≪魔世創造主≫アウグスの切り分けられた神霊魂の在処について、そのルーキフェルから何か聞かされてはいないか?」


『アウグスの神霊魂の在処? 神霊魂の在処とは、いったい何の話を……』


全てを言い終わる前に魔蟲王フージョガが≪聖氷天せいひょうてん≫フーリエルの首を握りつぶした。


フーリエルの目から黒いどろりとした液体が流れ落ち、まるで涙のように見えた。

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