第114話 育児に飽きた

「違う違う、そうじゃない。腰を落とせとは言ったが、それではただしゃがんでるだけじゃ。筋肉を休ませるな。前後左右どの方向にも瞬時に飛びのけるように重心を保て」


シーム先生は厳しい顔で、ロランの尻を木剣で強く叩いた。


シーム先生は馬車の旅に飽きたのか、育児に飽きたのかわからないが、あの謎の連れションの後、ベアトリスの面倒をジョルジョーネに押し付け、ロランに修行の再開を告げた。



馬車を降り、次の水場までシーム先生と模擬戦闘もぎせんとうしながら、どちらが先に到着できるか競争させられ、負けた方に課される罰ゲームの筋トレの後、着いた先ではこの地味で苦痛を伴う型の練習が待っていた。


手本通りの動きをしようとするロランの細かい間違いを木剣で叩いて体に教え込むのがシーム流だ。

スキル≪カク・ヨム≫のステータス書き換えで得られた≪ぼうぎょりょく:93≫を貫通して痛みを与えるためか、シーム先生の木剣は何か光のようなもので覆われており、叩かれればビリッとした痛みがある上に、しっかり打撲になった。

恐らくあれがシーム先生の天賦スキルである≪闘気剣S≫なのであろうが、それを弟子に使うあたり本当の鬼畜である。


前に王都エクス・パリムで道場破りをした時にこの修行の効果を実感できたから、我慢しているが、本当に痛くて、チクチクやられ続けていると本当に気が狂いそうになる。


今教わっている型は、攻の型48と守の型52のうちの対魔物用の型で、≪四足虎応しそくこおう≫という名前らしい。

動きが変則的な上に、動作が多いので一連の動作を覚えるだけでも大変だ。

後半部分はまだうろ覚えなので、当然小突かれる回数が増える。


何か仕返ししてやりたい気分になっても、スキル≪カク・ヨム≫は同一人物には一年に一回しか使うことができないので、実力で劣る以上、従う他はない。


「よし、今日は再開初日だし、この辺にしておくか。調査隊が追い付いて来るまでの間、これを食ったら休んでいいぞ。修行、栄養、休息。これが強くなる秘訣じゃ」


シーム先生が背負い袋の中から干した肉とドライフルーツのような物を投げて寄こした。


この辺にしておくかといいながら、もうすっかり日が暮れかかっており、まだ到着しない後続の調査隊の様子も少し心配になってくる。

シーム先生は一応、ジョルジョーネの護衛のために同行していたと聞いていたが気にならないのだろうか。



ロランはシーム先生の横に腰を下ろすと言われた通りにそれを食べ始めた。

干し肉の強い塩気と独特の風味を我慢しながら唾液でふやかし、よく噛んで飲み込む。

草鞋わらじ型をした謎の果実のドライフルーツは変に甘すぎて、これもおいしいものではなかったので水筒の水で流し込む。


「ロランよ。おぬし、儂に何か隠しておることはないか?」


シーム先生の突然の問いかけに、危うくむせてしまう。

ドライフルーツのかけらが逆流して、鼻の奥に入ってしまったような感じがした。


何だろう。何のことを言っているのだろう。

思い当たる節が多すぎてわからない。


「確か以前、おぬしの天授てんじゅスキルは≪読み書き≫だと聞いた気がしたが、あれは本当か? あの大きな熊さんにお前さんが向かっていったとき、儂の目から一瞬にして消えて、気が付いた時には背に乗っておった。何を言っておるのか儂自身もわからないが、あれは催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあなかったぞい。なにせ、儂が見失うくらいじゃからのう。儂の予想では≪時間停止≫とか≪瞬間移動≫といったたぐいの能力だと思うがどうじゃ?」


やはり、この爺さんは鋭い。

とぼけたふりして結構細かく物事を観察している。


どうしよう。

もういっそのこと天授スキルを≪時間停止≫だということにして、≪カク・ヨム≫の存在を隠すか。


「先生……実は」


「しっ! ロラン、何か聞こえぬか」


シーム先生の目が鋭くなり、辺りを注意深く探り始めた。


ロランも言われて耳を澄ます。


本当だ。

何か、低い、くぐもった感じの音が複数個所から聞こえる。

音が聞こえる場所から推測すると囲まれているかもしれない。


ガサッ。


向こうの茂みから無造作に人影が現れた。

両手をだらんと垂らし、少しずつこちらに向かってきているように見えた。


その人影はここからでは暗くてよく見えないが、ズボンを足首まで降ろし、何やら歩きにくそうにしている。


「先生、あれって……ひょっとして」


「ああ、ZOMBIEゾンビじゃ。おそらく繁みでうんこしている時にでも魔物に殺された旅人じゃろう」






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