第113話 禍々しい巨大な

子供の体になって気が付いたことがある。


それは立ち小便が非常に難しいということだ。

あれがまだ発育途上であるがゆえに、腰を前に突き出さないと危うくズボンにかかりそうになってしまう。


「弟子と並んで連れションか。なかなかに良いものだな」


お先に失礼とばかりにシーム先生のイチモツから勢いよく尿が飛び出す。


「うわっ、シーム先生。離れてよ。飛沫しぶきがこっちに」


ロランは慌てて横に一歩避ける。


この異世界に来てから気が付いたことだが、男の知り合いの中には一定の割合で連れションに誘ってくる輩が存在するのである。

騎士学校の寮でのルームメイトのロックもそうだし、クラスメイトの何人かもそうだ。

こいつらの共通した特徴であるのだが、隣がかなり広く開いている場合でもわざわざ真横に来て、用を足すという奇妙な行動をとる。

そして必ずどうでもいいことを話しかけてくるのだ。


高橋文明として生きていた世界にも「連れション」という言葉はあったが、実際に誘ってくる人間はいなかった。


そこ、今、ボッチだからだと思っただろ。


そうじゃない。


いや、ボッチだったのは事実だが、もし仮に誘われていたとしても、「だが、断る」ときっぱり言いそうなオーラを俺がまとっていたからだ。


そもそも小便なんて一人でするもので、誰か知り合いが隣にいたら緊張したり、気が散って出るものも出なくなる。


ほら見ろ、シーム先生のせいでおしっこしたい気持ちがどこかに行ってしまった。


駄目だ。出ない。

気ばかりが焦っていく。


ああ、セーフ。何とか出た。

隣が勢いよく出ているのに自分だけでないとなぜか負けた気がするんだよ。


「ロラン、お前、ここ数日元気がなかったじゃろ」


シーム先生の問いかけに一瞬、勢いが弱まる。


「否定も肯定もせんでいいから、そのまま聞け。気持ちが優しいお前のことだから、たくさんの死人が出たのを見てかわいそうだとでも思っておったんじゃろ。儂が戦場で始めて死体を見た時に似た顔をしとった」


当たらずとも遠からじ。

意外とシーム先生は俺のこと気にかけてたんだな。


「前に野盗を返り討ちにした時もそうじゃった。お前は人が死ぬということに慣れていない。それは剣士としては致命的なことじゃ」


そうだ。騎士のような職業軍人なんて俺には向いていない。

騎士学校に行かさせられることになった時から、もうそんなことにはとっくに気が付いていた。


ところで、連れションしながらするのにふさわしい話題だろうか。

さっきからちっともリラックスできていない。


「いいか。人間の命など言わば、このションベンの飛沫しぶきの如きものだ。この世のどこかで勝手に生まれ、そして勝手に死んでいく。自分が誰かを救えるなどという思い上がりは捨てることだ。人間はそんなに偉くない。自分一人が生きていくのでやっとなんじゃ。だから、転がってる死体を見て、嘆き悲しむ必要などない。あの者たちが死んだのは、何も儂やお前のせいじゃない。弱いからだ。弱いから死んだ。ただそれだけのことだ。だから、もし仮にお前が危機に陥ったとして、それを助けようと思って儂が死ぬことがあっても悲しむ必要はないぞ。そうなったら儂がただ弱かっただけだという話だ」


シーム先生は股間の禍々しい巨大な筒状のものを荒々しく振り、飛沫を飛ばしきるとズボンの中に封印した。


俺の尿意もとっくに去ってしまったので仕方なくズボンを履く。


話の前半部分はシーム先生らしい身勝手で、まったく同意できない考え方だが、後半の唐突な例え話は何だろう?


「それはシーム先生が人よりも強いから弱い人の気持ちがわからないだけなんじゃないかな。それに最後の例え話はなんですか?まるで遺言……」


言いかけて思わず口をつぐんだ。

シーム先生の目がいつになく真剣な様子で、こっちを真直ぐ見ていたからだ。


「いいか、ロラン。人はいつか死ぬ。それは儂も同じじゃ。お前には言って無かったが、儂の友人にトンペイという男がおる。この男は儂がかつて東の国に渡り、SENDOUという不思議な術を学んでいた時の師匠でもあり、優秀な占星術師でもあった。トンペイの占いは非常によく当たり、外れることは稀なのじゃが、この男の予言によれば、儂に残された寿命はもうほとんど残されていないのだそうだ」


「予言を信じるとかシーム先生らしくないですよ」


「そうじゃな。儂も別に信じ切っているというわけではない。奴に教わった術はどれも役に立たなかったし、修行でも何も得られなかったからな。だが、まあ参考程度にはしておるというくらいじゃ。トンペイによれば寿命ではなく、『いにしえからの死臭漂う……』、おっと、連中の馬車を待たせとる。無駄話はこの辺にしておくか。さあ、いくぞ」



何かを誤魔化し慌てて走るシーム先生の背を追い、ロランも走った。






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