第239話 男女十人ずつとオークが十匹

この≪緊箍禁縛輪きんこきんばくりん≫とかいうやつは本当に最悪だ。


少しでも気を抜くと自分の魔闘気と接触して、こめかみのあたりを締め付けてくる。

まるで西遊記の孫悟空にでもなった気分である。


「ロランよ、今の状態を無意識に維持できるようになれば、闘気操作の第一段階≪制気≫を物にできる。通常は五年やそこらかけてじっくりやるところだが、一足飛びで行くぞ。お前の場合、年齢の割に魔闘気の量が尋常では無い故、≪制気≫を身につけなければ大惨事を引き起こしかねん」


そういえば、アライ先生も何かそのようなことを言っていた気がするが、確かに自分の未熟さで誰かを傷つけずに済むようになると思えば、この苦痛も乗り越えられる気が、ほんの少しだけした。



先頭を行くシーム先生が、オークたちの通り道であるらしい獣道を歩きやすいように鉈で枯れ枝などを切り拓いて進む背を眺めながら、ロランたちは豚石山ぶたいしやまを登っていく。


山の中腹ちゅうふくまで着た頃のことである。

風が木々を揺らす音に混じって、多数の呼吸音、活動音が聞こえ始めた。

どうやらオークの集落のすぐそばにまでやってきたようである。


「シーム先生……」


「うむ、気付いておる。気配からして、そう数は多くない。およそ五十前後と言ったところか」


「五十……って、メチャクチャ多いじゃないですか、師匠」


最後尾のクー・リー・リンが、汗まみれの顔をくしゃくしゃにしながら、荒い呼吸で言った。

道で拾った木の枝を杖にしながら、ここまでついて来たのはえらいが、この状態では満足に自分の身を守れないであろうし、やはりシーム先生が言った通り、村で休んでいた方が良かったのではないだろうか。


余計なお世話かもしれないが、無理してシーム先生について来ても、きっとろくな目には合わないし、俺だったら行かずに済んでラッキーだと喜んでいただろう。


「やつらは一匹見かけたら近くに百匹はいると思わねばならんほど、繁殖力が強い。だから、五十前後なら少ないと思わねばならん。見かけたら根絶やしにせんとあっという間に増えるぞ」


「根絶やしですか……。昨夜、師匠はオークは魔物ではない亜人だって言ってましたよね。何もそこまでしなくても」


「そうじゃのう、例えるならば、ある孤島に若い男女十人ずつとオークが十匹おるとする。島内での争いは禁止だとすると、数百年後、島はどうなっておると思う?」


「えっと、争いは禁止なんだから、島の広さとか食料の有る無しとかによると思いますが、男も女もオークも増えるんじゃないですかね?」


クー・リー・リンが質問の意図を図りかねた様子で、恐る恐る答えたが、その答えを聞きながら、ロランは戦慄していた。


「……オークしかいなくなる。そして最後は誰もいなくなる」


「そうじゃ、正解じゃ。繁殖力が強いオークは人間の男の精を押しのけて、毎年のように女を孕ませるから、結果オークは増え続ける。オークには雌がおらんからのう。生まれてくるのは雄のオークだけじゃ。オーク同士では、子はせぬし、最後は滅びて、無人となる。わかるか、この恐ろしさが? 奴らを一匹残らず駆逐せねば滅びるのは人間の方じゃ」


極論すぎる気もするが、オークを退治しなければならない理由はわかったような気がした。

だが、それでも自らの手で生き物は殺したくないとロランは思った。

これまで何度か魔物を殺傷したことがあったが、あの感触と後味の悪さはどうにも受け入れがたかったからだ。



「くっ、殺せ!もう殺してくれ……」


突然、はるか先のオークたちのいると思われる辺りから、若い女性の掠れた声が聞こえた。

そして下卑げびあざけり笑いのようなブヒブヒ音も。


「先生、今の聞こえた?」


「うむ、美しい女性が儂に助けを求めている声が聞こえたぞ」


シーム先生には声だけで容姿がわかるらしい。


「えっ、私には何も聞こえませんが?」


ロランたちの顔をクー・リー・リンが不思議そうな顔で見比べる。


「行くぞ、お前たち。ぼやぼやするでない。一刻も早く、麗しいご婦人を救い出すぞ」


シーム先生はこちらを振り返ることなく、恐るべき速さで駆けだした。


ロランは、一瞬どうすべきか迷ったが、ため息一つ付いてシーム先生の後に続いた。




「師匠、ロラン。こんな場所にひとり置いてかないでくれよう!」


背後でクー・リー・リンの泣きだしそうな声が聞こえた。

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