第30話 穴倉で嵐が去るのを待つ

野放しにしておけないといってもどうすればいいのか。

ダミアンを止めようにもスキル『カク・ヨム』が効かない以上、俺に何ができるだろう。

人に危害を加えないように説得する?

殺人鬼を?

≪直近のプロフィール≫に殺人衝動が一定周期で湧きおこるって書いてあったぞ。


「どうした、ロラン。食欲がないのか? 」


しまった。

考え込んでいたので、食事をとる手が止まってしまっていた。


「ううん、あまりにご馳走だから、びっくりしちゃった。もぐもぐ、うわぁ、こんなおいしいお肉はじめて食べたよ」


危ない、危ない。

ダミアンに変だと思われてはいけない。

ロランは、杯に注がれた水で口中に残った固い肉を流し込んだ。


「それで、ダミアン。学校にはいつ戻るんだ。収穫期休みはもう終わるんだろう」


「はい、二、三日中には、カルカッソンの寮に戻ります。卒業試験も近いので」


「そうか、君は優秀だから首席も有り得るという評判が私の耳にも届いている。私も鼻が高いよ」


「ご期待に沿えるように全力を尽くすつもりです」


礼儀正しく、紳士然として受け答えするダミアンの整った顔を見上げながら、ロランは考えた。


この殺人鬼、数日後にはいなくなるらしいぞ。

であれば、無理に行動に移すより、用心深く身を守り、穴倉で嵐が去るのを待つ野生動物のように、待っている方が得策ではないだろうか。


ダミアンは、この先もたくさんの人を殺すかもしれないが、冷静に考えれば俺には関わりのないことだ。

正直言って、これ以上関わり合いになるのは御免だった。


スキル『カク・ヨム』で改稿した他人にダミアンを始末させたり、≪ステータス・リライト≫で得た体力と敏捷力を活かして直接対決するという方法もないわけではない。

だが、殺人鬼を止めるために、俺が殺人者になってどうする。


俺は、卑怯者と言われても自分の手を汚すのは嫌だ。

血がブシャーとか、頭をガンッとかしたら、夢に出てきそうだろ。

俺は正義の味方じゃない。


「ロラン、私たちもカルカッソンに数日中に向かうぞ。お前の騎士学校への編入手続きをしなければならないし、私も代官としての仕事があるんだ」


なん……だと……。


騎士学校ってなんだ。

確かに異世界物やラノベとかでよく出てくるが、何を学ぶ場所で何のためにあるかわからない、あれのことか。

ここで、お約束の学園ものとかに突入していくのか、俺の人生は。

しかも殺人鬼の上級生と共に。


「ああ、心配はいらないよ。カルカッソンには、わしの別邸があるし、一年の半分はそこで過ごすんだ。寮には入る義務だが、心細くなったら外出許可をとればいつでも会える」


そういう問題じゃない。

俺の意思は?


なんか騎士学校に通うのがもう決まっているような口ぶりだが、この世界の騎士になるには必須のことなのだろうか。

しかも、知り合いが一人もいない学校に編入とかアウェー感が半端じゃない。

編入生とか転校生とか、いじめられる確率高しだろう。

せめて入学からやらせてくれまいか。


学校か。

正直、行きたくないな。

学校には前世でもろくな思い出がない。

クラスカーストは最底辺というか、番外編みたいな存在だったし、たくさんいじめも受けた。

友人だって、人生で一人もできたことがない。


ちょっ、待てよ。

ただでさえ、嫌な学校なのに、輪をかけて、騎士学校だぞ。

鎧で蒸れた汗臭い野郎どもと寝食を共にするんだろ。

男子校とかこの世の地獄だろ。

嫌だ~、絶対に嫌だ。

こんな目に合うならウソンの村で「農民王」になっていた方がマシだった。

俺、絶対ルート間違えたわ。


ああ、なんかダミアンとか殺人鬼とか、もうどうでもよくなってきた。


それぐらい、騎士学校行きたくないわ。









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