第122話 過去最大のエマージェンシー

スキル≪カク・ヨム≫の熟練度が上がったことで何ができるようになったのかの確認を終え、気分が良かったので、謎の読者たちからの応援コメントでも確認してみようかという気になった。


今ならば、少々厳しめのコメントやあおりにも耐えられる気がする。


半透明のダッシュボード右上の通知欄つうちらんの中から最新の応援コメントをタップしようとしたその時。


「キケン、キケン!」


突然、ピーちゃんが頭の上で騒ぎ始めた。


慌てて、≪カク・ヨム≫をログアウトし、周囲を見渡したが特に異変はない。


「ピーちゃん、脅かさないでよ」


「キケン、キケン!」


ロランの抗議を無視して、ピーちゃんの警告は続く。


しばらくすると突如、上空がにわかに曇りだし、辺りが少し暗くなった。


暗灰色あんかいしょくの雲におおわれた空に、魔法陣のようなものが浮かび上がり、次の瞬間、雷鳴のような轟音ごうおんと共にロランの前方に一本の光の柱が突き立つ。


禍々まがまがしく輝く光の柱の中には、大小さまざまな大きさの人影らしきものが写り、うごめいている。


やばい。

これは、ピーちゃんじゃなくてもやばいってわかる。

あの魔法陣が何なのかわからないけど、こういう登場の仕方する奴が味方であるわけがない。


これ聖櫃せいひつの中に入っていった皆の方が生存ルートだったのかも。


光の柱が消え、空一面に覆っていた雲が消えていく。


現れたのは大小様々な大きさの人型の魔物と異様な出で立ちをした一人の男だった。


男は両目の部分だけくりかれ、下半分には通気性を良くするための小さな穴が空けらた鉄製の黒光りする大兜ヘルムを被り、全身を黒いマントで覆っている。

長身で、黒いマントの下ははちきれんばかりに盛り上がっている。

プロレスラーやそれに類する格闘技の使い手のような鍛え抜かれた肉体がその下にあることを予感させた。


「コーホー、コー、ホー、コー、ホー」


男の顔全体を覆った兜の通気孔からは不気味な呼吸音が漏れ出ている。


男の周囲に立っている人型の魔物は小鬼のような姿をしたものから、犬のような頭部をしたもの、さらにはのっぺりした顔の大柄な体つきのものなど様々であった。


その数は二十体前後。


前世のファンタジーの知識を当てはめていけば、その魔物たちが、ゴブリンやコボルト、トロルなどであることは推測が付くが、ゲーム画面でみるその姿とくらべるとやはりリアルで気持ち悪い。


その能力、性質、強さも同じかどうかは分からないし、一旦頭の中から固定観念こていかんねんを捨てよう。

火を噴くゴブリンや尻穴から毒針を飛ばすコボルトがいたって、ちっとも不思議はないのだ。


だって、ここは前世の世界じゃない。

別の異世界なんだから。


「封神石が跡形もなく消えている。そしてこの辺りの様子を見るに、やはり、兄者は復活したようだな。そして、ここにもういないということは、北の長兄の封印を解きに行ったと見える。手柄を奪われる前に俺も向かわねばな」


黒鉄兜の男は、独り言のように呟くと聖櫃せいひつとロランがいる方向に向かって歩き出した。


異形の怪物たちは男の歩む道を開けるように左右に分かれ、ひざまずく。


「人族の子供か。何やらお前を見ていると顔の傷が疼く。しかも、その頭の上の鳥には何やら見覚えがある気がするぞ」


男はそのままロランに向かって歩みを進め近づいて来る。


「そこで止まれ。それ以上近づくな!」


ロランは小剣を抜き放ち、刃の先を男の方に向けた。

異形の怪物たちが一瞬色めき立ったが、男の制止の仕草に落ち着きを取り戻す。


本当にやばい。

人生で過去最大のエマージェンシーが俺の脳内で鳴り響いている。


対応を間違えばたぶん死ぬ。


そう思わせる何かが男の全身に漂っていて、鉄兜のくり貫かれた部分からのぞく両の目には、誰に向けられたものかわからない怒りのようなものと狂気が宿っているように見えた。


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