第269話 氷大剣の戦士

リヴィウス神が如何なる力を持っているのかわからないが、こと戦闘に関しては、隣の魔蟲王フージョガの方がよっぽど脅威であるとロランは考えていた。


リヴィウス神からは魔闘気はおろか、敵意や悪意のようなものさえ感じらない。


マックたちもいるし、シーム先生と連携したら何とかなるのではないか。


しかし、そうしたロランの見立てとシーム先生の状況認識は全く異なるようであった。



いつもは余裕綽綽よゆうしゃくしゃくのシーム先生が厳しい表情で先ほどから一言も発していない。

その視線は、魔蟲王フージョガではなく、リヴィウス神のみに向けられており、張り詰めた様子が見ていて伝わってくる。



「ロラン、そして他の者もよく聞け。決して戦おうなどとは考えてはならん。儂がリヴィウス神を足止めするから、散り散りになって逃げよ。儂の身に何があっても決して手出ししてはならん。ただ一目散にこの場所から逃れることだけ考えよ」


こんなシーム先生は初めて見る。

あのガリウスと初めて相まみえた時でさえ、これほど切羽詰まったような感じではなかった。


「おいおい、シーム殿、それはないぜ。せっかく故郷ウェーダンを滅ぼしたかたきと出会えたんだ。逃す手はないぜ」


マックはそう不敵に言い放つとリヴィウス神のもとに歩み寄り始めた。

仲間の二人も後に続く。


「マック、よさんか。無駄死にするだけだぞ」


「シーム殿はそこで見ていてください。守護天使に見出され、授かったこの力」


マックの右腕には無機質な光を放つ印が浮かび上がっており、全身をその光が包み込み始めた。


「フッ、守護天使……」


何が可笑しかったのか、リヴィウス神はそう呟くと吹き出し笑いをした、傍らの魔蟲王フージョガも同様に笑い出してしまっている。


「リヴィウス様の相手をしようなどとは身の程知らずな奴。貴様ら雑魚の相手などワシ一人で十分よ」


ようやく落ち着いたらしい魔蟲王フージョガがマックの前に立ちはだかり、あざけったような表情で見下ろした。

人型になっても残る八つの目には残酷な光を湛えており、その異常に大きな黒目にはどのような感情が宿っているのか見当もつかない。


「マック、まずは俺にやらせろ。俺の≪氷の大剣アイスソード≫で奴らの余裕の表情を凍り付かせてやる」


確かバストンみたいな名前だったと思う大剣の戦士が、真直ぐ魔蟲王フージョガに向かって駆け出し、その大振りの大剣を胴体目掛けて薙ぎ払った。

大剣には青白い光と凍気が帯びていて、当たればただでは済まない感じは出ている。


しかし、あくまでも感じだけだった。


甲高い金属音があがったものの魔蟲王フージョガの黒光りする胴には傷一つ付いていなかった。


それどころか先ほどの金属音は、大剣がへし折れた音だったようだ。


「嘘……だろ……」


多分、ガストンだったと思う名前の人は愕然とした様子で呟き、それが彼の最後の言葉となった。


「じょ〇じ……」


魔蟲王フージョガの黒い外皮に覆われた右腕が大剣の戦士の分厚い鎧に覆われた胸元を貫通し、大穴を開けた。


腰を低く下ろし、まるで空手の正拳突きのような、そんな一撃だった。

力任せではない武の気配。

それが魔蟲王フージョガには感じられた。


「ダントーーーーン!」


マックの悲痛な叫びが周囲の山々の間を木霊こだました。


そうか、ダストンって名前だったのか。

マックのウェーダン訛りのせいで少し聞き取りにくかったとはいえ、何度も名前を間違ってごめんなさい。

たしか、お菓子くれたこともあって、色々と親切にしてくれたのに、ごめんなさい。


あなたのことはもう忘れないよ。


さらば、ダストン。

勇敢な氷大剣の戦士よ。

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