第230話 完全に自業自得

何か事情があるのか、シーム先生は、新弟子のクー・リー・リンに外で待つように言うと学生寮のロランの部屋に上がり込んだ。


幸い、ルームメイトのロックはまだ戻って来ていないので室内にはシーム先生と二人きりだ。


シーム先生は、再会を喜びつつもどこか落ち着かない様子でロランに近寄り、小声で訪問の理由を説明した。


シーム先生は、エウストリア王国の国王ロデール二世の王命おうめいで、北の旧ウェーダン国領の偵察に赴くことになったのだという。

ウェーダン国と言えば少し前に、ワズール伯爵領から大量に発生した魔物の群れによって滅ぼされた国で、その旧領は今一番危険な地域であると大人達が噂していた。

その任務に弟子ロランの随行の許可を求めたところ、許しが出たのでカルカッソンに寄ったとのことだった。


あ~、やっぱり嫌な予感が当たった。

魔物たちに滅ぼされた国なんて絶対危険でしょ。

しかも封印されていた長兄神アウグスだけではなくて、その封印を解きに向かったという次兄神のリヴィウスまでいるかもしれない。


「滅びた国なんか別に偵察に行かなくても……、あっ、ほら、あの宮廷魔術師の人、たしか≪遠見の術≫とかっていうので遠くの場所を見れるんでしょ?」


「うむ、宮廷魔術師のデシャン殿の話では今、旧ウェーダン国領には得体のしれぬ力が満ちており、≪遠見の術≫では状況を確認することが叶わぬらしいのだ。何人か密偵を放ったらしいのだが、全員消息が途絶えてしまった。そこで剣聖たる儂の出番というわけじゃ」


ああ、嫌だ。

俺は絶対に行きたくない!

その密偵、きっともう全員生きてないでしょ。


「シーム先生、さっきの子クー・リー・リンだっけ。新しく弟子もとったみたいだし僕は行かなくてもいいんじゃないかな」


「なんじゃ、お前、リーの奴に嫉妬しておるのか? 安心せい、一番弟子はお前じゃ」


どうしてそうなる。

シーム先生の一番弟子とか、誰かと競い合ってまで保ちたい立場ではないだろう。


「それにリーは、少し事情が有ってな。正直、本当の弟子などとは思っておらん。」


シーム先生はさらに声を潜めた。

どうやらさっきからの不審な態度はクー・リー・リンを気にしてのことであるらしい。


「えっ、どういうことですか?」


「おお、聞いてくれるか、我が愛弟子よ。実はな、お前と別れ、王都にった時に儂にも色々と大変なことがあったんじゃ……」


話によると、シーム先生はあの後王都に残り、叙爵じょしゃく固辞こじし代わりに得た大金を使って贅沢三昧の日々を送っていたそうだ。

若い時分より、何度も、騎士爵以外の叙爵を固辞し続けてきたシーム先生であったが剣聖という地位と名声により王家はもとより貴族とも親交が深かった。


シーム先生は、その親交あるとある貴族の邸宅を王都での宿代わりにしていたのだがそこで運命の出会いをしてしまったのだという。


その運命の相手とは、エウストリア王国から大陸を地続きに遥か東、セイリョウという亡国の姫らしい。


「ちょっと待って。どんな苦労話が始まるのかと思ったら、恋バナなの?」


くそっ、こっちが魔物やら闇の眷属やらと戦っていた間にそんないい思いをしていたのか、この爺は。


「落ち着け、大変なのはこの後じゃ。このセイリョウというのは国同士の争いに敗れて滅びてしまったのじゃが、かねてより親交があったロデール二世を頼って、一族総出でこのエウストリアに逃れてきておったんじゃ。可哀そうな身の上の姫でな。その上、艶っぽい尻をした美人じゃった。儂と姫は一目で恋に落ち、そして姫は身ごもった」


おいおい、展開速いな。もう姫がはらんじゃったぞ。


「姫には国王が決めた相手がおったんじゃが、その相手が儂が世話になっとった貴族の息子じゃった。その貴族は国王派の貴族の重鎮で、大問題になってしまった。姫は相手が儂だと誰にも明かさず、その結果、不実であるとされ、王宮を追放されてしまった。まあ、今はジョルジョーネに頼んで匿ってもらっておるのだが、お腹の中の子供の父親が儂であることを知っている者がもう一人おってな。それが……」


「先生、その話はもう良いよ。要するに、それが、さっきの新しい弟子なんでしょ」


「さすがに察しが善いな。あやつはクー家の九男坊なんじゃ。国の再興を夢見て、強い武人になることを志しとる。弟子にしなければ、姉の相手が儂であることを皆にばらすと脅されてな。やむなく弟子に取ったのよ。もし客分である儂が姫の相手だと知れたら、庇護下においている国王陛下の面子をつぶすことになるし、相手の貴族とも色々とぎくしゃくしてしまうに違いない。ただでさえ、宮廷内の派閥争いが深刻な時に、国王派から離脱されては相当な痛手じゃ。最悪の場合、儂の剣聖位もはく奪されてしまうかもしれん。こう見えてこの剣聖という肩書はあると色々便利なのじゃ。女子にもモテるしのう」


完全に自業自得である。


婚約者がいる女性を孕ませて問題を起こし、居づらくなったからほとぼりが冷めるまで、任務と称して王都を離れるといったところだろうか。


「その任務も、シーム先生自ら進言したわけでは無いよね?」


「ふむ、鋭いな。今の生活を維持するには金を稼がねばならんし、扶養家族もジョルジョーネに預けてはいるものの、養育費ぐらいは入れてやらねば不人情であろう。それには手柄を立てる必要があるし、何よりお前には聞こえぬか? 魔物たちに苦しめられてあえぐ民や美しいご婦人方の助けを求める声が!剣聖たる儂の心には届いて来るのだ、そして儂の心の中の騎士がこう叫ぶ。行け、剣聖シームよ。その剣で愛と正義を地上にもたらすのだ、と」


シーム先生はひどく芝居がかった様子で熱弁を振るった。


シーム先生が地上にもたらしているのは正義ではなくて、精子だろとツッコミを入れようかと思ったがあまりにも下品なのでやめた。


「それで、結局、僕も行かなきゃダメかな?」


「当然じゃろ。剣聖道において、師と弟子は一心同体なのだからな」


呆れてはてて、浮かない顔のロランに、シーム先生は満面の笑みで応えた。







第二部完。第三部へ続く。

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