第29話 チャンスを待つのだ
スキル『カク・ヨム』を授かってから今日まで、ある種の万能感に酔っていた。
世界のありとあらゆるものが、自分の思い通りになると思い込んでいた。
自分以外に≪異世界転生者≫がいることなども想像していなかったし、それがダミアンのような殺人鬼であるとは本当についてない。
ロランは与えられた五分間の閲覧タイムの間、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
スキル『カク・ヨム』が解除され、時が動き出す。
周囲の音が戻り、ダミアンたちが一斉に動き始めた。
ダミアンは何の薬効も持っていないらしい穀物の粉をジネットに飲ませると恭しく一礼して退出した。
ジネットはダミアンの偽りの優しさに感謝して、何度もお礼を言っていた。
ロランは空き部屋になっていた城の一室を自分の部屋として住ませてもらうことになった。部屋の中は収納のための棚やキャビネットが備え付けられており、机と寝台まであった。
アキムの家で川の字になり兄弟たちと寝ていたことを考えると少し寂しくなったが、格段の待遇改善である。
服もセドリックの亡き息子ヨナタンのおさがりを貰い、早速着替えた。
夕食の時間になり、食堂に行くと思わず心臓が止まりそうになった。
セドリックの他に、ダミアンがいたのだ。
なぜ、こいつがここに。
まさか、同じ城内に住んでいるのか?
「ロラン、何をしているんだ。はやく、ダミアンの隣に座りなさい」
「は、はい」
養子になったからか、一応はダミアンより俺の方が上座だった。
ジネットは体調がすぐれないので、彼女の部屋で一人、食事を取るようだ。
ロランが席に座ると、城の召使いが料理を運んでくる。
メニューは、パンとスープ、焼いた野菜の添え物、それにステーキだった。
デザートとしてなのか、果実の干したものも配られた。
農民時代には考えられないご馳走だった。
「セドリック卿、本日は夕食にお招きいただき、誠にありがとうございます」
ダミアンは、礼儀正しく目礼すると、一瞬こっちを見た。
お招きということはこの城には寝泊まりしていないようだ。
危ない、危ない。
「いや、妻もこの通り体調がすぐれないし、この広い食堂で二人きりでは寂しいと思ってな。それに君の近況も聞きたかったのだ。今年で学園は卒業だろう。今後は、どうするつもりなんだ。君ほど優秀であれば、あちこちの騎士団や貴族から声がかかっているんじゃないか」
「はい、ありがたいことにたくさんの誘いを受け、まだ迷っています。セドリック卿には亡き父の代わりに学費や仕送りまでしてくださり、おかげさまでこうしてどうにか卒業できそうです。このご恩を返すため、卿の下で今は亡き最愛の友ヨナタンの代わりに粉骨砕身働くつもりでしたが、セドリック卿は養子をとられましたしね」
ダミアンが再び凍り付くような鋭い目でこっちを見た。
「忌々しいガキめ」とでも思っているのだろう。
≪近況プロフィール≫には「追い出すか、亡き者にしようと思っている」と書いてあった。
油断はできない。
今現在の優位点は、ダミアンがスキル『カク・ヨム』により自身の正体が暴かれたことを知らないことだけだ。
俺のことを取るに足りない、ただの六歳児だと油断している。
見た目は子供、頭脳はおっさんであることを知らない。
とにかくダミアンの正体を知っていることだけは絶対に悟られてはいけない。
今は何もできないが、奴の油断を誘い、チャンスを待つのだ。
こんな危険な奴は野放しにしておくわけにはいかない。
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