第116話 山吹色の光

シーム先生の作り出した闘気の剣を背中に受けた全裸女性ゾンビは、一瞬ビクッと全身を揺らすと、そのまま地に伏したまま動かなくなった。


それと同時に全裸女性ゾンビのうつ伏せになった顔の辺りから、半透明のにごった色をした糸状の何かが次々と出てきて、一か所に集まり始めた。

それはソフトボールくらいの大きさをした毛玉のような姿になり、いやらしくうごめいていた。


「逃がさんぞ」


シーム先生は短くそう言うと闘気の剣を消し、その手で黒っぽい透き通った毛玉のような物体を掴んだ。

シーム先生の右手は闘気剣とは違う色の光に包まれており、毛玉は苦しそうに身悶えしている。


「どうじゃ、ロラン。この毛玉野郎が見えるか」


問いに黙ってうなずくと、シーム先生は満足そうな笑みを浮かべた。


「こいつがゾンビどもの正体じゃ。死体を動かしているのは死者の怨念であるとか、成仏できない魂などではない。この毛玉のような生き物なんじゃ。この生き物は儂の様に気を操る素養を持ったものにしか見ることは出来ないし、その存在はほとんど世に知られておらん。見えないんじゃから当然じゃな」


「生き物? 」


「そう、こ奴らは生きておる。海辺で見かけるからの貝殻の中に住みつく生き物を知っておるか。ヤドドロボウという生き物なんじゃが、そいつらと同じで死体から死体へ引っ越しをするんじゃ。こやつらは太陽の光が弱点で、それを防ぐために死体を求める。死体が腐敗し、住めなくなると困るので生者を襲い新たな住処すみかを作ろうとする」


ヤドドロボウという生き物は知らないが、海辺の生物というからには特徴から言ってヤドカリみたいな生き物なのだろう。


しかし、シーム先生の山吹色やまぶきいろの光に包まれた右手でもがくその存在は生物には到底見えない。


「ロラン、先ほどお前はこの毛玉野郎が見えていると頷いたな。ということは儂の掌を覆っている≪気≫も見えているということだな。善いぞ、善いぞ。やはり、お前にも気功術きこうじゅつの素養があると見えるな」


シーム先生は突然、光る右手をギュッと握りしめた。

透き通った毛玉状の生物は、何も音を出すこともなくそのまま淀んだ光のちりとなって消えた。


その様子を察したのか、残る四体のゾンビが慌てて方向転換をし、のそのそと地面を這って逃げ出し始めた。

全員、回れ右である。


「こ奴らの弱点は太陽の光以外にももう一つある。それはありとあらゆる生物が持つ生命エネルギー……すなわち気じゃ。さっきの毛玉野郎は≪気≫のエネルギーと対極にあるエネルギーでできている。いわばエネルギー生命体とでもいうべき存在じゃな。気の素養がないものには決して見えないし、それ故に人々はゾンビを生前の恨みでよみがえった死者だと恐れおののくわけだ。ゾンビが朽ちた体で歩けるのも、体内で実体化し、けんや筋肉の代わりをしているからだ。糸状の細長い体はそのためのもののようじゃな。だが、タネがわかってしまえば何ということもない。ただの生物じゃ」


どうしたんだろう。

いつもは馬鹿そうなシーム先生が少し賢そうに見える。


「ロランよ、儂が修行の時に闘気の剣でお前を小突くのは、体に覚えさせるためだけではないぞ。お前の体内の気穴を刺激し、気の存在を無意識のうちに自覚させるためじゃ。おそらく初めの頃に比べてだんだんとはっきり儂の≪気≫を感じ取れるようになってきているのではないかな。先ほどの毛玉野郎が見えるようになった段階であればもう大丈夫じゃろう。≪気≫をコントロールする術をお前にも伝授してやろう」


シーム先生はロランの目線まで腰を落とし、頭を撫でた。



確かに……、殺されかけたガブリエル先輩パイセンがシーム先生に蘇生してもらった時に、先生の拳が少し光って見えたけど、あのころと比べると今はその≪気≫が持つ色まではっきりわかるようになった気がする。


そうか、あれが≪気≫だったのか。

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