第238話 緊箍禁縛輪

昨夜はほとんど一睡もできなかった。


シーム先生と村長の娘姉妹の男女の目合まぐわいは朝方近くまで続き、興奮した脳が眠ることを許さなかった。


童貞には刺激が強すぎる。


『体力:91』のおかげで肉体の疲れは完全に取れても、精神的にはどこか疲れていた。


「おはよう、ヒヨコ諸君。昨夜はぐっすり休めたかのう?」


不眠の原因を作った当のシーム先生はほとんど寝てないと思われるが元気いっぱいで、やけに清々しい顔をしていた。


「師匠、眠れたんですが昨日の馬車牽きで全身筋肉痛です。オーク退治は明日にしませんか?」


クー・リー・リンの真っ黒に日焼けした顔がやけに老けて見える。

どうやら、相当に体がきついらしい。

歩くだけでも顔を顰めて、のろのろ歩きだ。


「そうか、リーはこの村でお留守番じゃな。まあ、ちょうどいい。ロラン、二人で行くぞ」


やっぱり、俺が行くのは決定しているのか。

オーク退治なんかやりたくないな。


「行かないとは言っていません。行きますよ、行けばいいんでしょう。これ以上、ロランに差をつけられるわけにはいきませんからね。」


クー・リー・リンは置いて行かれまいと態度をひるがえした。



オークたちが住み着いたという山は、小学生とかがハイキング気分で行けそうなぐらいの小さな山である。

標高でいったら、六百から七百メートルあればいい方という感じだ。


村長の話では、その山は「豚石山ぶたいしやま」と呼ばれており、長雨などでがけ崩れがあった際などに豚の頭部を持った人間の石像が時折出土するという奇妙な出来事からそう名付けられたらしい。

夜間に、豚のような鳴き声を聞いたという者もおり、あやかしが出る山として、近隣の村々から恐れられていた。


ロランたちは、村長が用意してくれた弁当と登山に必要ななたなどの道具を持ってゾール村を出た。

見送りに出てきた村民の姿が見えなくなったあたりで、シーム先生が歩みを止めた。


「うむ、やはりいかんな。ロラン、お前の駄々洩れな魔闘気では、オークどもが逃げ去ってしまう」


シーム先生はロランの頭に両手をかざし、「かーつ!」と突然、大声を上げた。

シーム先生の掌からは特に何も出ていなかったかに思われたが、凄まじい気迫のようなものがロランの全身を揺さぶった。


うおっ、痛え。

この爺、突然何するんだ。


ロランの頭に突如、輪でできた何かに締め付けられるような激痛が走った。


ロランは痛みのあまり、膝をつき頭を押さえて悶絶した。


「し、師匠!ロランに何をしたんですか?」


クー・リー・リンが慌てた様子でシーム先生の顔を仰ぎ見る。


「ロランよ、これは≪緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫と言って高密度に練り上げた魔闘気で相手の魔闘気などを封じる術じゃ。不可視化させておる上、感知できぬように細工してあるので、お前さんのような未熟者には見ることはおろか、その存在すら確認出来ぬであろうが、その額の周りには≪緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫が嵌っておる」


「シーム先生、痛いよ。術を解いて……」


痛みがひどすぎて、シーム先生の方を見ることすら出来ない。


「ロランよ、儂とてこのような真似はしとうはないが、これはお前には必要なことなのじゃ。いいか、痛みを感じないためには、お前自身の魔闘気を身の内に凝縮し、体外に漏れ出ないようにせんといかん。≪緊箍禁縛輪≫は、儂以外の魔闘気に触れると反応して、その額を締め上げる。さあ、やってみい。痛みで魔闘気全体のイメージを確たるものにし、自在に動かせるようにするのじゃ」


そんな説明ですぐできるなら、世話はない。


とにかく、どういう風な状態になれば、痛みが発生しないのか探り探り、自らの魔闘気を動かす。


トライアル・アンド・エラー。


失敗したかどうか、痛みが教えてくれる。


魔闘気を強い意志の力で圧縮しようと試みるが、意識のほころびからはみ出た魔闘気が≪緊箍禁縛輪≫に触れる度に激痛が蟀谷こめかみに走る。


痛みに耐え、身体を何度もこわばらせながら試行錯誤を繰り返す。


苦痛から逃れたい。その一心だ。


やがて、魔闘気の扱い方が恐る恐る、そして繊細になっていく。


痛みに慣れて鈍感になってきたのか、それとも制御が少しずつでき始めているのか、わからないが徐々に痛みの訪れる頻度が減ってきた気がする。


そう言えばシーム先生の教え方にはいつも痛みが伴う。

剣聖技の型の修行も、痛みで身体に沁み込まさせられた。

スパルタなんて、どの時代も流行らない。


シーム先生がかつて騎士学校の教職にあった時、大量の自主退学者を出したことがあると聞いていたが、納得だ。


だって、教え方が荒っぽくて、説明が下手なんだもの。








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