第273話 やっぱり俺は死んだんだ
パ〇ラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ。
思わずあの名シーンが脳裏に浮かぶような姿勢で地面にうずくまる。
全身に力は入らないし、衝撃で脳が揺れたのか意識が朦朧とする。
眼を閉じてしまいたい。そんな誘惑にかられる。
「おい、ロラン。お前、何あっさりやられてるんだよ。死ぬのは構わないけど、せめてあの黒い化け物倒してから死んでくれよ!」
クー・リー・リンが何やら自分に都合のいいことを言っているが、もうどうでもいい。
おや?
何か背中があったかいナリ。
「ロランくん、駄目よ。しっかりして! 大丈夫、私が助けるわ。気をしっかり持って」
ああ、そうか。
サビーナさんが癒しの力で何かしてくれているのか。
でも、もういいんだ。
きっと俺はもう助からない。
呼吸が困難だし、全身の力が入らない。
起き上がることはおろか、自分で寝返りを打つことすら出来そうにない。
視界も霞むし、それに寒い。
なんだか、とても寒い。
ロランはそっと目を閉じた。
どれだけ時間が経っただろう。
恐ろしく長い時間が過ぎたような気もするし、一瞬であったような気もする。
気が付くと全身の痛みは消えていて、立ち上がることができた。
周囲を見渡すと白一色に染め上げられた部屋のような空間に立っていて、辺りにはサビーナさんたちも、魔蟲王フージョガもいない。
「そうか、やっぱり俺は死んだんだ。ということはここは天国かな?随分と殺風景なところだけど……」
部屋の四方は壁に囲まれていて、よく見るとあちこち亀裂が入っていた。
ロランが触って確かめよう近づくと、その亀裂はどんどん大きくなって、目の前の壁が崩れた。
「よう、相棒。随分と酷くやられたな……」
崩れた壁の向こうは一寸たりとも見通せない深い漆黒の闇だった。
そして、その闇の向こうから誰かが語りかけてきた。
「誰だ!」
ロランは身構え、腰の≪魔法の革袋≫から愛用の小剣を取り出そうとしたが、なぜか革袋は無かった。
「誰って、俺だよ、俺。わからないのか」
オレオレ詐欺のような返事を返してくるその声にどこか聞き覚えがあったが思い出せない。
やがて、焦れたのか、闇の向こうからその声の主がやってくる気配がした。
「俺だよ。
漆黒の闇の中から、この白い部屋に入ってきた男の姿を見てロランは絶句してしまった。
伸ばし放題に伸びた髪、無精ひげ、醜く突き出た腹。
まさしく三十九歳当時の高橋文明だった。
そんなわけはない。
高橋文明というのは前世の俺で、つまりロラン自身でもある。
「嘘だ。そんなわけない。だって高橋文明は前世の俺だ」
「かつてはそうだった。だが、今のお前は厳密な意味で言うところの高橋文明ではない。高橋文明の人生で蓄積された心の闇と深く刻まれた心の傷を漂白された存在、それがお前だ。高橋文明を高橋文明たらしめていた暗黒面を失い、もはや高橋文明というより、
「それじゃあ、お前は……」
「そう、俺こそが高橋文明のアイデンティティであった負の側面を色濃く受け継いだ高橋文明の中の高橋文明と呼ぶにふさわしい存在だ。あのガリウスとかいう神が使った≪ギルティ・オブ・ブライブリー≫によって、切り離され増幅された高橋文明の心の闇はそれ自体が自我を持つに至り、やがてはお前を飲み込み、完全なる≪闇の王≫高橋文明として新たに爆誕するはずだった。しかし、そこに転がっている鳥公の仕業で、≪堕天≫は不完全な状態のまま終了し、一なる魂魄が俺とお前の二つに分かたれてしまったのだ」
高橋文明が指さした部屋の隅には傷つき身動き一つしない黄色い鳥が横たわっていた。
そうか、やっぱりピーちゃんは普通の鳥じゃあなかったのか。
そして、≪堕天≫時に俺自身が消えてしまわないように守ってくれたあの黄金色の光はピーちゃんだったのだ。
「いいか、ロラン。俺とお前は本来は溶けあい混じり合って一つの完全な人格になるはずだった。だが、時が経ち、俺は今の自分が気に入っている。お前を取り込んで別の高橋文明になるなど、御免だ。お前もそうだろう?」
高橋文明の問いかけに、無言でうなずく。
だって、もとは自分だったとはいえ、こんな変な奴とフュージョンしちゃったら、またもとの社会不適合者に戻ってしまうかもしれない。
「ロラン、時間がないんだ。どうやらその鳥公が、魔蟲王フージョガの魔闘気から俺たちの魂魄が砕かれてしまわぬように守ってくれたようだが、肉体の方が先にくたばりそうだ。この体しばらく俺に貸せ。俺が何とかしてやる」
「何とかって、どうする気?」
「いいから、ここは俺を信じろ。お前だってこんなところでまだくたばりたくなんかないだろう」
そうだ。
童貞のまま再び死ぬわけにはいかない。
それに他にも未練がたくさんあるのだ。
「安心しろ。不本意だが主人格はあくまでお前のようだ。お前の許可が無ければ俺はこの体を自由にできないし、お前が元に戻ろうと強く願えば俺は引っ込まざるを得ない。大丈夫だ。さあ、俺を自由にしてくれ。そのお節介な鳥公が目を覚ます前にな」
高橋文明は俺を安心させようと、優し気な笑みを浮かべようとしているようだが、その不細工な顔立ちのせいだろうか不気味さが一層増したような気がする。
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