第413話 大天使長ルーキフェル

天頂神座てんちょうしんざ≫を出た大天使長ルーキフェルはその足で、教皇庁の本部がある王都エクス・パリムの主教座大聖堂に向かった。


限界門げんかいもん≫の守備を担う役目を解かれ、失意に暮れたルーキフェルが命じられたのは、廻天屍かいてんし軍団を壊滅させた謎の存在の特定であり、それが果たされるまでの間、≪天頂神座てんちょうしんざ≫への出入りを禁じられた。


これは主であるヤルダ神の寵愛と信認を失い、あの例の友人たちと呼ばれる者たちに自分は取って代わられたのだという現実を認めざるを得ない状況に陥ったことを意味していた。


神に仕える守護天使として順風満帆だった自分がなぜ、このような目に。


ルーキフェルは己が不運を嘆き、運命を呪わざるを得なかった。


闇の三悪神復活の危機を乗り越え、あと三百年ほど何事もなく勤め上げたなら、現世での貢献が認められ、全宇宙を司る光の列神たちにより、下級神としての≪昇神しょうしん≫を賜ることも可能であったはずだったのだ。


所詮は神々の使い捨ての下僕、使いっぱしりと揶揄される存在にすぎない天使族が任期満了まで勤め上げることがいかに大変なことであるか。


無論、そのためにはヤルダ神がディヤウスを殺害し、成りおおせていることは秘密にしなければならない。



どこで道を間違えてしまったのだろう。


あの日、教皇庁の私物化を理由にディヤウス神から守護天使の任を解くと言われた時か。


それとも、今まさに息絶えようとしていたディヤウスを見限り、ヤルダ神の守護天使になるという誘いに乗ってしまった時か。



七年前、ヤルダ神に不意を突かれ、瀕死状態だったディヤウスは、最後の力を振り絞り、何かをしたような素振りを確かに見せていた。

そして、たしか「カクヨム」、あるいは「カクヨク」と呟いたのを聞いたような記憶がある。


その言葉が何を意味するのか分からなかったし、気にも留めていなかったが、もしかすれば何か関係があったかもしれぬ。


天頂神座てんちょうしんざ≫の力を分離し、外部に持ち出すということ自体、ありえぬことであるし、今も眉唾な話だと思っているが、これ以上ヤルダ神の信用と評価を下げるわけにはいかない。


少なくとも任期を無事終えるまでは……。



大天使長ルーキフェルは、廻天屍かいてんし軍団を壊滅の犯人を特定するために教皇庁の人員と模造天使たちを総動員することにした。


まずは、現場となったアーイーンの森周辺の再調査だ。


ヤルダ神によれば、その犯人の気は特殊で、人間の持つそれと性質が近いこともあって、その出力が押さえられているうちは、他の人間たちの気に紛れてしまい、特定が難しいという話だった。


しかも、≪天頂神座てんちょうしんざ≫と似た謎の力によって守られており、≪遠視とおみ≫や≪盗聴≫といった類のスキルや能力の効果を無効にしてしまうらしい。



大天使長ルーキフェルは、さっそく教皇に直に命を下すべく、主教座大聖堂にある教皇執務室を訪れたのだが、そこで思いがけない人物と出会った。


教皇の傍らに立ち、くつろいだ様子で不敵な笑みを浮かべている若い騎士。


その気品ある顔立ちと聖堂騎士団でも上位騎士だけが身に着けることができる鎧姿に見覚えがあった。


さきほど≪天頂神座てんちょうしんざ≫にいたヤルダ神が友人たちと呼んでいた集団の中に間違いなくいた。


「教皇よ。この者は何者だ? 大事な要件ゆえ、出て行かせよ」


大天使長ルーキフェルの命令に、震えながら教皇は何も答えず、隣の若い騎士の顔をすがるように見つめている。


「先ほどもお会いしましたね。僕の名前はダミアン。ディヤウス神により、今後、この教皇庁の運用を任されました」


「なんだと、そんな話は聞いていない」


「地位としては史上最年少の枢機卿に、たった今昇進が決まりまして、あなたの尻拭いをこれからどうやってしてゆくのか、教皇猊下と話し合っていたところです」


「何を勝手なことを。人間如きが、私を誰だと思っている。人間たちに神の威光を示すため守護天使を名乗らせていた廻天屍かいてんしや模造天使たちとは違う。神に認められ契りを結んだ、いまやカドゥ・クワーズ唯一の守護天使なるぞ。この教皇庁はこの私が苦心して今の規模まで導いてきたのだ。ここでの勝手な真似は許さんぞ」


しゅの意思に逆らうのですか?」


「何が主だ。これは貴様の独断であろう。ヤルダ様が、このようなことをお許しになるはずがない。確かめて……」


次の言葉が出なかった。


気が付くと胸元が袈裟に切り裂かれており、赤い血が噴き出してきた。

言葉を発しようにも空気が漏れ出るばかりで、声にならない。


ダミアンのその手には剣が握られていたが、それがいつ鞘から抜かれたのか、如何なる挙動で攻撃してきたのか、自分の身を斬ったその刃の軌跡すら見ることができなかった。


仮に何らかのスキルを使ったにせよ、おおよそただの人間が為し得る剣速ではなかった。


そして、その剣。


禍々しい闇の気を帯び、妖しい輝きを湛えていた。


「あ~あ、簡単にその名を口にしちゃうんだもんな。本当にあんた、耄碌もうろくしてるよ。色々と知り過ぎちゃってるみたいだし、お前の処分は好きにしていいと言われている。安心して、逝くがいいよ、お・じ・い・ち・ゃ・ん~」


ダミアンの顔が愉悦に歪み、恍惚とした表情になった。


まるで殺しそのものを楽しむかのような邪悪な笑み。


それが、長きにわたりカドゥ・クワーズの地上の秩序と平穏を取り仕切っていた大天使長ルーキフェルが最後に見たものだった。

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