第233話 モウマンタイ

どこから現れたのかわからないが、目の前には可愛らしい丸みを帯びたお尻があった。

誰のお尻かとその顔を確かめてみると、騎士学校医務棟の常勤治癒士のポーリンだった。


「ロランさん、わたしのおしりはどうですか?」


ポーリンは蕩けたような顔で、しきりにお尻を俺の顔に押し付けてきた。

普段着ている白衣の下のスカートはめくれ上がり純白の下着が丸見えになっている。


これ、どういう天国?


ロランは一瞬パニックになったが、シーム先生にされたのを思い出して、これはただの夢であるという確信に至った。


そうか、夢なら何してもいいよね。


ロランはその染みひとつない艶やかな尻を撫でまわしながら、頬ずりすると、そこにキスマークをつけてみた。



「うわっ、何するんだよ。お前、気持ち悪いなあ」


急に大声が聞こえて、飛び起きるとクー・リー・リンの毛一本生えていない右蟀谷こめかみの上あたりに濃いキスマークがついていた。


うげっ、よりにもよってこいつの頭かよ。


「ロラン、お前、一体どんな夢見てたんだよ。くそっ、人生最悪の目覚めだ」


クー・リー・リンはキスマークがある辺りを嫌そうな顔で必死に拭うと軽蔑したような目でこっちを見た。


人生最悪の目覚めなのは、こっちの台詞だと言い返してやりたかったが、鼻をくすぐる香ばしい香りに腹の虫が鳴ってしまった。


慌てて馬車の荷台から降りると辺りはすっかり暗くなっていて、焚き火の前でシーム先生が何か肉の塊のようなものを焙っていた。


どうやらここは街道沿いにある水場らしい。

他に利用者はいないが、古い掘立小屋と井戸が見える。


「おう、くちばしの黄色いヒヨコども、ようやく起きたか。もうすぐ、肉が焼けるからこっちに来い」


シーム先生の呼びかけでクー・リー・リンもやって来た。


ロランはその肉が何の肉か気になっていたが、辺りに充満する焼けた肉の香りと表面のこんがりとした焼き目に思わず喉を鳴らしてしまった。

クー・リー・リンも同様なようで、生唾を飲み込みながら鼻息を荒くしている。


「リーよ。先ほどの勝負は何じゃ。なぜ、正面から挑まず、天授スキルに頼るような真似をした?」


肉を焼きながらシーム先生が問いかけるが、クー・リー・リンは下を向き答えようとしない。


「良いか。今後一切、儂の許可がないうちは≪大・明・拳たい・めい・けん≫の戦闘時使用を禁ずる。もし破ったなら、お前が誰に何を言いつけようが破門とする」


「でも、先生……」


「口答えは許さん。これはもう決定事項じゃ。いいか、集団乱戦においてお前のスキルははっきり言って邪魔なだけじゃ。敵だけでなく味方の行動も阻害する。視界が奪われるのはごく近い範囲の者だけで、少し離れている者にはまるで効果が無いし、弓などの飛び道具の絶好のまとじゃ」


「一対一なら結構有効だとは思いませんか? 師匠には通用しなかったけど、今まで私のことを難民の子と馬鹿にした奴はこの方法で思い知らせてやったんです。眩しさで動揺したところに振り回した剣が当たれば……」


結構ヤバい奴だな、こいつ。


「黙らんか!お前は、まだ儂の考えがわからんのか。もし仮にその方法で相手を戦闘不能にしたとしても、その後自分まで気絶しては意味が無かろう。もし先に相手が意識を取り戻したら何とする。相手の仲間が駆け付けて来ることだってある。いいか、儂はお前を死なせたくないのだ。お前の姉の悲しむ顔を見たくない」


「先生……」


「≪大・明・拳たい・めい・けん≫に頼るな。剣聖技を授けるかは今のところ断言はできぬが、いっぱしの武人にはしてやる。儂を信じろ」


珍しく強い口調になったシーム先生にさすがのクー・リー・リンも何か感じ入るところがあったようだ。

涙ぐみ、下唇を噛んでうつむいている。


「善し、馬の肉が焼けたぞ。今切り分けてやるから、冷めないうちに食え」


えっ、馬の肉?


慌てて馬車の方を見ると一頭しか馬がいなかった。

少し離れた木には大きめに切り分けられた馬の部位が血抜きのためか吊るされており、残された一頭が悲しげな瞳でそれらを見つめている。


「先生、馬車の馬を殺しちゃったの? 一頭でこの馬車って引ける?」


ロランの質問に、シーム先生は真顔で答えた。


「問題ない。この馬車は明日からお前たち二人で引くんだからな」


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