第95話 騎士たちの中心で

走り始めて二、三時間くらいだと思うが、もうカルカッソンが見えてきた。

王都からカルカッソンまでだと馬車で三日前後という話だったから、やっぱり時速100キロ以上は出ているようだ。


遠目に見る町の様子は普段とあまり変わってはいないようであったが、都市を囲む城壁の上に焚かれた篝火の数が多く、どこか物々しい。


怪しまれて身柄を拘束されたり、都市の中に入れない可能性もあったので立ち寄らず先を急ぐことにした。

ポーリンたちの安否も気にならないことはなかったが、カルカッソンは騎士の町と呼ばれるぐらいだし、恐らく大丈夫だろう。


そこからまた同じくらいの時間を走るとセドリック卿の所領リグヴィールに入った。

途中複数の馬蹄の音と激しく争う音、吠え声が聞こえが、足を止めると遠くセドリックの館がある市街地の方が明るくなっている。


フォアン伯とかいう貴族の話では、ダンマルタン子爵領からの狼煙という話だったが、ダンマルタン子爵領と一言でいっても広く、リグヴィールはその中の一地域に過ぎない。

ダンマルタン子爵領の中でも中心に近く、やや南に位置するこの町まで例の魔物どもが来ているとなるとここから東部の方はどうなってしまったのだろう。


ウソン村まであと少しだが、流石に素通りするわけにはいかないので、市街地に向かう。

王都を出たタイミングから言って、セドリックは街道で追い抜いてきた集団のどれかにいた可能性が高く、先に着いているということはないと思うが、そうであるならば猶のこと、館の人々やあまり言葉を交わす機会がなかった義母ジネットの安否など確認したいところであった。


堀代わりの小さな川を渡り、市街地に足を踏み入れると最初に目に映ったのはおびただしい数の死体だった。

ただし、人間のではない。

人型ではあるが、大小さまざまの、異形の何かが、通りのあちらこちらに転がっている。あるものは豚のような顔をしていたり、あるものは頭部に毛が無い小鬼のような姿だった。非武装の住人や鎧甲冑に身を纏った騎士と思しき死体も見かけたがその数は思ったよりも少ない気がする。


少し進むと真っ二つに両断された巨大な模様の無い黒い虎のような肉食獣の死体が転がっており、人型ではない魔物の死体も目に付くようになってきた。


なんだよ、これ。なんなんだよ。


ゲーム画面のドット絵やポリゴン、それよりも進んだCG表現であっても再現不可能なリアルで生身の魔物の存在が目の前にある。


流れ出る青黒い血液に、むせ返るような異臭。


異世界に転生したいなんて言ってるやつがいたら、この生々しい現実を見せてやりたい。


茫然としていると突然、けたたましい羽音とともに黒い影が自分に向かって突進してきた。


ロランはそれを咄嗟にかわし、シーム先生がプレゼントしてくれた小剣をそれに突き立てる。


固い皮を突き破るような手ごたえの後、柔らかい肉のような感触が手に伝わり、何かが噴き出す。


見るとそれは角が無いカブトムシのような甲虫に不揃いで歪な八つの目と大きく裂けた口のようなものがある奇妙な生物だった。


その生物は体液をにじませながら、突き刺さった刃から逃れようと羽をバタつかせる。


「うわっ、気持ち悪い」


小剣を思い切り振ると、その生物はその勢いで民家の壁に当たり、ひっくり返った。


ロランは込み上げてくる不快な気持ちをどうにかしたくて叫び、そして走り出した。


何だかわからない生き物だったがそれでも生物は生物。

手に残った感触が生々しくて吐きそうだった。

生まれてから今日まで、生物に刃物を突き立てたことなど無いし、血とか体液とかそういったものはもともと苦手だった。


呼吸が乱れ、少し涙目になる。


市街地の魔物は、ほとんど死に絶えており、時折襲ってくる魔物も小鬼や先ほどの甲虫もどきなど小物ばかりだ。


ロランは、その俊敏性を生かし、ボールを抱えて走るラガーマンの様に、小剣で接近する魔物をいなしながら、身をかわし、魔物を相手にせず、義父の館を目指す。



見えてきた。セドリック邸の城壁だ。

あの城壁の中には石造りの城と複数の貯蔵庫、倉庫、納屋などが広い敷地の中に備わっている。


物見櫓には弓を持った射手しゃしゅがいて魔物に矢を放っており、城壁内に魔物を入れまいと奮闘する騎士たちの姿も見える。


良かった。リグヴィールはまだ無事だ。


思わず安堵のため息をついたが、固く閉ざされた城門前に着くと、その壮絶な光景に言葉を失った。


他の場所の何倍も多い魔物の死骸と、傷つき倒れた騎士たちの中心でただ一人仁王立ちする人影。

篝火と半ば雲に隠れた月の淡い光がその凄惨な光景を浮かび上がらせる。


人影は斧を杖代わりに大地に突き立て、全身血塗れになっていた。

近付いて初めてわかったが、体中傷だらけで、息が荒く、立っているのもやっとという感じだ。

頭部を負傷し、片目を失ってはいたが、血に染まった顔はまさしくウソン村の農民、ヨサックだった。






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