第109話 黄色い鳥

「よっと」


 巨大なマッドベアの背中のチャックから飛び出した黄色い鳥をシーム先生は見逃さなかった。


シーム先生は先ほどまでの無関心さからは想像もつかないほど素早く駆け寄り、飛び上がると右手で黄色い鳥を鷲掴みにした。


「ほっ、ほっ、晩のおかずゲットじゃ」


黄色い鳥は苦しそうにもがき、ついには「ヤメロ、ヤメロ」と人語を話し始めた。


「おお、喋る鳥か。これはどんな味がするか楽しみじゃ。脳みそを叩きチ〇タプにすると蒸留酒ガーラの良いアテになる」


シーム先生は満面の笑みを浮かべながら、舌舐めずりした。


「シーム先生、可哀そうだよ。それに言葉が話せるなら何か普通の鳥ではないかもしれないし……」


ロランの言葉に、黄色い鳥が何度も頷く。


「ちょっといいですか」


先ほどまで馬車の窓から様子を窺っていたジョルジョーネがいつの間にか、こちらに近づいて来ていた。


ジョルジョーネによれば、このルーテティア大陸に古くから伝わる言い伝えによると、黄色い鳥というのは、神の使いであると同時に、幸運の使者であると信じられており、今なお人々に信じられているので、調査任務が始まる前に殺してしまうのは少し縁起が悪いのではないかというのである。


「わかった、わかった。学者先生ともあろうものが、何とも迷信深いことだ。熊鍋に続き、鳥の丸焼きまで食べそこなってしまうとはついてない」


シーム先生がその手を緩めてやると、黄色い鳥はふらふらと飛び上がり、ロランの肩に止まった。


大きさはインコか、それより少し大きいくらいで、つぶらで賢そうな眼をしており、結構かわいい。


「なんじゃ、命の恩人だということがわかっているのかのう。ロラン、お前どうする気じゃ」


シーム先生の問いかけに頭をひねる。

正直言って、鳥など飼ったことはないし、飼い方もわからない。


「捕まえて悪かったね。もう好きなところへ行っていいよ」


これは優しさからではない。

めんどくさかったのである。

毎日の餌やりとか水の交換、籠の掃除など想像しただけでも大変そうである。


しかし、黄色い鳥は一向に飛び去ろうとせず、むしろロランの頬に頭をこすりつけ甘えるような仕草をし始めた。


なんだろう、この気持ち。

懐かれると妙にかわいく見えてくる。

この鳥、意外とあざといぞ。


「困ったなぁ。鳥なんて飼い方わからないし、それでも僕と来るかい」


肩を伝わり、左手の甲に移動した黄色い鳥のまん丸い目を見ながら聞いてみると、言葉がわかっているのか首を縦に振った。



「マックが生きているぞ」


仲間の大剣使いが声をあげる。


あっ、そういえばマック・ガリバーのこと忘れてたよ。


気が付くと先ほどまで真っ暗だった空も、シェ〇ロンが去った後のように元の色に戻っていた。

あの闇と共に飛び出した百を超える星のような輝きを持った物体については、今の時点では何もわからないので、この世に災いをもたらすものでないことを祈ろう。


マックは空っぽの着ぐるみのようになった巨大マッドベアの下から這い上がり、「また、命拾いしちまった」とさわやかな笑顔を浮かべていた。

まさに、フェニックス野郎といったところか。

巨大マッドベアの自重により緩んでいた地盤と氷塊などの凹凸によりできた隙間のおかげで助かったのだと仲間たちに言っていた。

スキル≪カク・ヨム≫により体力が向上したことについてはまだ気が付いていない様子だ。もし何か感じていても、体の調子いいなぐらいのものだろう。


マックは、泣きながら駆け寄ってきた二人の女性をなだめた後、巨大マッドベアが残した着ぐるみの中を入念に調べ始めた。


「おい、みんな来てくれ。やっぱりいたぞ」


マックの呼び掛けに皆が集まる。


マックが慎重な様子でチャックの開口から抱えあげたのは、人間の子供のようだった。


髪は収穫前の金色こんじきの稲穂のような色で、肌は白い。

真っ新な白い古代ギリシャのドレープのような服を身に着けており、すやすやと寝息を立てている。

髪型と顔立ちからすると女の子だろうか。

年齢は自分よりも一つ二つ下くらいに見える。


マックの話では、下敷きになった際、急にのしかかる重さが消えた後、何か子供の足のようなものに当たった感触があったのだという。



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