第112話 贅沢言うなよ

目の前のメッセージボードはやはり自分一人にしか見えていないようで、周りの人間はこの変化に気が付いていない。


『総獲得PVが100,000を突破しました。スキル≪カク・ヨム≫の熟練度が上がり、FからEに上がりました』


この通知から読み取れることは二つ。

一つ目はスキル≪カク・ヨム≫の熟練度を上げるための条件に総獲得PVが設定されているらしいということ。

もう一つは、スキルを成長させるつもりなら積極的に≪カク・ヨム≫を使って、あの謎の読者たちの閲覧数を増やさなければならないということだ。


ただ、これまでの経験上、≪カク・ヨム≫の無駄打ちはいざという時に、時間を止めて危機を回避できなくなるなどのリスクもあるし、同じような能力を持っている可能性があるリヴィウス神の存在も無視できないという事情もある。


≪カク・ヨム≫にログインして、熟練度アップによってどんなことができるようになったのか、すぐにでも確認したいところではあったが、集団行動の中にあってはなかなか難しい。


みんなが見ている前で、自分だけが見える半透明のキーボードやボタンを操作するわけにはいかないし、何よりスキル≪カク・ヨム≫は、自分だけの秘密にしなくてはならないからだ。


本来他人には知られないはずの事実を覗き見し、しかもそれを書き換えることで人間の行動もある程度操れるスキルである。

知られれば周囲の反応がどうなるか、考えるだに恐ろしい。


それにこのスキルの最大の強みは『分からん殺し』なのだ。

皆にその存在を知られてしまっては使い勝手が半減してしまう。

スキル≪カク・ヨム≫の射程距離は短く、せいぜい二、三メートルなので、警戒されてしまうと発動が難しくなる。



「おい、ロラン。呆然と立ち尽くして、どうしたんじゃ?」


シーム先生が怪訝そうな顔で訊ねてきた。


そうだ。他の人ならともかくとして、この鋭敏なシーム先生に悟られずに≪カク・ヨム≫にログインするなど不可能だ。剣術の師匠であると言っても、≪カク・ヨム≫のことを知られるわけにはいかないし、熟練度アップの確認は後回しにしよう。



ジョルジョーネの調査隊は、さらに街道を進み、いくつもの水場を経由して、ムルトという名の宿場町にたどり着いた。

途中何度か、魔物の襲撃にあったが手練れの冒険者と騎士三十人の護衛が手を焼くほどではなかった。


ムルトは人口千人足らずの小さな宿場町であったらしいが、大量の魔物による襲撃によるものであろうか、人影は無く、ただの廃墟と化していた。

倒壊した建物や放置され腐敗が進んだ死体から襲撃の凄まじさが伝わってくる。


「こいつは酷い」


腕利きの冒険者であるマックでさえもこの光景は堪えるらしい。

騎士たちからも口々に惨状を嘆く声が聞かれた。


調査隊一行は生存者がいないか確認するために町中を探索して歩いた。


「まさか町一つが全滅とは……」


「人影どころか、魔物の姿もない。魔物たちのほとんどが北へ向かったという話は本当のようだな」


「それにしてもワズール伯爵領に入っていないのにこの被害状況ではこの先が思いやられる。この先の宿場町もおそらく……」


調査隊一行は想像を超える被害に表情を暗くし、途方に暮れた。

放置されたままの死体を埋葬してやろうにも人手が足りず、何日かかるかわからないので、やむを得ず使えそうな物資や腐敗していない食料を手分けして探し、荷馬車に積み込んだ後、先を急ぐことにした。




ロランは馬車の窓から外の景色を眺め、物思いにふけっていた。


前世では見ることがなかった無残な光景が頭を離れず、腐敗した遺体の全てがほんの少し前まであの町で平和に暮らしていたのだと思うと暗鬱とした気持ちになった。


自分の思い付きでした改稿が、この魔物の大量発生の原因であったとするならば、彼らの人生を狂わせてしまったのは自分である。


ムルトの町の惨状を見ると、改稿されて強化されたヨサックやアキムが住んでいなければ故郷のウソン村も同様の目に遭っていたに違いない。

自分にとって大切な人、そうでない人。

様々な人の運命を変えてしまう力と危険性が、この≪カク・ヨム≫にはあるのだ。



「ん? うわっ、くすぐったい」


頬のあたりにむず痒さを感じ、見るとなりゆきで飼うことになった黄色い鳥がなにやら頭をロランの頬にこすりつけてきている。


なんだ?

こいつ、俺を慰めようとでもしているのだろうか。


そうだ。いつまでも黄色い鳥ではかわいそうだし、名前を付けてあげよう。


ここでふと疑問が湧いた。

この鳥はオスなのかメスなのか。


鳥ってどうやって雌雄見分けるんだろう。

黄色い鳥を手首の方に移動させ、股の間をのぞき込む。


「痛いっ」


黄色い鳥が突然、額をつついてきた。

どうやら、怒らせてしまったらしい。


「悪かったよ。名前をつけるのに男の子か女の子か知りたかったんだよ。君は男の子?」


黄色い鳥はプイッとそっぽを向く。

どうやらメスらしい。


「女の子で良いんだよね」


首を一回縦に振る。

本当に頭がいい。こちらの言葉が本当にわかっているようだ。


人の言葉がわかっているなら話は早い。

直接聞いて気に入った名前を付けることにしよう。


ピーちゃん、イエロ、バード、キイロ、イトリ、グーグー、ピーちゃん、ドールズ、トリ子、グェス、タンポポ、ヒマワリ、ピーちゃん……


「贅沢言うなよ」


ロランが思いつくままに提案してみても、何が気に入らないのか一向に首を縦に振ってはくれない。


「カリスト、カリスト!」


黄色い鳥は焦れた様子で自らの要望なのか「カリスト」という名を何度も口にした。


「カリスト~? ピンとこないな。なんでその名前なの? ピーちゃんの方がしっくりくるでしょ」


これ以降、黄色い鳥は「カリスト」と呼ばなければ無視するようになってしまった。












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