第115話 きついっすわ

「シーム先生、じゃあ……あれは……」


「おお、あれか、あれも多分旅人だろう。外傷が少ないわりに頭が捥げているから即死だったんじゃないかな。割といい身なりしているから、羽振りの良い行商か何かじゃろう」


「こっちの奴はどうでしょう」


「ナイスバディじゃな。ガスで腹が膨れかかっておるが、それでもなかなかいい女だぞ。なんで服着とらんのかわからんが、勿体ない。生きておったら、まず声をかけたであろうに……。待てよ。そうか、わかったぞ。謎は全て解けた。あの下半身露出ゾンビとこの全裸ゾンビは生前、けしからんことをしている最中に魔物に襲われた。決まりじゃ。じっちゃんの名にかけて、間違いない」


エロ爺のじっちゃんが誰なのかはわからないが、そんな他愛のない話をしているうちに周囲には五体のゾンビが集まってきていた。


下半身丸出しゾンビ、行商ゾンビ、全裸女性ゾンビ、あと行商の使用人か何かだったんだろうか、モブな感じのおっさんゾンビが二体。

そういえば昔からゾンビ映画では露出が多い女ゾンビが混ざっているのはお約束だよね。



アンデッド。


それは、かつて生命体であったものが、すでに生命が失われているにもかかわらず活動するという超自然的な存在である。


ゾンビ、スケルトン、マミー、グール。


ファンタジー小説やゲーム、ホラー映画ではお馴染みの彼らであるが、正直その設定は曖昧というか適当でツッコミどころが多い。


筋肉は腐れ落ち、関節を支える腱も無くなったりしているのにどうやって立って歩くのか、眼球が無いのにどうして生者を追いかけることができるのか等々、それはゾンビだからの一言で片づけられているような荒唐無稽こうとうむけいな存在である。


高橋文明として生きていた頃、小説投稿サイトで、薬品開発部門を持つ国際的ガリバー企業の世界征服計画を、偶然そのたくらみを知ったとある町の町内会が阻止するという筋の小説を書いたことがあった。

人間をゾンビにしてしまう恐ろしい細菌兵器を使って、町内会を追い詰めていくまでは良かったのだが、つい調子に乗って、その企業と町内会以外を全員ゾンビにしてしまい、ストーリーが破綻してしまった。


ゾンビだらけになった地球に於いては従業員に支払う給料は紙くずになってしまうわけで、彼らが何のためにその企業の指示に従っているのか説明がつかなくなってしまったのだ。


その企業にしてもゾンビだらけになった惑星を征服したところで、ゾンビ相手に商売するわけにはいかないし、何より自分たちが生み出したゾンビたちから身を守らなければならなくなるなど、多くの矛盾の発生で筆が止まった。


一応、最新話で一日3PV前後の読者がいたので、エタらせるわけにはいかないと思い強引に終わらせたのだが、ゾンビに噛まれたことで、自らもゾンビになってしまった町内会長が、噛みついてきたゾンビと恋に落ち、しかも他のゾンビたちと新しい町内会を作るという最終話がとても不評で、二度と小説にゾンビを登場させないと誓った苦い思い出があった。


おっと、話が脱線してしまったが、とにかくこのゾンビという魔物は色々おかしいところがたくさんあるモンスターなのである。


「ロラン、良い機会じゃ。こいつらの相手をお前ひとりでするんじゃ。生前の姿を残している相手に同情はあろうが、可哀そうだからといって殺されてやる訳にもいくまいて」


シーム先生はまるでゾンビに囲まれていることなど気にしていないかのように、以前誰か別の旅人が使ったと思われる焚き火跡に枯れ木や落ち葉を集め始めた。

どうやらこの緊迫の最中、焚き火を起こす気らしい。


「儂の方に来るんじゃない。お前の相手はあいつじゃ」


シーム先生は自分の方に向かってきたゾンビをいともたやすく躱し、背後に回ると俺の方に向かって蹴って寄こした。


これで完全に五対一。囲まれてしまった。



シーム先生は加勢する気がなさそうだし、しかたない。


ロランは小剣を抜き、少しずつ無造作に近づいて来るゾンビたちを観察した。


やはり存在自体が説明のつかない怪物に思えた。


頭部が無かったり、目も見えているようには思えないのにこっちに向かってきてるし、死後硬直があるはずなのにしっかり両の足で歩いている。


動きは遅いし、どう考えても負ける相手ではない。


でもやっぱり気持ち悪いんだよな。


ここまで近づかれると匂いもしてくるし、見た目もグロテスク。

しかも、自分が原因かもしれない魔物の大量発生によって亡くなった人だと思うとどうにも力が入らない。


人の姿をしている時点で相当にやりにくいんだよな。


ロランは得意の素早い動きでゾンビたちに捕まらないようにしながら、小剣を振って牽制したが、ゾンビたちにはまるで効果が無い。

小剣自体見えていないのか、体に当たることを恐れずに近寄ってくる。


うわっ、臭い。汚い。気持ちが悪い。


ゾンビたちとの緊張感が無い鬼ごっこが続く。


「よく観察するんじゃ。おかしいとは思わんのか。死体が自分で動くわけなかろうが。もたもたしないでズバッとやれ。金玉付いとるんじゃろ」


シーム先生の助言ともヤジともつかない言葉が聞こえる。



このまま避け続けていてもらちが明かない。


シーム先生に教わった通り、力だけで振るのではなく剣の重量と体の速度を殺さず、それをそのまま剣に乗せて振るう。

正面にいたゾンビを手始めに、五体のゾンビの両足を次々と膝関節ひざかんせつのところで切断した。

腐敗が進み脆くなっているので思ったよりも手ごたえが無い。


ただ、なんだろう。

膝下を切り落としたときに何か、黒い半透明のひものような物が見えた気がした。


両足を失ったゾンビたちはそれでもロランに近づくのをあきらめず腕の力で這ってこようとする。


完全にホラー映画の光景だ。

死体が動く。

これだけでも領地内の死体片づけをしていた時以上の精神的ダメージがある。


きついっすわ。これ、マジできついっすわ。


「やれやれ、見てはおられんのう」


焚き火を起こし終えたシーム先生が手に闘気で作ったらしい光る剣を持って近づいて来た。


「よく見ておれ」


何をする気なのか、シーム先生はいきなり闘気の剣を這い寄る全裸女性ゾンビの背中に突き刺した。











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