第219話 ダイヤモンドは砕けない
「ロラン、ぼく、いや私を殺そうとしたのか?」
エマニュエルはふらつく足取りでロランに一歩一歩近づきながら、問いかけた。
その眼には非難というより哀しみが浮かんでいるように見えた。
「こ、殺すつもりなんて無いよ。事故というか何と言うか、とにかく僕の意思じゃなくて……」
「本当に残念だよ。同級生の
えっ、確か部下たちに殺せとか言って無かったっけ?
「エマニュエル、その腕じゃあもう戦えないだろう。大人しくアライ先生たちに投降するんだ。僕からも命までは取らないように子爵様に頼んでみるよ」
「ありがとう。ロランは……、本当に……、頭が悪いなあ!」
突然狂暴な顔つきになったエマニュエルの鼻が凄い速度で伸びて、ロランの腹部に突き刺さったかに見えた。
エマニュエルは立ち合い時の相撲取りのように腰をしっかりと落とし、中腰の姿勢で鼻を突き出す。
エマニュエルの鼻は透き通った鉱石を研いで鋭くしたような形をしており、その鼻は服を突き破ったが、ロランの皮膚を傷つけることなく、なぜかその寸前で止まっていた。
この異世界では、前世の世界とは違い「こうげきりょく」と「ぼうぎょりょく」が存在する。
ロランなりに考察してみたのだが、この「ぼうぎょりょく」は相手が敵対的な意志を持って行った行為や生命に危害が与えられるなどの一定の条件を満たしたときにのみ効力を発揮する力であるようだった。
例えば、心憎からず思っている女性から、「ロランさんの……いけず……」みたいな言葉と共に軽く
ピーちゃんに頭を小突かれた時も怪我こそしていなかったものの、しっかり痛かったから、この時も「ぼうぎょりょく」は発動していなかったように思う。
だが、エマニュエルのこの鼻を使った攻撃には、しっかりとした殺意がこもっており、「ぼうぎょりょく」が発動したのだ。
エマニュエルの「こうげきりょく」は、鼻の強度、および伸びた際の速度による衝突エネルギーの増加などの諸条件により、平時の数値を越えたはずだが、それでもロランの素の「ぼうぎょりょく:127」を上回ることができなかったのだろう。
それにしても、あの鉱石のような鼻にはあまり神経が通ってないのであろうか。
実はロランの体に接している部分は少し折れており、その折れた面が割れた腹筋の溝の辺りで突っ張っている状態だった。
この無理な体勢を維持しているあたり、≪魔貴族≫と化したエマニュエルのフィジカルは大したものである。
しかもかなり強い力で押し付け続けているのだ!
「
エマニュエルが先ほどとは打って変わり喜悦の笑みを浮かべて喜んでいる。
どうやら今日着てきた成金ぽい服のせいで、鼻先が隠れてしまい、しっかり刺さったものと勘違いしているようだ。
どんなにすごい力をもっていても所詮中身は六歳児である。
「エマニュエル、大人しく投降する気は無いの?」
「なんだ、ロラン。まだ話せる力が残っているのか。さすがに≪魔王級≫、しぶといな。くくくっ、誰が、投降などするか。汚らわしい人間などに降伏するぐらいなら、この場で死を選ぶよ」
「なんで、そんなに人間を毛嫌いするんだ。エマニュエルだって、少し前まで人間だっただろ?」
「黙れ! そのような質問をしてくること自体、お前が我らとは相容れない存在であることの証明なのだ。我らガリウス様によって≪魔の生≫を授かったものは皆、ディヤウス神の創造したすべてに憎悪と嫌悪の感情しか持たない。そうか……、やはりお前の≪堕天≫は不完全なものだったのだ。人間の身体に≪魔王級≫の力を宿した出来損ない、それがお前だ。俺の目にはどう見てもお前が人間側の存在であるようにしか見えない。お前には嫌悪感しか感じないんだよ、ロラン!」
エマニュエルがぐいぐいと伸びた鼻を押し付けてくる。
正直、お腹にあるのが他人の鼻だと思うと少し気持ち悪い。
でも、魔族になったエマニュエルから、人間認定されるのは少しホッとする。
魔族なんかになりたくないからね。
「エマニュエル、それ以上押し込むのはやめてくれるかな」
「痛いか、苦しいか。お前のせいで貴重な≪堕天者≫二人も僕を失ってしまった。
エマニュエルは、サディスティックな笑みを浮かべ、さらに押し込んでくる。
「お、押し込むの?」
「ああ!そうだよ!押し込むともッ! ガリウス様が喜ぶぜーーッ」
エマニュエルの狂気と興奮は最高潮に高まった様子で、普段からは想像もできない下品な口調だった。
さて、冷静に解説させてもらうと、どんなに押し込んでも「ぼうぎょりょく:127」のボディを貫通させるどころか、傷一つ付けることは出来ない。
先っぽの一番鋭かった部分は既に欠けてしまっているし、実害としては鼻を押し付けられるという不愉快な思いをさせられているだけである。
もしエマニュエルの鼻がダイヤモンド並のモース硬度10であるなら、刺さらないまでも折れたりはしなかっただろう。
ダイヤモンドは砕けないからね。
この透明な透き通った槍状の鼻のモース硬度は、その感触と見た目から、せいぜい石英の7以下であると推測され、しかも、形状的に細くなっているので横から力を加えたら、叩き折ることが可能ではないか。
「こうげきりょく:41」では少し心もとないので、両手拳から先ほどの魔闘気を小出ししながら、拳の左右ラッシュを伸びた鼻の横っ面に加えてみる。
魔闘気を拳に纏うと言った高等技術はまだできないので、おならを小出しにプップッやる感じで試してみる。
『オラァ、オラァ』
心の奥底に押し込められた闇がそう言った気がした。
ロランの拳がエマニュエルのクリスタルノーズを次々と折り進めていく。
「敏捷:73」で前進しながらの高速ラッシュだ。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ』
これはもう一人の自分……
いや、違う。ただの妄想からくる空耳だった。
ちょっとこのシチュエーションにときめいてしまっただけだった。
「ヒエーッ!!やめてくれ」
ロランのラッシュがエマニュエルの自慢の鼻を従来のサイズの先までへし折ると無色透明の何か液体のようなものが噴き出した。
うわっ、鼻水?
さらさらしているが、生温かい。
今日一番恐ろしい攻撃だよ。
その液体に
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