第118話 ヤッサラホイ

「この場所にはかつて石造りの古くて大きな神殿跡がありました。天井は落ち、壁が一部残るのみの状態でしたが、植物や土砂に覆われていたこともあり、風化をまぬがれた部分には壁画や当時の文化や技術を知る上で重要な彫刻が多く見つかったのです。この石でできた仮面もこの周辺から出た出土品です。私は過去二度、私費でこの古代神殿跡を調査しに来ましたが、まだこの神殿が如何なる神をまつった場所であったのかすら、突き止めてはいなかったのです。壁画に描かれた文字と絵から長兄神アウグス、次兄神リヴィウス、三兄神ガリウス、末弟である我らが守護神ディヤウスの四神に関係があることまでは突き止めましたが、肝心の主祭神については何もわからなかった。謎は謎のまま永遠に解き明かすことができなくなったのです」


ジョルジョーネは目の前に広がる光景に落胆らくたんの色を隠さず、地面に崩れ落ちるようにして、両手をつき悔しそうに語った。


古代神殿跡があったという場所には、ぽっかりと巨大な大穴が開いていて、その周辺には神殿の一部だったと思われる石材のかけらが吹き飛んできている。


「あの大穴の中心。あの辺りには大きな石碑せきひのような物があったんだ。石碑といっても、縦長の自然石に古代文字とは違う解読できない未知の文字が表面全体にびっちりと彫り込まれていたんだが、それももう失われてしまった」


ジョルジョーネは皆の方を振り返り、大げさな身振り手振りで失望の大きさを訴えかけている。

はっきり言って、舞台俳優や海外ドラマぐらいのオーバーリアクションだ。


ロランはそんなジョルジョーネの横を通り過ぎ、大穴を覗き込む。


なるほど、確かに穴だ。

まるで地面に埋めてあった何かが爆発したような感じでクレーター状になっている。

だが、地面が抉れている面積の割に、深さはそれほどではないようだった。


目を凝らしてみると底のような物が見えているし、ロープなどがあれば降りていけないほどの深さではないように思われた。


「あれ? なんだろう」


目を細めて、さらに何かないか凝視すると、穴の中央付近に何か白っぽい角ばったものがあるように見えた。


「おい、少年。あまり近づくと危ないぞ」


背後から声をかけられ、思わずドキッとした。

冗談抜きで、少し穴に落ちそうになる。


振り返ると革帽子がトレードマークの伊達男マックがすぐそばまで来ていた。


「何か見えるか」


ロランの肩に手を乗せ、横から覗き込む。


クレーターの底に見える白っぽい物について伝えるとマックの目にも確かに何か見えるのだという。


「おい、ジョルジョーネさん。何かあるぞ」


マックの声に、ジョルジョーネたちは大急ぎで集まってくる。

皆、興奮した様子で穴の中心の方を指差し、「確かにあるな」と確認し合っている。



ジョルジョーネの調査隊はロープを使い、クレーターの底に降りて、問題の白い物体を調べることにした。

シーム先生はベアトリスをおんぶしたまま、一足飛びに底に降り立ち、ロランもそれに倣った。


それにしても本当に肝が据わった女の子である。

穴の底までは五メートル以上はあったにもかかわらず、ベアトリスは怖がることもなく、笑い声をあげて喜んでいた。



問題の物体は、乳白色の石でできた横長の箱状のものだった。

大きさは大人二人くらいが余裕をもって並んで横になれるほどで、深さは大人の腰ぐらいの高さがあった。

奇妙なことに箱の中にはうごめく闇のようなものが満たされていて、箱の底を見ることは出来なかった。


傍らには、ずれ落ちた蓋のような物が落ちていたが箱と同じ材質でできており、その表面には文字と絵が彫刻されていた。


「ええと、これは古代文字だ。眠る……神……の、聖なる、棺。おお、読めるぞ。何人なんぴとたりともこの聖櫃せいひつを開けてはならないと書いてある。人の世が終わり、神話の時代が甦る……、ここはちょっと読めないな。ええと、最後の文は……大いなる闇に……紛れさせ、百八の希望と我が娘を共に封印?……する……かな」


ジョルジョーネが手帳にメモを取りながら、声に出して読み上げる。


まさか、百八の希望と我が娘って、あの熊から飛び出した星のようなものとベアトリスのことではないよね。


ロランが気になってベアトリスの方を見ると、地面に指で何か書いている。

「ち〇こ、おとうさま、う〇こ」と夢中になって文字の練習をしているようだ。

「おとうさま」の文字は、馬車の移動中にジョルジョーネが教えたんだろうか。



さて問題はこの聖櫃せいひつの中身である。


この中に満ちている闇が、蓋に書いてあった≪大いなる闇≫なのであろうか。

箱の中をじっくり覗き込んでも、流動する闇の隙間はアニメでよくあるような異空間の入り口の様にも見え、やはり底は全く見えない。


「僕は、この箱の中身が何なのか確かめなければならない」


ジョルジョーネは腕まくりをして、箱の中に手を突っ込もうとした。


「ジョルジョーネさん、馬鹿な真似はやめるんだ」


慌てて騎士爵きししゃくワーゴンが止める。


「そうだぜ。この箱の中身はどう考えても普通じゃない。神殿跡は吹き飛び、そこには白い大きな箱がありました。魔物はどうやらここから発生したようです。国王陛下への報告ならこれで十分じゅうぶんだろう」


冒険者集団のリーダーであるマックも箱の中身を確かめるのは反対のようだ。

彼の仲間もマックの話に頷いている。


「だめだ。この聖櫃の蓋には「人の世が終わる」と書いている。これは僕一人の命と天秤にかけられるような問題ではないんだ。何か有力な手掛かりが目の前にあるかもしれないのに、ここで引き返すことなどできない」


ジョルジョーネの決意は固いようであった。


貴族って裕福な環境で育っているから、もっと甘ちゃんですぐ逃げ出しそうなイメージがあったけど、こういう人物もいるんだな。


精神的にも貴族だ。気に入ったぜッ。



「ジョルジョーネの言う通りじゃ。何日もかけてここまで来たのに確かめないで帰るなどもってのほかだと思わんのか。ただ腕を突っ込んでみるだけじゃろう。運が悪ければ腕の一本ぐらいなくすかもしれんが、女子供にやらすわけにもいかんし、ここは≪ヤッサラホイ≫で決めぬか? 紳士諸君しんししょくん!」


どうにもらちが明かぬとシーム先生が口を出してきた。


ちなみに≪ヤッサラホイ≫というのは子供の遊びで、前世でいうところのじゃんけんのようなものだ。

≪ヤッサラホイ≫の掛け声とともに、ゴロツキ、衛兵、貴族を表すポーズをとる。

この三つは三すくみになっており、ゴロツキは貴族に強く、衛兵はゴロツキに強い。

当然、貴族は衛兵に強いのだが、子供たちの間では貴族を出す奴は卑怯者であるという謎の風潮ふうちょうがあり、出すのが躊躇ためらわれる。


「どうした? 怖いのかね。ここには玉無ししかおらんのか。騎士の諸君はどうだ? 騎士の魂は持ち合わせてはおらんのか。情けない。情けないのう」


あおる、煽る。

シーム先生のあからさまな挑発に騎士二十名とマック、ワーゴンが参加を表明した。


「みんな、マジかよ」


大剣使いの戦士ダントンが悲鳴を上げつつも、あきらめて≪ヤッサラホイ≫の輪に加わった。











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