第119話 騎士たるもの

ヤッサ、ホイ、ヤッサ、ホイ、ヤッサラホイ!


気迫のこもった男達の掛け声と安堵あんどの声が繰り返される。


何せ二十人を超える人数での≪ヤッサラホイ≫である。


じゃんけんもそうだが、これだけの人数で行うとが続いて決着などそう簡単につくことはない。


そんな中、早々に勝ち抜けを決めた人物が二人いた。


シーム先生とマックである。


ロランの動体視力でみると、この二人は完全にだったのだが、ほかの参加者はその素早い動きについていけなかったようで、気が付かれなかった。

考えてみれば、この方法を提案したのはシーム先生だったが、このじじいは最初から負けてやる気などさらさらなかったのである。

爺の動体視力と超速度なら、全員がある程度何を出したか確認してから自分のポーズを決めても余裕で間に合う。


マックは見えないまでもシーム先生が何をしたのか察したのであろう。

その後何度か後出しを試み、見事に勝ち抜けして見せた。


可哀そうなのはそれに気が付かない騎士爵きししゃくワーゴンと騎士二十名、そして大剣使いダントンである。


はたから見ていると大いに盛り上がって楽しんでいるように見えるが、それは違う。

皆、自分の命がかかっているので必死なのである。


「諸君、後出しは駄目じゃ。後出しがバレたら、その時点で箱の中を確かめる係をやってもらうぞ。騎士たるもの卑怯はいかん。正々堂々と雌雄を決するのじゃ」


勝ち抜けして審判係を買って出たシーム先生が意地悪そうな顔で言い放つ。


「いの一番にズルをして勝った爺がよく言うよ」


隣で観戦を決め込んでいるマックがため息をつきながら革帽子を目深にかぶった。


「ん、誰か今、わしのことを爺と呼ばんかったか?」


シーム先生がこっちをじろりとにらむ。

本当に目だけではなく、耳もいい爺である。


ヤッサ、ホイ、ヤッサ、ホイ、ヤッサラホイ!ヤッサラホイ!


「やった。勝ち抜けだ」


若い騎士が嬉しそうにガッツポーズを決める。

他にも二人勝ち抜けした。


残されたメンバーに焦りと不安の表情が浮かぶ。


その時だった。


「オチタ、オチタ!」


ピーちゃん、ではなくてカリストの声が、背後の聖櫃せいひつの方から聞こえて皆が一斉に振り返る。


「なんだ、鳥か。驚かせるなよ」


一同は再び、白熱した≪ヤッサラホイ≫に戻ろうとしたが、シーム先生はカリストの方に駆け寄ると「おい、鳥公。誰が落ちたんじゃ。ベアトリスはどこに行った!」と血相を変えて詰め寄る。


カリストはまるで人間の様に羽を大きく動かしジェスチャーをしながら、「ベアトリス、ベアトリス」と連呼した。


その場にいた全員がようやく事態じたいを理解した。


ベアトリスがどこにもいない。

さっきまで地面に「う〇こ」だの「おとうさん」だのの文字を書く練習をして、大人しくしていたはずである。


ここからのシーム先生の行動は速かった。


シーム先生は一瞬もためらうことなく、聖櫃せいひつの中に飛び込んだ。



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