第三章 亡国探訪記

第231話 クー・リー・リン

結局、シーム先生の思惑通り、旧ウェーダン国領の偵察任務に連れ出されてしまった。


カルカッソン騎士学校は、王命には逆らえぬとばかりに、ロランの随行を認め、任務遂行期間は、前回の調査任務の時と同様に、教師としての籍を残しているシーム先生の特別課外授業という扱いにするということになった。

授業は出席の扱いになるし、進級には支障は無いそうだ。


義父セドリックにはシーム先生が自ら事態を説明する手紙を書き、執事のマチューを通じて渡されることになった。

前回のワズール伯爵領の調査任務の時と同様に、味をしめた義父セドリックは王命に喜んで従うだろう。


テング倶楽部にまつわる事情聴取も残っていたのだが、こちらは根掘り葉掘り聞かれると困ることが色々とあったので、今回の任務随行は好都合と言えなくもない。



旧ウェーダン国領へ行く最も最短ルートは、一旦、王都エクス・パリムに戻り、そのまま街道沿いにいくつかの領地を抜けて北上するルートである。


しかし、シーム先生はそのルートを取らず東回りに諸都市を巡り、そこから隣国との国境をなぞる様にして北上する考えらしい。


「ねえ、シーム先生。どうしてわざわざ遠回りするんですか?」


「ふむ、良い質問じゃな。ワズール伯爵領から魔物が大量に出現し、その後の天変地異に繋がるわけじゃが、今やこの世はかつての平和だった世界とは様相を一変させておる。極まれに山野で出くわす程度であった魔物が、我が物顔で跳梁跋扈し、人の世を脅かしておる。だが、これは我がエウストリア王国だけに限ったことではないぞ。各国の大使の話によると、魔物の活動が活発化しているのは近隣諸国も同様のようだ。儂らがわざわざ遠回りするのは、自国と隣国の状況を見聞するためであり、さらにお前たちの修行のためでもある。武芸を学ぶ傍ら、広く世の中のことを知ることができるじゃろう」


シーム先生は二頭立てのほろ馬車を器用に操りながら、御者台で隣に座るロランに説明した。


う~ん、もっともらしい理由だけどこの爺さんの場合、しばらく王都に帰りたくないだけじゃないかな、

物凄く女好きだから、クー・リー・リンのお姉さん以外の女性にも手を付けてそうだし、王都を離れたい理由が他にもあったんじゃなかろうか。


あと気になるのは、馬車を使うより走った方がはるかに速いのになぜ馬車を借りたのかだ。

出発前はシーム先生も、「馬車などいらん。徒歩と駆け足で足腰を鍛えるのがシーム流だ」とか言っていたのに、結局、クー・リー・リンが提案した通り馬車を借りてしまった。


魔物の出現率の増加により、都市間の往来が減り、馬車の需要は低く、格安で借りれたのが唯一の救いであったが、ただでさえ遠回りの旅がますます日数がかかってしまう。


早く目的を達成して、学校生活に戻りたいというのがロランの本音であった。


「でも先生、今回の偵察任務は魔物だってたくさん出るし、危険でしょ。クー君だったっけ。まだ先生の弟子になって日が浅いし、いきなり連れて行くのは危ないんじゃないかな」


「き、きみ!心配する振りをして、偉大なる剣聖シームの弟子の地位を独占する気だな」


幌馬車の荷台からクー・リー・リンが慌てた様に声を上げた。


「いや、別に弟子の地位とかはどうでもいいけど、僕だったら行かないなあと思って……」


「ふざけるな。私は大陸に名が轟く様な武人になって、国を再興するという崇高な使命があるんだ。魔物ごときで恐れをなしている場合ではないんだ」


「ふーん、そうなんだ」


なるほど、それだけの覚悟があるなら、まあいいか。


「それと、私のことはクー・リンさんと呼べ。クーは苗字だし、それだけ呼ぶのは無礼だ」


「えっ、めんどくさいし、じゃあ先生がリーって呼んでいたから、僕もリーで良いや」


「駄目だ。リーは親族や親しい間柄の人間しか使ってはならない名前だ。師匠は特別なんだ」


あ~、なんかめんどくさい奴だな。

こいつと長期旅をするのは疲れそうだ。


「くそっ、お前、ため息をついたな。最初に会った時からどこか人をくったような態度だと思ったけど、なんか嫌な奴だな。師匠、馬車を停めてください。ロランの奴と私。どちらが師匠の弟子として相応しいのか、こいつに教えてやります」


シーム先生は大きなため息をつくとやれやれという様子で手綱を引いた。



カルカッソンを出て、まだ一時間も経っていないのにこの展開。

先が思いやられる。


クー・リー・リンは二本の木剣を持って、荷台から降りてきて、街道のど真ん中でロランに対峙した。


この春先にどうやって焼いたのかわからない褐色の日焼けした顔に、自信をみなぎらせた表情を浮かべて、木剣をロランの足元に放り投げた。


ロランの腰に下げている≪魔法の革袋≫の中には、自主練用の木剣が入っていたのだが、せっかくなので地面のそれを拾う。


それを見て、クー・リー・リンが構えたが、剣聖技の構えではなく、騎士学校で習うごく一般的な構えだった。

構えは割と最初の方に学んだ気がするがクー・リー・リンはまだ教わっていないのであろうか。


「さあ、お前も構えろ!」


「いや、僕はこのままでいいよ」


「舐めやがって。クー家に伝わる武術とシーム先生直伝の剣技が合わさった時の強さ、見せつけてやる」


クー・リー・リンは、木剣を手に少しずつ間合いを詰めてきた。


ロランはこれまで様々な相手に対峙してきたことで、相手の強さに対して自分なりの物差しのような物が出来つつあった。

何となくではあるが目の前の相手が自分にとってどの程度の脅威であるのか感じられるようになったのだ。

その感覚が≪堕天≫を経てからは、さらに鋭くなり、生物としてどちらが上回っているのかというような本能的な感覚を持つに至った。


クー・リー・リンからは何も脅威となるものを感じなかった。

本当に普通の子供である。

騎士学校の同級生たちと同じで、こうして間合いを詰めてこられても恐れや圧は微塵も感じることはできなかった。


そうであるにもかかわらず、このクー・リー・リンの自信と余裕はどこから来るのであろうか。


「おい、ロラン。怪我はさせるなよ。カルカッソンに引き返さなければならなくなるぞ」


シーム先生の言葉にクー・リー・リンは余計に鼻息を荒くする。


「師匠まで、そんなこと言うんですか。こうなったら私の天授スキルで一気に決着をつけて認めさせてやる。覚悟しろ、≪大・明・拳たい・めい・けん≫!」


クー・リー・リンが両目を閉じて叫ぶ。


うわっ、なんだこれ。

ま、眩しいし、春の日差しのようにほんのり暖かい。


クー・リー・リンが太陽の光のような閃光を放ち、視界が奪われた。


やばい、攻撃される。


何か滅多矢鱈めったやたらと棒状の物を振り回しているような音が聞こえ、ロランは後ろに飛び退いた。


「くそっ、どこだ。ロラン、どこにいる」


あれ?

ひょっとしてこいつも目をつぶったままなのか。


ということはまだ発光し続けてる?


そう言えば肌に心地よい温かさがまだ伝わってくる。


相手の視界を奪うだけじゃなくて、眩しくて自分も目を開けられないとか、間抜けにもほどがある。


しかし、このスキルは冬場とか寒い時には最高のスキルではないだろうか。


手合わせの途中だというのに、何だか少しウトウトしてきた。



うわぁ、べ〇ぞうさん。

この光……、すごく暖かいナリ……。









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