第274話 生きてさえいれば
クー・リー・リンは地面に、横二列で並んでいる六つの丸い痣がある額を押し付け平伏した。
迷っている場合ではない。
どんなに惨めでも生きてさえいれば挽回のチャンスはある。
ロランの奴のように死んでしまったらそこで終了だ。
故郷であるセイリョウ国を失い、西へ逃れる流浪の日々で自分たちよりも下賤の者たちに頭を下げ、泥水を啜りながらこの国へやってきた父王たちのことを思えば何でも耐えられる気がした。
それに亡国の王族であるクー・リー・リンにとってこのような恥辱はいわば慣れっこであった。
エウストリア王国での肩身の狭い外国暮らし。
異国の王の庇護下にあるとはいえ、国を失った身の上、同じぐらいの貴族の子らにいじめられたり、馬鹿にされたりというのはいつものことであった。
一族の立場が危うくならない相手にはスキルを使い報復して気を晴らしたこともあったが、それでもこのような惨めな真似を何度してきたことか。
「魔蟲王フージョガさま、私はあなた方の敵ではありません。あのシームという男とそこのロランという悪童に無理矢理、連れまわされていたのです。お救い頂き、本当にありがとうございましたー」
私はああはならないと、横目で動かなくなったロランの姿を見る。
「何だ、この期に及んで仲間割れか? 」
「いえ、滅相もございません!私はこいつらの仲間などではありませんし、それに魔蟲王フージョガさまに役立つ情報をたくさん持っております」
「ギギッ、どのような情報を持っているというのだ?」
「はい、私はこう見えてもとある国の王族に連なる者で、エウストリア国王の庇護を受けております。エウストリア国の内情や王侯貴族のことなどお教えできると思います。命じてくだされば、間諜でも何でもしますし、どうか命だけはお助けを……」
「自分が世話になっている者たちを裏切ろうというのか。その幼さで随分と見下げたやつだ。その身に帯びた微かな聖光気は不快だが、≪堕天≫させれば、なかなか面白いことになるやもしれぬな」
「何卒、何卒……」
クー・リー・リンは血がにじむほどさらに額を地に押し付けた。
「その顔の黒さもどこかワシに似通っておるし、良いだろう。今日は気分も良い。リヴィウス神様におぬしを≪堕天≫していただくように頼んでやる」
「あ、ありがたきしあわせでございます」
≪堕天≫って何だ?
でも、何だかわからないが、助かりそうな流れだ。
「それで、その女はどうする? 見れば、その
見るとサビーナが両腕をだらんとしたままのロランの奴を抱きしめ、蟲王フージョガ様と私を睨んでいる。
どうやら、癒しの術による回復はあきらめたようだ。
「そんなロランの屍など抱きしめてないでサビーナさんも降伏した方がいいですよ。蟲王フージョガ様は心の広いお方です。今なら間に合いますよ」
「リーさん、恥ずかしくはないのですか? ここまでともに修行してきた同門ではなかったのですか?」
この女、情けをかけてやったのに余計なことを言いやがって。
それに何が同門だ。
剣聖技を教えてもらってるのはロランだけだし、私なんか両手に盾を持たされて毎日意味のわからない修練を積まさせられている。
もういい。どうせオークたちに好き放題汚された女だ。かつては清らかだったお姉さまとは違う。
そんなに死にたいのなら、殺されてしまうが良い。
サビーナの非難に反撃しようと口を開きかけた時、信じられないものを見てしまった。
「何だ……あれ……」
見間違いかと思って二度三度、目をこする。
サビーナの豊かな胸に抱かれたロランの髪色が、赤みがかった明るい金色から徐々に黒く染まり始めたのだ。
まるで日が完全に沈み、夜が訪れたかのような色の変化。
「きゃっ、痛ッ」
サビーナが声を上げ、なぜかうっとりとした表情を浮かべた。
ロランの手がサビーナの乳房を鷲掴みにし、そして二度三度強く揉む。
「中からずっと見ていたが、お前良い身体してるな。処女じゃないから、結婚はできないが愛人か奴隷になら、してやってもいいぞ」
黒髪になったロランが物騒なことを口走りながらゆっくりと立ち上がった。
「お、お前、本当にロランなのか? その髪、その顔の模様は何だよ!」
ニチャアと笑うロランの額には見慣れない黒い奇妙な文様があり、よく見ると手の甲の方にも何か同様のものが見える。
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