第232話 格が違う

クー・リー・リンの天授スキルであるらしい≪大・明・拳たい・めい・けん≫は、頭部から春の日差しにも似た光をおよそ体感で10分ほど放つもののようだ。


昔ネットで見た懐かしいアニメキャラクターたちのネタが思わず浮かんでしまうくらい、周囲の人間をぬくめてしまうのだが、戦闘スキルとしてはどうなのかという疑問符がついてしまう。


効果時間が一瞬であれば、目つぶし的な使い方ができるのであるが、これほど長い時間継続するとなると自らも視界が奪われ、敵との有利不利があまり付かないのではないだろうか。


ちなみにロランは、視界こそ奪われたものの、≪堕天だてん≫後に鋭くなった聴覚や嗅覚などの感覚によって、木剣が風を切る音、相手の体臭、その他諸々によって、クー・リー・リンの位置、動作などをほぼ正確に把握していた。


ロランが視界を奪われてから、「あれ? 暖かくなくなったぞ」と思うまでのおよそ10分間、クー・リー・リンはあてずっぽうにロランがいると思われる方向に向かって木剣を振るい続け、そして地面に倒れるような音とともに静かになった。


おそるおそる目を開けてみるとやはり、クー・リー・リンは気を失っており、ピクリとも動かなくなっていた。


「仕方のない奴じゃ。どうやら、こ奴の天授スキルは凄まじく精神力を消耗するようなのだ。儂に対して使って見せた時も同じように気絶しおった。視界を奪うだけでは、本当の強者には何も利がないに等しい。この天授スキルを授かった影響で頭髪が全て抜けてしまったのだと聞いたが、これでは天授というより、呪いじゃな」


馬車の御者台で高みの見物を決め込んでいたシーム先生がやってきて、クー・リー・リンの体を持ち上げると荷台に運んだ。


「さて、ロラン。リーの奴相手では準備運動にもならんかっただろう。どうじゃ、久しぶりに儂と手合わせせんか? 少し見ない間に随分と見違えたが、どれだけできるようになったか見てやろう」


シーム先生は先ほどまでクー・リー・リンが使っていた木剣を地面から拾い上げるとロランの方を向いた。


その瞬間、ロランは全身にあわ立つものを感じた。


格が違う。


シーム先生の全身からはアライ先生から感じていたのとは比較にならないほどの高密度の魔闘気が溢れ出ていて、その穏やかで優しげな表情とは裏腹の狂猛きょうもうな気配が立ち込めている。


シーム先生の魔闘気の発現と同時に周囲の林からは一斉に鳥たちが飛び去り、野生の獣や得体の知れぬものたちが気配を消したり、逃げ去ったりしたのを感じた。


「さあ、いつでもいいぞ。儂が言いつけていた通り、型の練習は続けとったじゃろう?」


ロランは足がすくむ様な思いを心の奥底に押し込め、シーム先生との間合いを詰めた。


シーム先生は構えもせず、笑みを浮かべながら余裕の様子だ。


ロランは下段に構え、剣聖技攻の型≪水面月みなもづき≫を仕掛けた。

身長差を生かすために、下半身を徹底的に狙う考えだった。


ロランは左右に弧を描くようにして、下段への斬撃を放ったが、シーム先生はいともたやすく捌いて見せる。


「ほっほっ、善いぞ。だいぶ振りが鋭くなった。一撃一撃に重みが増したな。だが、まだこんなものではあるまい。お前は、かつてのロランとは別物になった。そうだろう?」


シーム先生の指摘に一瞬、ドキッとさせられたが、平静を装い、≪水面月≫から≪燕飛斬爪えんぴざんそう≫に繋ぐべく、跳躍し空中で一回転してシーム先生の背面からの攻撃を狙う。


「ふむ、これは赤点ギリギリじゃな」


シーム先生は、ロランの方に視線を向けることなく、≪燕飛斬爪≫による攻撃を躱すと魔闘気を纏った木剣でロランを払った。


嘘だろう。魔闘気を使ってくるなんて聞いてない。

ロランは慌てて、自らも魔闘気を放出し、シーム先生の薙ぎ払いの威力を相殺しようとした。


両者の間で凄まじい衝撃が発生したが、そのほとんどはロランに向かった。


ロランの体は吹き飛ばされ、街道脇の林の木々をなぎ倒して、ようやく止まった。


どこか骨が折れたりということは無さそうだったが、全身には先ほどの衝撃による激痛が走り、すぐに立ち上がることができなかった。

≪堕天≫による著しい能力値アップで≪ぼうぎょりょく≫も127まで上がっていたはずだが、それを上回る威力だったようだ。


頭を打ったのか、少しグラグラする。


見た目は同じ量くらいの魔闘気同士の衝突だったのに、ロランの魔闘気は一瞬でかき消され、シーム先生の木剣が纏う魔闘気はそのままであった。


自分と一体何が違うのだろう。


「魔闘気の放出はできるが、まだ制御や武装化などは出来ないようだな。まだ、こちら側に来て間もないということか。同志の魔星では無いようだが、子供ながらに儂らのステージにまで到達しようとは、なかなか楽しみな奴じゃ。だが、先ほどの≪燕飛斬爪≫はまるで駄目だな。一からみっちりと……」


シーム先生の講評は続いていたが、記憶にあるのはここまでだった。


視界が真っ暗になり、何も考えられなくなった。




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