第31話 手加減を間違えた
翌日の朝食後、セドリックに連れられ、城から少し離れたところにある練兵所にやって来た。
ここは騎士爵セドリックの配下の兵士たちが文字通り訓練する場所で、今日も十数名ほどが汗を流していた。
兵士たちはセドリックの姿を見つけると機敏な動作で整列し、気を付けの姿勢のまま、待機した。
兵士たちの列の端に、ダミアンもいた。
父親がセドリックの部下だったとプロフィール欄に書いてあったから、その縁でこの練兵場に出入りしているのかもしれない。
やはり、ダミアンとセドリック夫妻との結びつきは強いようだ。
「諸君、おはよう。今日も精がでるな」
「セドリック卿、おはようございます」
セドリックの挨拶に兵士たちは一糸乱れず、揃った発声で返した。
セドリックが兵士たちにロランが養子になったことを話すと、皆口々に「おめでとうございます」と祝福の声を上げた。
「ロランです。皆さん、どうかよろしくお願いします」
子供らしく、深々とお辞儀すると皆の視線が少し和らいだ気がした。
こういう時、子供って得だよな。
自己紹介が終わると、ダミアンが挙手し、ロランに剣の使い方を教えてはどうかと提案してきた。農民育ちの子供が騎士学校に通うのならば、剣の扱いぐらいできなくては、皆の笑いものになってしまうという理由のようだった。
ダミアンのことだから、何かたくらみがありそうだと警戒したが、義父セドリックはよくぞ言ったとばかりに満足げな顔で頷くと、手頃な木剣を持ってきて握り方を教えてくれた。
木剣は思ったよりも重くて、今の腕力では振り回すのも一苦労だ。
敏捷は普通の大人の五倍ぐらいあるが筋力は一般的な子供と変わらない。
高速で走ったり、素早い物体を目でとらえるとかは敏捷の範囲だが、重量物を持ち上げるとかは筋力の数値を上げなければならないようだった。
重量物を持っていると移動できる速度にも制限がかかるし、ぶっちゃけ木剣なんか持たない方が戦闘力的には上であるような気がした。
うろ覚えだが、≪ぼうぎょりょく≫が93で、HPも84だったはずだから、高速で移動してその勢いのまま体当たりするのが一番の攻撃手段じゃないだろうか。
あえて技に名前を付けるなら、何だろう?
バッタ・クラッシュとか。
一瞬、実験中に額に張り付いていた虫を思い出してしまい、頭を左右に振ってグロテスクな記憶を振り払う。
「僕が相手役をしてあげよう。ロラン、騎士の剣とは何たるか。教えてあげるよ」
ダミアンは自らも木剣を持ってきて、俺の前に立つ。
口元には微かに笑みが浮かんでいる。
あわよくば少し痛い目を見せるか、恥をかかせようとでもたくらんでいるのだろう。
冷酷で嫌な笑みだ。
なるほど、セドリック卿に媚びを売りつつ、自分との格の違いを見せつけることで俺を委縮させ、兵士たちにもどちらが養子としてふさわしいかアピールする。
こいつが考えそうなことはそんなところだろう。
俺を品定めする意味もあるのかもしれない。
まさか衆人環視の中、命を狙われることはないだろうが油断だけはしないでおこう。
「さあ、どうした。その剣は飾りか? セドリック卿の息子としてふさわしいか、勇気を示せ。かかって来るんだ」
ダミアンは木剣をくるくる回しながら、左右の手に持ち換え挑発してくる。
剣術には相当自信があるようだったが、こいつの剣技スキルは殺した誰かから奪ったものだというのを俺は知っている。
人を殺して奪ったスキルで、年下の子供にマウントを取る。
なんて嫌な奴だ。
「行きます。えいっ」
重たい木剣を振り回すのは疲れるから、剣の先をダミアンに向けたままダッシュで突進。
これなら俺は痛くないし、木剣の重さで速度は少し落ちるけど問題はないはずだ。
俺の予想より威力があった場合、ダミアンに死なれても困るのでターゲットは剣を握る右手の中指辺りに決めた。
全力ダッシュで一気に間合いを詰め、ダミアンの手にチョンと触れてバックステップで下がる。
ダミアンは何が起こったのかわからないようで呆然と立ち尽くしている。
「お、俺様の指があ。」
見るとダミアンの右手の中指と薬指が変色して、明後日の方向にひん曲がっていた。
しまった。手加減を間違えた。
剣を落としてしまうくらいのダメージでよかったのに。
ダミアンはその場で両ひざをつき、両眼に涙を浮かべ、こっちを睨んでいる。
「おのれ、下賤な農民の分際で、この俺様のおぉ、指を。殺してやる。殺してやるぞぉ」
おいおい、口調も変わってるし、本性隠すの忘れてるぞ。
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