第246話 下心とかは全くないっすよ

暗鬱あんうつな気持ちのまま、オーク族の集落にたどり着くと最初に聞こえてきたのはあの最年長の女の人の陽気な笑い声だった。


見ればシーム先生と二人で酒など酌み交わしている。


「そうなのよ。あの豚の化け物のあそこ、ちっちゃくて細いの!こんななのよ。早漏であっという間。ぎゃはははっ」


うっ、酒臭い。


素っ裸で胡坐をかき、三段腹が笑い声と共に揺れている。


「おう、ロラン。戻ったか。ご苦労じゃったのう」


「ご苦労じゃないですよ。こんな場所でお酒飲むなんて、どういう神経してるんですか?」


「いや、すまん。あちこち物色しておったら、ちょうどどこかの村から略奪してきたらしい酒を見つけてしまってのう。心を解きほぐすには酒の力を借りるのも良かろうと少し飲ませてみたのだが、こちらの豊満美人、思った以上に蟒蛇うわばみじゃった」


見ると十代ぐらいの二人は姿が見えず、残りの二人も最年長の女性から離れた場所で焚き火にあたりながらあきれたようにこちらを見ていた。


ちなみにこれはその最年長の女性の話だが、サビーナが捕まって以降、オークたちの関心は彼女に集中し、それ以外の女性に対する行為はかなり減ったのだという。

「オークもやはり男ね。若くて、美人な女に群がるのは一緒。しかも必死に抵抗するもんだから、オークたちも余計に興奮してたわ。本当に可哀そう」と御婦人は、酒を一気に飲み干し、お代わりをシーム先生に要求していた。



翌日、ゾール村に戻ると村長のセザン以下、村人総出で出迎えてくれた。


他所の村から拉致されてきていた五人はしばらくこの村にとどまった後、それぞれの村に使いをやって、迎えに来てもらうことになったが、問題なのはあれから全く目を覚ます気配のないクー・リー・リンと情緒不安定なサビーナだ。


クー・リー・リンは、≪大・明・拳たい・めい・けん≫十倍を使ってから一度も意識が戻ることは無かった。


シーム先生によれば、おそらく≪大・明・拳たい・めい・けん≫十倍の負荷にクー・リー・リンの脳が耐えられなかったのだろうという話であった。

天授スキルを自らの限界を超えて力を引き出そうとした場合、その反動が使用者に甚大なダメージを与えるという事例がごく稀にではあるが存在するらしい。


天授スキルのほとんどは自らの意思でその効果を増幅させることなどはできないそうで、そういう意味ではクー・リー・リンもこのスキルを授けたディヤウスの何らかの意思により生まれた存在であるのかもしれぬとシーム先生は、オーク・エンペラーやオーク・ジェネラルの睾丸を黒焼きにしたものを擦りつぶす作業をしながら解説してくれた。

ちなみに上位オークの睾丸から作られた丸薬は疲労回復や精力増強にとても効き目があるらしい。


サビーナは酷く情緒不安定で、目を離すと命を断とうとするなど危うい状態だった。

男性を極度に怖がり、その姿を見るだけでも精神状態が不安定になった。


その一方で、ロランについては髪色や年の頃など彼女の弟に似ている部分があるらしく、抱きしめようとしたり、傍にいて欲しいと懇願してきた。




あっという間に三日経ち、目を覚まさぬクー・リー・リンによって村に足止めを食う形となってしまっていた。


「いや~、自分としては恥ずかしいっすけど、添い寝とかせがまれちゃって。昨日もサビーナさんと一緒に寝たっす。いや、本当は嫌っすけど、彼女可哀そうなんで。下心とかは全くないっすよ」


「何じゃ、そのキャラは。羨ましくて、なんか腹立つのう。儂なんか夜通しクー・リー・リンの面倒を見て、下の世話までしてやっておるというのに……」


「そんなこと言って、ちょくちょく抜けて、村長の娘たちと逢引あいびきしてるじゃあないですか。僕の耳には、まるっとお見通しですよ」


そんな他愛のない話をシーム先生としていると、男の人の悲鳴が聞こえた。


サビーナの部屋の方だった。


サビーナは食器の欠片を手に持ち喉に押し当てようとしていた。


「食事を持ってきたら、この女の人が突然暴れ出して……」


膝までズボンを下ろした男が、あたふたと説明した。

たしか、村長の長女の婿だったか。

かなり強く殴られたのか、痛そうに顔を歪め、赤く腫れあがった右の頬を押さえている。

そして、おできがたくさんできた汚いケツを丸出しにしたまま、逃げるようにしてそそくさといなくなった。


ロランはその姿を軽蔑した様子で見送ると、サビーネの方に歩み寄ろうとした。


「ロラン君、来ないで。私はきたない。けがれてる。これ以上生きていてもやっぱり何も良いことなんかない。騎士団にも戻れないし、家の誇りも失った。オークたちの慰み者になったことが知られたら、きっと好奇の目に晒されるわ。そんな恥辱を抱えては生きていけない。ここで死なせて!」


「そんなことは無いよ。お姉さんは綺麗だよ。穢れてなんかいない。本当だよ」


「来ないで、来たら死ぬわ。ロラン君も大きくなったら、今の男のように見下したような目で私を見るに決まってる。そんなの耐えられない」


サビーナは鋭く尖った食器の欠片を勢いよく喉に突き刺そうとした。


「ス、スキル、カク・ヨム!」


慌てたロランはサビーナに向けて、スキル≪カク・ヨム≫を発動した。

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