第240話 心の奥底の闇が放つ声

シーム先生の後に続くのを少し躊躇ためらってしまったのには理由がある。


この先に待っている光景がおおよそ想像できてしまったからである。


「くっ、殺せ!」と言っていたあの女性もオークたちによって何らかの酷いことをされているのであろうし、そのような場面に出くわしたとき自分がどんな顔をしたらいいのかわからなかったのだ。


そしてもう一つ、五十前後あった息遣いの全てがオークであったと最初思ったのだがどうやら違うようである。

それらの息遣いには強弱や差異があり、オークと明らかに違う個体が複数存在するようだ。

その個体は、恐らく人間。ひょっとしたら女性じゃないか。



シーム先生の背がどんどん小さくなる。


やはり、こと速度についてはシーム先生には及ばないらしい。


先頭を行くシーム先生は障害になる枝葉や低木などをものともせず、木々の間を縫い、時に枝から枝に飛び移りながら進んでいく。


ロランは必死でその後を追い、間もなく開けた場所にたどり着いた。

どうやらオークの集落になっているらしい。


集落とはいっても木の枝を積み上げて雨よけを作ったり、盛り上がった山の斜面にいくつも穴を掘っていたりと原始的な佇まいだった。


シーム先生は立ち止まることなく、その加速のまま、入口にいたオーク二体の首を魔闘気で作った剣で刎ね、続けざまに目に入るオークを次々に屠っていく。


一方的な殺戮。


これほどまでに静かな瞳と佇まいで命を摘み取る存在をロランは他に知らない。


前に野盗に襲われた時もそうだったが、シーム先生は命を奪うということに対していささかの躊躇ちゅうちょ憐憫れんびんも持ち合わせていないようだった。


まるで年端も行かぬ少女が、野の花を摘むように命を摘む。


荒れ狂うシーム先生の剣の舞に圧倒されながらも、ロランは素早く場の状況を確認した。


オークの数はおよそ四十四、五。

その中の四体は一際体格が良く、立派で古めかしい兜や鎧を身に付けていた。


集落の中央に一際目立つ巨木があり、その前がちょっとした広場になっていた。

祭壇のような物もあり、何か儀式的な場所かもしれない。

その傍らに、ほぼ全裸で鎖につながれた女性が五人一塊になっていて、それとあともう一人。

長いブロンドの女性が体格が大きいタイプのオークに囲まれ、今まさに凌辱を受けている最中であった。


性器を無理矢理咥えさせられ、別のオークに髪を掴まれながら背後から体を打ち付けられていた。

一瞬、その女性と目があったが、つい視線を逸らしてしまった。


生気を失い、まるで生きることをもうすでに諦めているような瞳。


どんな酷いことをされたなら、あのような目になるのだろう。


ふつふつと身に覚えのない怒りが込み上げてきた。


『何をしている。殺してしまえ!弱者を虐げる奴は、皆殺せ!』


心の奥底の闇に閉じ込められている何かが突然、声を上げた。


許せないという気持ちが抑えきれなくなり、ロランは腰に下げた小剣を抜き、飛びかかると、性器を咥えさせている大オークの喉元に突き刺した。


「アブヒッ」


大オークは白目を剥き、膝から崩れ落ちた。


「ブゴゴッ、ナンダ、キサマは!」


若い女性と後背位で繋がったまま、ひと回り大きいオークが吠えた。

それがそのオークの最後の言葉だった。


ロランは、そのまま喉元を切り裂き、その返す刃で女性と繋がったままの大オークの首を刎ねた。


≪堕天≫の影響だろうか、それともある種の正義感に酔っているだけなのか。

不思議なことにこれまで感じていたあの刃が肉を裂くときの嫌な感じは無かった。

命を奪ってしまったことに対する動揺も無い。


こいつらは死んで当然だ。


むしろ、気分は晴れ晴れとして、高揚感があった。



首を失った大オークはそのまま後ろ向きに倒れ、その抜け出た性器からは肌色に近い白い濁った液体が吹き上げた。


「うわっ、汚い」


ロランは今日一番の速度でそれをかわしたが、凌辱を受けていた若い女性の全身にかかってしまった。

よく見ると性器を咥えさせていた大オークも死に際に射精しており、生臭い、カルキのような匂いが辺りに立ち込める。


その汚らわしい液体まみれになった若い女性は地面に両手をつけたまま、荒い息で呆然としている。

年の頃は二十前くらいか。

その澄んだ湖底のような瞳は焦点が定まらず、白く美しい顔と長い金色の髪は粘性の液体に塗れていた。

形の良い乳房は呼吸に合わせて揺れ、鍛えられた腹部にはうっすらと筋が現れていた。

肩や腕を見ても向こうの方で繋がれている他の女性とは筋肉の付き方が違う。


そして、けがされて、尚、美しいと思った。

いけないことだとわかっていたが、このはずかしめを受け汚されたこの若い女性の姿にロランは見とれてしまった。


男としての本能なのか、自らの性癖に絡むものなのか、恥ずべきことだが、その姿に欲情してしまったのである。


くそっ、これじゃあオークどもやシーム先生と一緒じゃないか。


ロランは自らのほほを思いっきり叩き、マントを脱ぐと女性の胸元を隠すようにと渡してやった。


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