第117話 魔物かもしれんな

「遅い、遅すぎるぞ。年寄りを待たせるとは何事か」


ゾンビ襲撃から数刻後、ようやく到着したジョルジョーネの調査隊にシーム先生が悪態をつく。


聞けば魔物の襲撃があったとかではなかったらしい。


街道の路面状況が悪く、何度も車輪が轍にはまり込んでしまうので、思う様に進むことができなかったようだ。


国内の至る所に張り巡らされている街道も、さすがに王都から離れていくと未整備なままの部分が多くなってきて、悪路になっていく。


もうすっかり夜も深まってきたこともあり、この日はこの水場で野営し、翌朝からは少し出発の時間を早めることになった。




リグヴィールを出て五日目。

ようやくワズール伯爵領に入り、目的地だった古代神殿跡に到着した。


途中、いくつかの集落を通り過ぎたが生存者は無く、魔物たちの襲撃の凄まじさが窺える惨憺たる状況であった。

ゾンビと遭遇した話を聞いていたマックが、仲間の魔法使いライラに頼んで、火魔法で死体を焼いてもらうなどしたため、いくらか到着は遅れてしまったが、死者の弔いにもなるだろうし、アンデッド発生を防ぐことになるため、文句を言う者はいなかった。


魔物の数も少なく、どうやら宮廷魔術師からもたらされた「魔物のほとんどは北に向かった」という情報は正しかったようだ。


古代神殿跡は街道から外れた森の奥にあるので、その手前で馬車を置き、その護衛のための人員を残して、少数精鋭のメンバーでの調査になった。


鬱蒼とした森の中、わずかに残った古道の跡を一行は辿った。

腕利きの斥候でもあるマックを先頭に、ジョルジョーネ、騎士爵ワーゴン率いる護衛の騎士二十名、その後ろにロランとベアトリス、マックの冒険者仲間の三人、一番後ろがシーム先生という順番だ。


ジョルジョーネはこの古代遺跡を魔物の大量発生が起こる以前に何度か調査に来ているという話だったので道案内のため、前から二番目の位置にいる。


ベアトリスを連れていくかどうかは反対意見も出たが、「儂がいる場所が一番安全に決まっておろうが」というシーム先生の一言にかき消され同行が決まった。


発生した魔物たちがやったのだろうか。

ここに来る途中の木々はあちこちで折れたり倒れたりしていて、古代神殿跡に近づくほどにその破壊の跡が顕著けんちょになっていった。


「ねえ、ライラ。なんかお尻の辺りに変な視線感じない? 」


「リシアもなの? 私もさっきから全身に纏わりつくような、いやらしい視線を……」


「魔物かもしれんな。気を付けよう」


大剣使いのダントンが周囲に注意を促す。


「いや、それたぶんシーム先生の視線だから」と喉元まで出かかったが、周囲を警戒するのは大事なことだし、余計なことを言うなと怒られそうだったので言葉を飲み込んだ。


配置を決める際に、シーム先生は最後尾にこだわっていたし、「あの大きさといい、丸みといい、たまらんな。二人ともなかなかの別嬪さんだし、あの革帽子、旨いことやっておるのう」と呟いているのを確かに聞いた。



突然、前を歩く騎士が立ち止まり、ロランはぶつかりそうになった。

肩に止まっていた黄色い鳥さんことカリストがびっくりして肩から飛び上がる。


「何ということだ。貴重な古代神殿遺跡が見る影もない。これは文化的損失だ。いったい何が起こったというのか」


かなり前の方からジョルジョーネの憤るような声が聞こえた。






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